召喚されてやって来たのは
イレウル王国は今危機に陥っていた。
それは、国の周りをおびただしい数の魔物がうろついていることもあるが、何より、魔物を統べる王『魔王』が復活したからだ。魔物一体倒すにも、腕利きの兵士が最低でも三人必要になる。それの親玉が復活したとなると、魔物に殺されるより自らの手で自害することを選ぶものもいるくらいに絶望的だった。
過去に、自分たちの手に負えないと異界から勇者を召喚したこともあったが、ある時の勇者が「国の人形になるのはごめんだ」と言って、イレウル王国から去って行った。勇者を一人召喚してしまうと、その勇者が居なくならないと新しく召喚出来なかった。居なくなるというものに、勇者が死亡した場合も当てはまるが、そのようなことをしてまで新しい勇者を召喚しようとする王はいなかった。去って行った勇者は、他国の王にこきつかわれ過労死したという。
イレウル王国の王になるものは何故か全員、争い事は極力したくないという考えの者ばかりであった。そのため、召喚した勇者が「元の世界に帰りたい」と言うのであればきちんと返してきた。「勇者をしても良い」と言ってくれた勇者には、不便が無いようにと勇者に王自らが歩み寄り、良い関係を作って行った。通常、自国の民以外に優しくする王が珍しく、他国の民を虫以下に見ている王も珍しくない。そして、それ以上に異界の者は、酷く扱われることが当たり前ともいえる存在だった。「勇者は召喚してしまえばこちらのもの。後は呪文で縛りつけて、傀儡にしてしまえばいい」という意見も多々あった。
『数打ちゃ当たる』この言葉の如く、多くの勇者を召喚し戦ってくれるという者が現れるまで延々と繰り返すという作業をしていた。イレウル王国の王族にしか勇者を召喚することが出来ないので、世界に魔物関係での問題ごとがあった時に基本的に他国から責任を丸投げされるのであった。それ故に「こんなことを緊急時に出来ないだろう」「効率が悪い」などと他国の王に言われ続けていた。しかし、王は召喚される者のことを考えるとこれが一番良心的だと、『勇者を召喚→断られる→送り返す』という一連の作業を繰り返すのだった。
ある時の王が、ある名案を思い付いた。『緊急時に召喚するのをやめてしまおう。いっそのこと、元の世界を捨てて、この世界で永住してくれる勇者を召喚してしまえ』ということに
この時から、その条件に当てはまる者だけを対象にして勇者にした。それからというもの、魔物が大量発生しても、勇者が常にいる状態であるため勇者を主軸に魔物を倒すことが出来た。
そして今、先代の勇者が亡くなってからそんなに間が空いていないときに、魔物の王、『魔王』が復活した。魔王は空想上の生き物で、絵本の中に出てきている。そこでは、勇者の重要性を簡単に、説明できるかませ犬的な扱いされていた。
考古学者の中の一部の者が、魔王は実在すると考え『魔王実在説』を提唱していたが、それを聞き、本気にするものは一人もいなかった。しかし、この時に魔王が本当に実在すると、復活したと分かった時、その考古学者どもは「自分たちの努力が実った」と笑顔で周りにふれまわっていたが、多くの者に不謹慎だと白い目を向けられるようになってしまった。
魔物と戦う準備すらできていない状態で、魔王と戦わなければならないというこの状況に王はほとほと困り果ててしまった。その上他国に、魔王討伐の協力をしようとする国はなかった。最終的に、王は今召喚する勇者にすべての命運を任せてしまおうと自暴自棄になった。『召喚された勇者が断れば勇者を元の世界に送り返し、国が滅ぶのを玉座の上で見守り、引き受けてくれるのであれば最後まで諦めずに共に戦う』という考えを持った。通常、勇者の召喚は王の護衛と腕利きの魔術師と共に行うが、今回の召喚は王の自分だけで行うと言って、反対されてもその意見を聞かなかった。最終的に、王が一人で召喚を行うことになった。
城の地下のある小部屋で、王が一人召喚の義を行っていた。
王が召喚の呪文を唱え終わると、部屋の中に風が起こり、強い光が溢れた。風が止み、光がなくなった時、そこにいたのは
金色の髪に藍色の瞳の美丈夫が佇んでいた。その者は、しばらくは周りを観察するかのように辺りを見回していたが、王に気が付くと、口を開いた。
「呼ばれてやってきました。派遣勇者をしているものです。今回はどのようなご用件で、召喚なされたのですか」
王はこの時思った、「勇者は派遣される者なのか?」と。
勇者は、茫然としてしまい固まっている王に痺れを切らしたのか、ドアから外に出ていこうとしている。正気に戻った王は慌てて
「勇者様!どうか世界を救ってはいただけないでしょうか」
と、勇者に懇願した。これで断られてしまったら、世界が滅んでしまうが仕方のないこと。そう考え腹を決めていた王は
「そのために私がやって来たのです。何を倒せばいいのですか。魔王ですか?覇王ですか?夜王ですか?それとも神ですか?…その場合だと、少し時間が掛かりますが、無事やり遂げて見せましょう。」
力強く勇者が言ったのを聞いて、またもや茫然としてしまいました。勇者は王がフリーズしたのを感じて、勝手にドアから出て行ってしまいました。
しばらくしてから、王は勇者が居なくなったことに気が付きました。とりあえず、召喚が成功したことを、報告しに広間へと帰って行きました。王は広間に、人が溢れんばかりに集まっている状態に違和感を抱きました。「なぜこのように人が集まっているのだ。…それよりも、私は今から、勇者の召喚には成功したが、勇者を見失ってしまったことを言わなければならないのか」と考え、感傷に浸ってしまいました。王は何とか自分を奮い立たせて、その人だかりの者たちに大声で呼びかけようとした。
そのとき、宰相のリグゼルが王の前に出てきて言った。
「王よ、見事に召喚を成功なされたのですね。先ほど、勇者様が魔物を倒してくださいました。状況を理解されていなかったようなので、僭越ながら私が説明させていただきました。一度説明を聞かれただけで、勇者様は状況を理解されたご様子でした。今は、『親玉を倒しに行く』と言って、城から出ていかれましたよ」
「は?」
「それにしても、強いお方だ。あの魔物を、剣の一振りで倒してしまうとは。その上、一人で魔王を倒しに行かれて」
王は、自分の許容出来る範囲を超えたことが起こって脳がオーバーヒートを起こしてしまった。いきなり倒れこんだ王を見て、一瞬焦った宰相だったが、その後テキパキと指示を出し、王を部屋に運ぶよう兵士に命令した。
王が気を失ってから3日後。やっと、王が目を覚ました。その時、側近に「勇者はどうなった」と聞くと、「見事勇者が魔王を倒した」、「既に勇者は自らの力でこの世界から旅立った」ということが分かった。そして、政治が腐敗していた国を改心させて行った。このことから、世界は一掃され、今までのどの時代よりも平和になった。魔王が復活する手助けになった石があったらしくその力を勇者が吸収して、魔物も現れないようになるくらいに力がなくなった。
そうして、勇者のおかげで、すべてのことが丸く収まった。このことを、たたえてこの平和な時代のことを『派遣勇者時代』と呼ぶようになった。