7.闘技大会 申し込み
魔界の夏。
それは、学校では、祭りの時期だった。
そのメインイベントが――
『闘技大会』
6人以下のパーティーで、10段階のランクから選んだ、召喚されたドラゴンと対戦し、勝てば、食堂で、そのランクに応じた食事を、1年間、食べる権利が与えられる。
だから、特待生Aのミリアは、グリーン以上のランクに挑まなければ意味が無いが、僕らクリアランクの生徒にとっては、ブラウンに挑んでも、1年間、1ランク上の食事を食べられるのだ。
しかし、だというのに、クラスの皆は沈んでいた。
「……ドラゴンって基本、魔法じゃないと傷つかないのよね」
時間制限があるらしく、30分。但し、ドラゴンの側は、積極的な行動をしない命令を与えられて召喚される。
去年、3人で挑んだ時は、ブラウンドラゴンに、ほとんどダメージを与えられなかったのだそうだ。
応募が今日から募集が始まり、1週間の申し込み期間がある。
そして、その日の昼、食堂に行こうとした時に、響いてくる足音二つ。
「セリンヌ、リューイ!!」
ロークと――
「リューイ、聞いた!?」
ミリアだった。
一緒に、食堂でお昼を食べながら相談するのだが。
「……美味しそうね、ミリアちゃん」
「ハンバーグか……」
そう、今日のミリアの食べる日替わり定食は、ハンバーグ定食だったのだ。
ロークは、焼いた塩味の肉と、具沢山のスープ。
僕らも、僕の持ち込んだ肉というだけで、ロークと変わらない食事だった。
正直、飽きた。
「……アレ、見ろよ」
ロークが指差す先には、特待生Sランク、レッドクラスの竜人族、シルヴィーンがいた。
正確には、ロークが指差しているのは、その食事。
肉料理、魚料理、サラダ、スープ、ライス、デザートまで……。
「去年、ホワイトドラゴンに挑んで、勝てなかったんだよな、アイツ……」
「まぁ……あの人は、勝つ必要はないわよね……」
クリア組の3人は、ブラウンか、出来ればピンクに挑みたいらしい。ロークは、パープル。ミリアは、グリーンに挑みたいようなのだが。
「僕は、一人でブラックに挑むよ」
「「「「ええええー!!」」」」
ミリア以外の、全員が驚いた。
「協力はするよ。何でもありなんだろ?5人でグリーンでもブルーでも挑んでよ」
「ムリムリムリムリ!
私たち、ブラウンドラゴンに傷一つつけられなかったのよ!?」
「……傷つけられる武器があればいいんだろ?」
ミリア以外の4人が顔を見合わせる。
「僕が武器を用意するよ。
ロークとセリンヌは剣、スティンクは槍、カルフィナは弓、ミリアは杖でいい?」
「あの剣、くれるの!?」
セリンヌは、若干興奮気味だ。
「……あの剣でいいの?」
「うん!」
「……じゃあ、セリンヌには今すぐ渡すよ」
そこで、商人カルフィナが、素朴な疑問を口にした。
「あの……代金は?」
「別にいいよ。全員分の食糧1年分を供給することに比べれば、大した手間ではない。
出来合いのものでいいなら、今すぐ渡せるぐらいだ。
気に入らなかったら言ってくれ。早めに作って、渡そう」
ロークには、魔力を消費して威力を高める剣、スティンクには、相手の防御力をある程度無視する槍、カルフィナには、魔法を吸収して矢にして放てる弓を渡した。
そして、ミリアには、魔力が回復する杖を。
「ナニコノスゴイブキ……」
カルフィナは言うが、この条件で戦うには、彼女の弓は、やや微妙だ。
何しろ、周囲で魔法が使われない限り、普通の弓と変わらないからだ。
でも、彼女は文句を言わなかった。
「……闘技大会の間だけ、リューイの矢筒、借りてもいい?」
「……何だ。矢の供給用の魔法を発動するアイテムでも要求されるかとおもっていたのに」
「いいの!?そんなの!?」
「馬鹿みたいに威力の高い魔法を放つものでなければ、別に構わん。
単独では、不完全と言ってもいい弓だからな」
一応、防御用の魔法を発動させる護符を渡した。攻撃魔法しか矢に変換できないわけではない。相手の防御魔法を吸収して矢に変換させることも想定した弓だ。
「別に、売っても構わんが、人からの好意を金に換える奴が、周囲にどう印象を与えるのかを考えた上で売ることだな。……余程金に困る事態になった場合は、何とも思わんが」
「……ねぇ。リューイって、こういうの簡単に作れるの?」
「いや。簡単ではない。
だが、いざという時のために、試作品を幾つか作ってはあった。
……金に困った時には、売れるしな」
村にいた時は、売っても大したお金になるようなものではなかった。……需要がないからだ。
しかし、大きな町や戦場の近くに行けば、お金に困らないぐらいの財産を手に入れられるだけのものは、用意しておいた。
だから、多少の出費は覚悟の上で、学校を目指したのだ。
正直、子供の立場で身分証明を簡単に得るには、この手段が最適だったのだ。
在学中は学生証を与えられるし、卒業という実績が、身分を証明する手段となるので、入学の費用さえ何とかなれば、何とでもなると思っていた。在学中の出費ぐらいなら、それを稼ぐ時間も同時に得られる。実際、ポーションを売った金だけで、恐らく、卒業までお金に困る事態にはならない。でなければ、一般の学生には卒業することが困難になるほどの出費を必要とされることになってしまう。実際、学校から何らかの支払いを要求されるような事態になることは、入学後はほとんどないことも確認した。特別な事情があったり、むしろ、一般の生活にかかる費用の方が、よっぽど出費として大きくなる。
「……リューイが、単独でブラックに挑むことが、認可されるとは思えないが」
ロークがそう呟く。
「規則上、禁止されてはいないだろう?」
「しかし、大会は挑む相手のランクによって、順番が決められるんだ。
意図的に、オオトリを達成の見込み無しで、クリアランクの生徒が挑むことが、無条件で認められるとは思えない」
「……悪い、すぐに申し込んで、条件付であっても認めさせてくる」
食事は、早々に済ませてある。
ミリアがついて来るが、彼女なら問題ない。
僕は、職員室の闘技大会受付担当の先生に直談判した。
「闘技大会、僕一人で、ブラックのランクに挑みたいのですが、認めていただけませんか?」
担当の竜人、サフィルス先生は首を横に振った。
「シルヴィーン君でも、ブラックへの挑戦は認めないつもりだ。まして、クリアランクの君に、そんな許可は下せない」
「何か、条件は出せませんか?予選を行って下さっても構いません」
サフィルス先生は、少し考え込んだ。
「グリーンランクを、10分以内に撃破できたら、認めよう」
「予選はいつ?」
「闘技大会初日に行おう!」
「……分かりました。本戦を行える前提で、スケジュールを組んでいただきたい」
サフィルス先生は笑った。
「……私の用意するドラゴンは、幻術だ。魔法でなければ、一切のダメージが与えられない。
クリアランクの君が、傷の一つでも付けられる可能性は、ゼロだ」
「……何だ、つまらん。召喚と聞いたから期待していたのに、幻術か。
つまらんショーにしかならんのか……」
僕は、亜空間から剣を一本取り出した。
「幻術を無効化する剣です。触れた瞬間、幻術のドラゴンなら、たとえどんな代物でも、一瞬で消滅しますが、本当に、本戦が行われることはないとお思いですか?」
サフィルス先生の目が輝いた。竜化した時を除けば、竜人の外見的特長は、爬虫類を思わせるその瞳以外には、魔人族とほぼ変わらない。例外なく頑強な肉体をしているが、同じぐらいの体格の魔人族は幾らでもいる。
「……効果を確かめていいかな?すぐに済む。確認が済んだら、予選無しの本戦は、竜化した私と君との、一騎打ちという形で、闘技大会のメインイベントにしよう。
……但し、メインイベントらしい、盛り上がるだけの実力を、君が示せると、君が約束できればの話だがね」
「僕の持つマジックアイテムを、最大限に駆使します。盛り上がる、という保証は出来ませんが、僕は勝てるつもりでいます。負けた時のペナルティーを課していただいても構いませんが」
「……その剣を、学校に寄付していただこう。それで構わないかな?」
「まぁ……その程度で構わないのでしたら。
……確認が、すぐに出来るというのは?」
サフィルス先生は、小さな球を作り出した。
「規模は小さいが、強度は私の作れるもので、最大限のものと言ってもいい。
これが、一瞬で消し去られるのなら、確かに、幻術のドラゴンなど、その剣の前では無力だ」
僕は、剣をそっと球に触れさせる。先端が触れた瞬間、その幻術は消え去った。
「良かろう!
180年ぶりぐらいだろうか、私が、君の相手をしよう!
さて、今年の闘技大会は、異様な盛り上がりになるかも知れんな!」
「……この剣は、預けておきます。
僕が勝ったら、返して下さい。
僕が負けたら、どのように扱っていただいても構いません」
僕は、この時、サフィルス先生が『異様な盛り上がり』と表現した理由に、気付くことはなかった。