16.孤立
「ちなみに、こないだのドラゴンの雛、どうしたの?」
食事の折に、ベルフィナが尋ねてきた。
「ミリアに贈った」
「はぁ!?」
……そんなに、驚くほどのことだろうか?
「僕が使役しても、さほど意味は無い。必要も無い。
ミリアが使えば、最高の使い魔になる。
他に贈りたい相手もいなかったしな……」
「……放置しておいて、餌だけ与えたってワケ?」
「餌とは失礼な。
僕はミリアに餌付けしているわけじゃない。
別に、贈り物ぐらいしても構わないだろう」
「気持ちだけ煽っておいて、相手しないなんて、信じられない!
……あなたが独り身である理由がよーく分かったわ!
私も、あなたにはついていけない。
帰らせていただくわ!」
……何だろう。
勝手に盛り上がって、勝手に人を軽蔑して、勝手に去るのか。
別に構わないが、冷静に考えて、僕が軽蔑されなければならないことを本当にやっているかどうか、考えてみて欲しいものだ。勝手に、僕を自分の秤で計って、実際はそれに満たない男だったから軽蔑するって……いい迷惑だ。
「……まぁ、いい」
美食にも、もう十分満足を得た。
一人になったら、やってみたいこともあった。
亜空間に、食材のストックも十二分に備えた。
……次は、マモンの国だ。
僕の、計画はこうだ。
奴隷専用の闘技場に潜り込む。
その為には、貴族の一人でも引き込んで、僕の主役をやってもらう。
マモンは、非常に警戒心が強く、滅多に人前に現れないらしい。
だが、闘技場の大会での優勝者の前には現れるという。
僕の予想では、奴も、魔王権限の独自管理者能力を持っている。
それを見て、可能ならば僕もその能力を得る。
2代目サタンの、魔王もしくは管理者の所在を感知する能力に関しては、情報不足もあり、僕が再現できていない理由は分からないが、2代目であることに、何か原因があるのではと予測しているので、サタンの独自能力については諦めてもいい。
だが。
当面の目当てが無いとはいえ、管理者の独自能力全てを使えるのならば、使えるようになっていた方が都合が良い。
正直、成人に達する年齢になったら、ミリアとでも結婚して、隠居して穏やかに暮らせるのならば、僕はそれで満足だ。ミリアが拒絶した場合は、代案が必要になるが。
目標も指針も与えられずに、この世界に放置された僕の、最終的な目標は、ただそれだけでしかない。
ミリア以外には文句は言わせない。国?要らんよ。凡人に『王』の立場は荷が重すぎる。僕など、たまたまこの世界で強力な情報を持っていただけに過ぎない。王でも魔王でも関係ないが、そんなもの、なりたい奴がなればいい。例えばルシエルだ。アイツには、管理者の権限を与えて、何らかの方法で、魔王の権限まで引き上げてやりたい。
……いや。
余計なことはしない方がいいのかも知れない。
僕は僕のことさえやればいい。
小さな親切、大きなお世話という言葉もある。
今は、マモンの国で戦闘奴隷として、闘技場で戦うことさえ考えていれば。
持ち物は、ほぼ持ち込めないと思おう。
僕のステータスは、魔力をゼロにした以外は管理者権限で数値操作をしていないが、ステータスを見れるというアドバンテージを活かして、ステータスの上昇条件をチェックしながら鍛えることで、魔力以外の全ステータスは8000を超えている。
奴隷相手なら、負けはしまい。僕は、メソッドという名の魔法を、魔力の消費無しで使えるし。
それに……1つだけ、新たな『奥の手』を賢者の石で仕込み、その賢者の石は体内に埋め込んでいる。魔王にだって、負けない自信はある。
持ち物は全て亜空間にしまっておくとして。
なら、考えるべきことは少ない。
そう――
最後に、何を食べてこの国を去るか。
それだけ考えておけば、いいのではなかろうか?
僕は凡人だ。自分を中心にしか世界を見られない。
だから、人がどうこうということを考える前に、自分のために、何をすべきか、何を考えるべきかを考えなければならない。
他人のことを考えることなど、王とか特別な才能を持った人に任せるしかない。
その能力を備わらなかった代わりに、自分のために行うことに対しては、少しだけ優れた能力を授けられたのだから――
だから。
僕は、魔王の権利を与えられているというのに、全く以って、魔王失格なのだ。
僕が魔王を目指さない理由など、ただそれだけだ。
どこに行っても、人間関係など、僕の立ち位置は変わらない。
いつでもどこでも、僕は孤立して、一人で何もかもをやらざるを得ないのだ。
自分一人の世界だけで『王』を名乗っても虚しいだけだ。
僕のミリアを求める気持ちも、ただ、僕の孤独を癒して欲しい気持ちの現れに過ぎない。
分かっているから、距離を置いた。
ミリアが僕を必要としないのなら。
僕は、この世界でも独りで生きていくしかない、そう思っている。




