王の仕事はつぶしが効かない
ある日の事、椅子に座りながら熱心に雑誌を読む王様へ大臣が声をかけてきた。
大臣の声は聞こえていたが、王は雑誌から一時も目を離さない。
「王様、あなた様は立派に王としての務めを果たしております。代々の王族の中で最も優秀な王だと言っても過言ではありません。あなた様の統治の素晴らしさはこの国に住む民だけでなく、諸外国においても知れ渡っているほどでございます」
少しでも自分の心からの言葉が伝わればと大臣はゆっくりと優しい声で王に語りかけた。
しかし、そんな言葉はどこ吹く風のようで、王は雑誌から顔を上げなず大臣の方を一切見ようとしない。
その王の様子を見た大臣は小さなため息を一つした後に更に言葉を続けた。
「ですからアルバイトを探すのはおやめください」
話しがどうやら説教のようだと気が付いた王はようやく雑誌を置き大臣の顔を見た。
机の上に置かれた雑誌の表紙には《誰でもできる簡単アルバイト特集!》と目をひく大きな字が書かれていた。その文字を見て大臣から本日二度目のため息がもれる。
「まったく、何故急にアルバイトをしたいなどと言い出したのです」
「ふむ、それなんだがな。私は生まれた時からずっと王としての教育を受けてきただろ?王としてのマナー、王としての外交知識、そして王としての剣術。私はこの歳になるまで王の知識しか詰め込んでこなかったのだ。他の事は何もわからん。だからな、最近思うのだ」
そう語る王の瞳には聡明さが宿っていた。
どうやらこれはただの思いつきや冗談の類では無さそうだぞと感じて大臣はハッとした。
もしや、王は城下の事を更に詳しく知ろうと思ってこんな事を言い出したのではないだろうか。それで急にどこかで働いてみたいなどと仰っているのでは。確かに城下の者の働きぶりを知るのは王の立ち場では難しい。もしそうお考えなら、これをバッサリと無理です駄目ですでは話が通らない。本当にアルバイトをしてみようというのは難しくても何か別の案を考えて差し上げねば。
大臣が王の考えに感心し、何か策はないものかと考えていると、王が大臣に向かって口を開いた。
「王という仕事はつぶしがきかん」
王につぶしもくそもない。
「王様?」
「だからの、一度くらい別の業種の経験をしておいた方が良いと思うのだ。大臣よ、ここを読んでみよ。採用時に未経験者と経験者では時給が大幅に変わるそうだ。私は王としての仕事しかやったことがないからな、随分と安い時給になってしまいそうだ。」
王が再び雑誌を手に取り、この仕事でこの時給は低すぎるだのこっちは女性しか雇わないようだのと、一体どこから仕入れてきたのか、あーでもないこーでもないとバイト知識を披露してくる。
「そもそも、王様ができる仕事などあるわけがございません」
大臣の呟きもあまり気にしていないようで、そうかーなどと王は全く意に介していない。
「一体どんな仕事ならご自分でもできると思っておられるのですか?」
大臣は自分の話が右から左に通り抜けていることを察し、それなら一旦、王の話を素直に聞いてみようと思った。大臣が話にのってきたことに喜んだ王が開いた雑誌を大臣の方へ向ける。
「よく訊いてくれた!ここを見てみろ。この代筆屋というのはなかなかいいぞ。我が国はまだ字が書けぬやつが多いし、書けても他国の言葉までとなるとなかなかに難しい。その者らに代わって手紙を書く仕事だ。私なら字も上手いし、他国の言葉でも問題なく書ける。どうだ?これなら仕事も楽そうだし、採用も問題なくされるだろう」
「王様の字がお綺麗な事は有名でございますからね。王様が書いた手紙だと知ったら、きっと価値が上がって、どなたも手元に置いておこうと思うでしょうね」
大臣の言葉に王は顔をしかめる
「それでは意味がないな。送る手紙を代筆したというのに、懐にしまわれては本末転倒だ」
王がブツブツ呟いて雑誌の別のページを開く。
「だったら、この夜間警備なんてどうだ!私は剣術も修めているからな。そんじょそこらの悪漢には負けんぞ。それに夜間なら私だと案外ばれぬかもしれん」
「王様、これは王城の周囲を見まわる仕事でございます。良いですか王様。これは王様を守るために人を雇おうとしているんですよ」
「ふむ、それじゃあ仕方ない。だったら…」
王が再びブツブツ呟きながらページをめくっていく。
王の威厳もくそもない。まるでただの町の若者のようなその姿に大臣はとうとう大声を出した。
「いい加減にしてください王様!王様は生まれながらにして王という仕事に就いているのでございますよ!それはまさに神が決められた職!天職でございます!その王という仕事をつぶしが聞かないだとか別の仕事がしてみたいだとかなど…」
その剣幕に思わずたじろいだ王が慌てて弁解を始めた。
「ま、待て大臣よ。
私もな、別に王という責任を放棄したいだとかそういうことを言っておるわけではないんだ」
興奮する大臣をとにかく抑えようとするが、大臣の剣幕は一向に収まらない。
「とにかく落ち着くのだ、私は今すぐどうこうという話をしているわけではない。ほら、お前もさっき言ったであろう王というのも仕事の一つ。仕事を急に辞めさせられた等ということが城下の民には時々あるそうではないか。もしかしたら、私にもそういう日が来るかもしれんだろ」
なんとか誤魔化そうとする態度の王を大臣はギロリと睨み付けた。
「王が首を切られたら、その時は死んでおります!」