19.緒戦
山ほどの観客から見下ろされる、闘技場。
僕は、防具も纏わず、ボロ一着と剣だけを持って、中央に進み出た。
対面からも、一人の男が寄ってくる。
特に開始の合図は無いようだ。男は、棍棒のようなものを構えて駆けてくる。
僕は、メソッドを展開しながら、揺れるように左右にステップを踏んだ。
――男が止まる。
警戒したようだ。……まぁ、そうだろう。今、彼には僕の残像が幾つも見えているはずだ。
「……かかって来ないのか?」
男は反応しない。
僕は足を止める。――残像は消えない。幻術の一種だが、半分実体化している。そういう意味では、残像という表現は正しくないのかも知れない。
鶴翼の陣形で構える。そして、フォーム・モードを展開する。
「死神化<デス・フォーム>!!」
13体の死神が並んだ。意味は無いが、僕の覚悟を示すためだ。魔法と判断されて、カルフィナの弓で吸い取れてしまうフォーム・モードだが、魔法を使えなくされているはずの隷属魔法の影響下にも関わらず発動した。……恐らく、カルフィナに渡した弓が、反則的なのだろう。フォーム・モードは、魔法より上位のメソッドだと、僕は判断している。
「鎌化<サイズ・モード>!!」
手にした剣を一振りすると、巨大な鎌に変形した。
「舞え、死神の鎌!!」
アピールするために、出来るだけ派手にやらかした。
全員で一斉に間合いを詰め、鎌を振る。
13体の死神の鎌に切り刻まれ、相手は即死。
さあ、出て来い、マモン!!
そして、貴様の力を寄越せ!
そう心の中で叫びながら、適当な方向に鎌を突きつけた。
……だが、若干やりすぎたようだ。
『今日の挑戦者に、チャンスを与えよう』
聞こえるアナウンス。……誰の声だ?マモンか?
『我がペット、赤竜と闘うが良い。勝てば、剣奴として最高の待遇を与えよう』
突如、闘技場の中央に現れる真っ赤なドラゴン。
ほう……コイツを狩れ、と?
「……俺が出向くには、役不足だな」
鎌を地面に突き立て、それを触媒として白い蟷螂を召喚する。……別に、触媒にする必要は無いのだが、雰囲気で圧倒したかった。
背の丈5メートルの蟷螂だ。ドラゴンの相手として、十分だろう?
「ペット同士で前哨戦と行こうぜ」
『……舐めてくれたものだな。
いいのか?その虫が死んだら、貴様の負けと見なすぞ?』
「それは勝ってから言えよ」
正直、負ける気がしません。
赤と白という格の勝負でも勝っているし、この世界では、虫は最強の生き物だと、僕は思っている。もちろん、『虫』と書いて『バグ』と読むのだが。
僕は、バグの研究も色々してみた。強制的に発生させる手段も手に入れている。何度も呼んでデバッグし、デバッグが済むまでのわずかの間に様々な情報を得ている。ソースコードを読むだけでも、得るものは色々ある。この蟷螂は、反則的な強さを持っているはずだ。
『ブレスにぐらいは耐えてくれよ?でなければ、見世物として面白くないわ!』
「じゃあ、そのブレスから試合再開の合図にしようぜ!」
問題は。
この声の主がマモンであるか否かだ。
ただのこの闘技場の管理人かも知れない。
なんにせよ、何らかの権限は持っているだろう。
僕としては、さっさとマモンの能力奪ってずらかりたい。こんな飯のマズい国は勘弁だ。塩の供給すら足りていないのだ。
『後悔するなよ?』
試合再開のブレスが吐かれる――
お見せしよう。
チートとは、こういう能力のことを言うのだと!!




