9.婚約
腹が満たされたところで、皆は、僕への怒りを無言で伝えてきた。
「言っとくが、ミリアが僕を裏切ったと分かっていながら、ミリアに従ったお前らに、僕は謝罪の言葉なんぞ持っていないぞ?」
「……ミリアちゃんには、謝罪するつもり?」
「今のところ、そのつもりは無い」
ドンッと、一斉にテーブルが叩かれた。抗議の意思を表現したいようだ。
「ミリア。僕のプレゼントを開けたね?」
「え……?うん……」
ミリアの視線を追うと、左手の薬指に、僕の作った指輪が嵌められていた。
「で、ミリア?バグのせいで、仕方なく、反抗したんだよね?」
「……ほとんど、私の意思――」
「まさか、僕のプレゼントを受け取っておきながら、反抗しようと思ったりしてないよね?」
僕にとって、この場は、僕が今後、一生の間、ミリアに尻に敷かれるかどうかが決まる、大切なお話の場だ。そもそも、ミリアと添い遂げるかどうかも、ここで決まりそうな流れだ。
ミリアは、指輪を外そうとして外れず、その左手を僕に差し出して、「取れない~」と言った。
「外してもいいけど、僕が外したら、僕はミリアと縁を切るよ」
ミリアは泣きそうな顔になった。
僕は、はぁーっとため息をつく。
「僕は、ミリアとの婚約の証として、それを渡していったつもりだったんだけどね。
それを身につけるということは、それに了承した証と思って欲しかったぐらいだよ」
ミリアの顔がパァーッと赤くなった。俯いて、左手の指輪を撫でている。
「……で、どうするの?外そうか?」
「……いい」
「じゃ、僕と婚約する?」
「……。
……うん」
「ちなみに、僕はまだミリアを許すとは決めてないよ?」
「ごめんなさい!」
どうやら、僕優位の関係の構築は、出来そうで安心した。
「ところで、他の連中は、僕に謝るつもりはあるの?」
「お前が謝れよ」
状況を理解していないのか、まずロークが言った。
「ローク、お前、自力で脱出しろよ。僕はわざわざ君をダンジョン外まで案内する義理はない」
「なっ!!」
そして、素直だったミリィとミィシャは「申し訳ありませんでした」と頭を下げてくる。
「ミリィとミィシャは、脅されていたんだろう?その謝罪の言葉だけで十分だ」
「ありがとうございます!」
「……で?」
三人娘を睨む。まず、カルフィナが進み出てきた。
「ごめん、私がミリアちゃんを焚き付けた。ミリアちゃんは、許してあげてくれないかなぁ?」
「君は許さなくてもいいのかな?」
「まぁ、非があることは認めるけど、そこは、リューイもでしょう?あなたも、謝罪まではしないまでも、一連の話の中で、非があることは認めなさいよ」
「僕は僕なりの考えがあっての行動だ。結果論、正しい判断ではなかったことは認めよう。
だが、君らが感情論で僕に非を認めさせたいと言うのなら、僕は断る。
イチから十まで全部説明しないと納得できないというのなら、そんな君らの未熟さを正すために行ったことだと僕は主張する」
「……試しに、あなたが私だけを連れて旅に出た理由を、イチから十まで説明してみてよ」
「ミリアの僕への依存度が高すぎると感じた。ミリアは、僕のいない環境で一人である程度、何でも出来るようになるべきだと考えた。
別に、カルフィナを連れて行った理由は、特に無い。一人、協力者が必要と感じ、あの時点での最適任者がカルフィナだと判断したに過ぎない」
「ミリアちゃんに、世界を見せてあげても良かったんじゃないの?」
「……それもそうだな」
その発想は、あの時の僕には無かった。だが、今考えると、それを一度検討すべきだったかも知れないとは思う。
「少なくとも、ミリアちゃんは学校内では、リューイ無しでも、特に問題なく過ごせているわけじゃない?それで、依存度が高すぎると言われてもねぇ……」
「事あるごとに、関わってきていたと思うが?」
「……それって、好きなら仕方ないことじゃないの?」
「……」
そうか。
妙に納得してしまった。
……そうだな。僕でも、逆の立場だったらそうしたかも知れない。
「……了解した。ミリアの行動は、仕方なかったと認めよう。
だからと言って、国に喧嘩を売るのはやり過ぎじゃねぇの?」
「あなたがそれだけの力を与えてしまったせいでしょ?」
「……」
……何だろう。本当に僕が悪かったのではないかと、誘導されるように考えてしまうほど、筋の通った話に聞こえる。
……そうか。
「つまり、僕の行動はイチイチ裏目に出ていたということだな?」
「少なくとも、あなたの意図した通りにはなっていないわね。
まさか、全員、自分と同じ考え方をしろなんて言い出さないわよね?」
「つまり、今回の件は仕方なかったということなのか?」
「その種を蒔いたのは、ほとんどあなたなんだけど、それでも、謝罪するつもりは無いわけ?」
「いやしかし、僕の与えた力を悪用しただろう?」
「そうね!悪用したら危ない力を与えて行ったわね!」
……うーむ。
どこをどう見ても、僕が悪人に思える話の展開だ。
「……ひょっとして、僕を悪人にしたいのか?」
「私たち、3日も何も食べてなかったんだけど」
「そうか。恨まれてるから、そういう話の展開にしているのか」
「何か、事実に反することを1つでも言ったかしら?」
「……そちらの立場からの話しかされていないように感じる」
「あれだけの仕打ちをしておいて、あなたの立場に立って考えてみて欲しいと言うの!?
突然、私たちはダンジョンに閉じ込められたのよ!?」
「お前たちもルシファーの国を攻撃したのはやり過ぎだろう。
そもそも、八つ当たりという奴だぞ?」
「ミリアちゃんが!バグとかいう奴を従わせるために、私たちと協力して暴れまわったの!
……大変だったんだから」
「僕としては、大変だったと言いながら、対処できたその事実が脅威だよ……」
とりあえず、そろそろカルフィナも言いたいことは言い終え、皆も言いたかったことはほぼカルフィナが代弁してくれたようで、人心地ついた表情をしている。
「……とりあえず、皆をダンジョン外へ帰還させれば良いのかな?」
「……謝罪が無いことには若干不満はあるけれど……。
リューイはどうするつもり?」
「一応、ダンジョンの管理者だし最終ボスだし……。
ダンジョン内の管理とか、少しやっとくよ」
「ミリアちゃんは残して行こうか?」
「どうする、ミリア?」
食糧に不安は無いし、ここで突き放すのは冷たすぎると感じ、ミリアの意思を確認する。
「……残る」
「私たちも残らせて下さい!」
ミリィ、ミィシャも残るようだ。
皆をダンジョン外に出すと、ミリィとミィシャは城の掃除を任せ、ミリアと2人きりになった。
「あの……」
「……ん?」
ミリアが何か言おうとするが、指輪と僕を見比べるだけで、言葉の続きが出てこない。
「……ごめん、ね?」
「ああ。僕も――考えが足りなかったよ。反省している」
「それで、ね?」
ミリアは右手で指輪に触れる。
「こ、こ、こ、婚約って……」
「ああ。早いとは思うけどね。
将来の結婚を約束して、お互いに婚約者のつもりでいてもいいのかなとは思っていた。
子供を作る魔法は、12歳になるまで使えないから、あと4年と少しか、それまでは、ただの約束だけど……。
何なら、契約魔法で実際の効力を持つ契約書を作ってもいいよ?」
「え?……知らない、そんな魔法。
見せて……くれる?」
「いいよ」
こうして、僕は、ミリアと、僕の魔法で他の異性と子供を作ることが出来ない効力を持つ契約魔法を交して、婚約者同士という立場になった。
ミリアは非常に喜んでくれ、そして、その契約魔法の使い方を、詳しく聞きだされることとなった。




