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ヒトコマの夏(あるいは、アナザーストーリー)

作者: DK

空を見上げると、真夏の空が広がっていた。

パステル調の青で染められたキャンバスに、もくもくとした入道雲の白のモノトーンな対比。

水平線の遥か彼方に連なる山脈と、雑木林に静かに佇む廃寺という立体的な構図。

実に絵になる良い眺めだ。どちらかと言えば、写実派より印象派の画家が描きたがりそうな。


ここまではいいのだが。

今は7月の終わり。いよいよ夏も真っ盛りの季節。

なにしろ暑い。暑くて仕方がない。

夏の風物詩として詠われる蝉の声も、この猛暑ではヒステリックな金属音と同じだ。湿度も高いのが腹立たしい。

クソ、小笠原気団のせいだなッ。

冬将軍どのよ、判官びいきでもなんでも致しますから、とっとと追い払ってはくれませんかね?



俺は今、修学旅行に来ている。

京都に奈良といったド定番の地で名刹古刹巡り、思ってもいないカンソウを書き、イッチョマエのレポートとして提出させる。ステレオタイプの歴史教育が如実に現れている行事だと思う。

だいたい宇治拾遺物語でも読めばいい。風俗は違えど、心理は対して現代のそれと変わりやしない。それを、『昔は聖人君子ばっかりの理想郷でした。それに比べてサイキンノワカイモンハ……』と宣う権威的で懐古趣味なオエラガタのせいで、こんなにもつまらんものと化しているんだ。

そんな聖人君子、三皇五帝の時代でもそうそういないだろうがな。


「正一くーん、そろそろお昼でもいいよね?」

「まだ11時にもなってねえよ……。もうちょい我慢な」

「むー……」


俺は大原正一。ただの晴川高校の一年生で、名誉ある帰宅部の一員でもある。


「おーい、聞いてるのー?……もう!」


それで、さっきから話しかけてる奴は、河村玲音奈。今回の修学旅行でペアを組まされた女子だ。

こいつとは中学の時からの付き合いなのだが、天然そうに見えて、その実策士という、いろいろな意味で恐ろしい奴なのだ。

どこか近寄りがたい雰囲気があるのか、意外にも友達は少なめである。

スタイルもそこそこ良いし、整った般若のような顔も…………般若?


「正一ッ!」


般若は目の前にいた。


「ひっ!……すまん、考え事してた」

「女の子を無視するとかー、サイテー」


そう言うと、玲音奈はフイッと顔を背けた。どうやら相当ご機嫌ナナメにさせてしまったようだ。



「悪かったって……」

「ホントにそう思ってる?」


こいつはだいたい顔を見れば何を言い出すかすぐに分かる。

これはなにか交換条件でも押し付けてきそうな顔だな?


「じゃあさ、レポート、ちょっと参考にしたいんだけど」


やっぱり。

予測可能回避不可能ってヤツだ。


「ほらよ」


そう返すと、途端に玲音奈は花が咲いたような笑みを浮かべる。


「ありがとー!正一くん優しいね!」


面白いくらいの喜色満面。

……ったく、仕方がない奴め。ありがたく使えよ。




玲音奈はしばらくの間、自分のレポートと俺のレポートを見比べては推敲していたが、やがて飽きたのか、俺に昼食を取ることを提案してきた。時間も丁度いい頃合いだったので、首肯する。

玲音奈はリュックからパンフレット形式の地図を取り出すと、現在地からやや南の地点を指した。

ここから歩いて20分くらいの距離だろうか。


「ねえねえ、ちょっと行ったところに喫茶店があるみたいだよ。そこでいい?」

「いいよ。じゃ、行きますか」

「ほーいっ」


そう言うと、玲音奈は軽やかな足取りで歩き始めた。


雑木林の真ん中を通るゆるやかな坂道を降って、俺たちは下っていく。

涼し気な風が、林を駆け抜けていくのが、肌に感じられる。

横を見ると、柔らかい微笑みの隣で、ボブカットの黒髪が、風に吹かれて揺れていた。


こんな昼も、たまには良いのかもしれない。


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