6.ポーション
その日は、僕のポーションの話題になった。
「じゃあ、自分で作ってるの?」
「はい」
魔法の知識が増える度、新作を作っている。
もう、効果の強弱も含めると、30種類は作れる。
「どうやって?」
「……薬草を調合して」
ポーションの基本は、薬草の調合だけで済む。綺麗な水が必要だったり、エキスの抽出に時間がかかったりするが。
但し、相当詳しくなければ、見極めが困難な薬草というのが、やたらと多い。
僕は、『鑑定』が出来るから、困らないが……。
「……ポーションの相場、知ってる?」
「勿論、調べました」
「売ったことはある?」
「一番効果の弱い体力回復ポーションで、イエローマナ1個で売れましたね。他は、必要のある時にしか売りません」
「あー……まぁ、それは妥当かぁ……」
味見をしたお店の人が、「ハイグレード品!!」と言って、興奮していたが……。
「……沢山、作れる?」
「モノにもよります」
何故、カルフィナさんは、ここまで聞いてくるのか。
「売って!!」
「何を?」
「……とりあえず、魔力回復ポーションの、一番効果の弱い奴!
……沢山作れる?」
「まぁ……作れますが……」
要するに、商売したいのだろう。
「一つ、グリーンマナ4個なら、売りますよ」
「……結構、するのね」
そう言いながら、彼女はレッドマナを一つ取り出した。
「とりあえず、25個。……ある?」
「ありますよ」
1ダース入れる箱を2つ、サービスで付けて渡した。彼女は、魔法の鞄にそれをしまう。
「また買うと思うから、沢山作っておいてね~」
「まぁ……いいですが」
毒草との見分けが難しいだけで、そんなに珍しい薬草を材料にするわけでもない。
多少サービス価格だが、別に譲っても構わないだろうと思っていた。
……この時は。
それから一週間後ぐらいだろうか。
カルフィナは、また、魔力回復ポーションが欲しいと言ってきた。
「……幾つ?」
「……50個?」
あるにはある。
だが、問題はそこではない。
「……幾らで売った?」
「……え!?」
「売って、商売にしているんだろう?バレないとでも思っていたのか?」
カルフィナは、申し訳なさそうにこう言った。
「……ブルーマナ1個」
「ふぅん……」
ジト目で見ながら、僕はこう言った。
「半端な儲け」
「……え?」
僕の発言は、どうやら、予想以上に意外だったようだ。
「この町では、魔力回復ポーションは出回っていない。……どんなに効果の薄いものでも、だ。
それを、ブルーマナ1個ねぇ……。全部で、レッドマナ2個半ぐらいの価値になったとしても、お前のやり方は、商売として、甘いよ。
どうやって売った?」
カルフィナの顔は、カーッと赤くなった。
「……知ってたの?」
「出回っていないことか?当然だ」
それから彼女は、ポーションを並べて、『魔力回復ポーション、単価ブルーマナ1』と看板を立てて、希望があれば、舐める程度の味見をさせて売ったのだそうだ。最初は売れなかったそうだが、売れ始めたら、すぐに売り切れてしまったそうだ。
「……で?売っていた場所は?いつも同じ場所か?」
「う……うん……」
「案内しろ」
そう言って、僕はカルフィナと共に出かけた。
酒場の前。
彼女は、酒場の許可をもらって、そこで露店をやっていたようなのだが。
カルフィナの顔を見ると、声をかけてくる者が数名。
全員、「魔力回復ポーションを売ってくれ」という用件だった。
この魔界で、魔力回復ポーションの需要は異様だ。
戦場では、魔法の威力がモノを言う。
だから、魔力が尽きるというのは、致命的な事態なのだ。
武器で戦っても、魔法で防がれたら、戦えない。
もし、魔法で防がれても戦える武器があるとするならば、それは魔法の武器だ。
同様に、魔法による攻撃を防げるのも、魔法か、魔法の防具だ。
だから、戦争は基本、魔法に依存する。
魔法でしか傷つけられない魔物がいたりすると、魔法を使えなかったら、それだけで詰む。
魔力を回復するポーションは、だから重宝するし、しかし、鑑定のスキルでも持っていない限り、必要素材のある薬草は、致死毒の毒草との見分けが、非常に困難だ。
そして、鑑定のスキルは、かなり珍しいスキルだ。
だから、魔力回復ポーションは、作れる者が少ないし、作られたとしても、より高く売れる、戦場に近い都市で売りさばかれる。
国が滅びるぐらいまで攻め込まれなければ、まず戦場にならないようなこんな町で、魔力回復ポーションなど、まず売られることはないのだ。
そして、戦場の近くでは、最低の魔力回復ポーションでも、ブルーマナ5つにはなる。これは、僕がポーションを取り引きしている商人から仕入れた情報だ。
ついでに言えば、僕の作ったポーションは、全てハイグレード品だ。
「あのポーションが、全てハイグレード品だと気付いた奴だけに言う。
一本、レッドマナ1つなら、同じものを売る。
買いたい奴はいるか?」
ほとんどの者は、顔を見合わせて酒場に戻るなり、去っていった。
しかし、商人っぽい風体の地人族が、一人、残った。
「本当に、全てハイグレード品かね?」
「……アンタ、見れば確認できるな?」
僕は、そいつが鑑定のスキルを持っていることを見抜いていた。
「見せてくれるなら、ハイグレード品のみ、買い取りたい」
「何故だ?アンタなら、素材の薬草の見分けはつくだろう」
「……ハイグレード品なら、と言っているのだよ。
何本あるね?」
つまりだ。
ハイグレード品でないなら、自分には必要ないと言っているのだろう。
「逆に聞きたい。何本までなら、買う?」
「とりあえず、ホワイトマナ5つまでなら、即座に払っても良い」
「……50本、といったところか。
いいだろう」
亜空間から、ダース単位で、5つ取り出す。そして、5つ目のうち、2本を箱から出して、残りの10本が入った箱をしまおうとするが……
「待て待て!あるなら、買おう!ホワイトマナ6つでいいかね?」
差し出してくるホワイトマナ6つを、確認して受け取る。
「……いいのか?商売にして儲かる額では売っていないつもりだが」
「勿論、使うために欲しいのだよ。ハイグレード品を、これだけの数を集めるのは、大変だからねぇ」
「……」
気まぐれで、僕は一本のポーションを取り出した。……正確には、ポーションの類ではあるが、別のものだ。
「アンタなら、これに幾らの値をつける?」
「……」
商人は、中々返答をしない。
「……ダメだな。手持ちでは買えない」
「逆に、今なら、幾らまでなら買い取れる?」
商人は、懐から皮袋を取り出し、中身を確認した。
「……今、手持ちにブラックマナが2つある」
「それを支払って、買えるとしたら?」
「買いたいが……いいのかね?」
「サービスだ」
商談は成立した。
「……素材も珍しく、製法を知る者もほとんどいない、作れるほどの技術を持つ者も、ほぼ皆無。そんなもののハイグレード品を――」
「幾つかは、作った」
「……!
……儂は、ハウウェイス。君は――」
「生意気なガキの名前なんて、まだ覚えなくていい。
大人になったら、名乗るよ」
「そうか。いつか、君と商売できることを祈っているよ」
ハウウェイスの差し出してきた手を、僕は握り、カルフィナを連れて去った。
「ねぇ。最後に売ったのは、何?」
「エリクサー。完全回復ポーションとも言われている」
「……本来は、どのくらいの価値があるの?」
「……金じゃ買えない。特に、ハイグレード品はな」
エリクサーのハイグレード品となると、最大体力と最大魔力が、微量ながら上昇する。……半永久的に。
あの商人が、そこまで知っていて買ったのかどうかは、定かではない。
まぁ……その程度までなら、知られてしまっても問題のない範疇なのだが。
『滅多に作れない』という認識でいるうちなら、商売してもいいと思っている。
真実を見抜いてしまうような奴には――手渡してはいけないものであると、僕は認識している。
だから、そういう奴である可能性を推し量るために、一本、手放したのだが。
もし、彼から、同じものをまた「売ってくれ」と言われたら、僕は「断る」と言うしかない。
使ってはいけない金額を吹っかけたのは、「使ってはいけない」という認識を与えるためだが、もし……然るべき者の手に渡って、実際に使われてしまった場合。
……いや。真実全てを見抜くのは、魔王でも無理だと思いたい。
ただのハイグレード品だと思ってもらえれば、僕には問題がない。
限界突破を可能とする品だとバレた場合……。
それが、僕の想定する、最悪の事態だった。
次回掲載は19日(金)予定です