四
懐かしい顔ぶれが(——といってもまだ高校を卒業して半年しか経ってはいないのだが)揃っていた。だが、卒業してから会うのは、これがはじめてである。
「ユキ!」
「麻衣、トコちゃん!」
なかでも仲の良かった水野麻衣と松尾十希子に、かわるがわる抱きしめられて、雪緒は思わず笑みをこぼした。もちろん隣には柾貴がいるが、麻衣と十希子はすでに慣れっこで、気にもとめない。十希子はわずかに呆れたような表情を垣間見せたが、しかし何も言いはしなかった。
その晩、集まったのは四十人ほどである。「会費二万円」という、大学一年生にはあまりに分不相応な金額設定となると、実家なり本人なりに経済的な余裕がなければ参加することは出来ない。四百人弱の同級生のなかで四十人しか集まらなかったのは、そういうことである。幹事である秋山は、「大丈夫。年末には会費五千円の忘年会も設定しているし、そっちは三百人くらい集まる予定だから」という。だから今回は仲の良かった金離れの良い連中だけで集まろうと、つまりはそういうことであるらしい。
(まあ、二万円じゃあね)
と、雪緒は思った。実際、この場にいるのは裕福な実家を持つ者たちばかりだ。秋山も高級ホテルオーナーの令息であるし、十希子だって貿易会社の社長令嬢である。月に小遣いを十万、二十万と貰っている連中も少なくはない。しかもその小遣いで株に手を出し、莫大な利益を得ている者さえいるのである。価値観は、常人のそれからはかけ離れている。
ノンアルコールのシャンパンで、おとなしく乾杯をする。「ノンアルコールのシャンパンなんて」、と皆は苦笑いしたが、場所が秋山の経営するホテルのフレンチレストランであるから、下手なことは出来ない。会費の二万円を払いさえすれば、フレンチのコースに飲み放題がついて、さらに望めば一晩この高級ホテルに泊まっていってもかまわないというのだ。もしもそのメリットを公にしてメンバーを募っていれば、きっともっと人数は集まっていたに違いないのだが、秋山がそれを嫌がったのだという。
「穴子、里芋、フォワグラのプレス、秋鮭のミ・キュイでございます」
秋の訪れを感じさせる前菜が、運ばれてくる。四人掛けの角テーブルが十卓、とりあえず一通りの食事が終わるまでは、同じテーブルについた他の三人と「旧交をあたためる」ほかにないのだが、
(こんな同窓会、普通ないよなあ)
雪緒は何ともいえない笑いを噛みころした。
当然のように、右隣には柾貴が腰かけている。さらに、彼の右隣には麻衣。バランスが悪いというので十希子は別のテーブルに誘われて行き、そのかわりに幹事の秋山がこのテーブルにつくことになった。雪緒の左隣に秋山が腰かけることになったので、柾貴の機嫌はやや下降気味である。
「半年経ったけど、朝見は変わらないね」
と、美しい手つきでカトラリーを扱いながら、秋山はにこりと笑った。
「そう?」
「高校生のときのまま。髪も染めていないし、化粧も濃くないし」
「いまだに子どもっぽいってことね?」
秋山とは視線をあわせず、雪緒は笑む。こういうときは、あまり視線をあわせないほうがいい。「目は口ほどに物を言う」し、「アイコンタクトをとった」とでも誤解されたら、あとが大変だ。
「ユキは髪を染めないほうが似合うし、化粧もしないほうが可愛いからな」
案の定、けっして不自然とは言えないタイミングで柾貴が口を挟んだが、
「ちょっと椹木くん、やめてくれる。聞いてるこっちのほうが照れちゃうから」
と、麻衣がしかめっつらでたしなめてくれたおかげで、笑いにかわった。
「ねえ、本当にそれで二人は付き合ってないの?」
思わず雪緒は声をのみこんだ。
「……付き合ってないよ」
はっきりと柾貴は言う。それはそうだ。雪緒にはいっさい遊びの話をしないが、しかし知られぬように遊びまわっていることを、 雪緒はもう知っている。噂はどんなふうにも、どんな方向からも、耳に入ってくるものであるし、その信憑性の高低もおのずと分かるようになってくるものだ。
ただ柾貴は、女をとっかえひっかえして遊びまわっていることを、とにかく雪緒には知られたくない様子であった。どこからかそういう話が暴露されると、なぜか柾貴は熱心に言い訳めいた物言いをする。
(付き合ってもいない相手に、なんでこんな言い訳をするんだろ)
と、雪緒は思うのである。雪緒に執着し、独占欲をあらわにするわりに、
「俺と雪緒は別に付き合っていない」
と断言する。柾貴がどこか歪んでいることは分かるのだが、それがなぜなのか、どういう歪み方をしているのかは、雪緒にも分からないのである。
「でも、いつも傍に椹木がいるから、朝見も彼氏なんて出来ないだろ」
肯定も否定もせずに、雪緒は笑った。
「そうだよねえ、完全に椹木くんの存在が、ユキの恋愛を妨害してるよね」
アハハ、とテーブルに笑いが満ちるなかで、柾貴だけがほとんど笑っていない。運ばれてきた甘鯛のポワレを、黙々と口に運んでいる。
「しょうがないから、責任をとって、きいちゃんには時々デートしてもらうわ」
雪緒は冗談めかしてそう言った。たぶん、これで正解だ。柾貴は一応のところ、雪緒のこの答えに満足するだろう。雪緒はすでに気づいている。歪んでいるのは柾貴だけか? いや、この歪んだ幼馴染みの執着を嫌がっていない自分もまた、どこかが歪んでいる——。




