15.ベルゼブブ
「まずは感謝の言葉を述べさせていただく。
ありがとう」
ベルゼブブに会い、まず、そう言われた。
「……管理者、か。
どうかね、我が国を見た感想は?」
「良い国だな」
「……キミの前世よりも?」
「いや……豊かという意味では、まだまだだ。
ただ、『食』というきっかけを元に、これだけ国を栄えさせるのは、大したものだよ」
「……手厳しいね」
そう言いながらも、ベルゼブブは嬉しそうに苦笑した。
「文明の発展、という点を除いては、私の前世より豊かな国にしたつもりなのだが」
「魔法の存在に依存して、か。
だが、まだ甘い。
奴隷の解放も無しに、『豊かな社会』と言われてもな」
「……我が国では、本人の犯罪への関与無しに、奴隷の身分になることは無い」
「ほう……」
それは初耳だった。この国ですら、まだ奴隷は存在しているのかと、残念に思っていたのだが。
「犯罪への抑止力として、完全に奴隷制度を無くすという発想は捨てざるを得なかった」
「まぁ……下手に豊かなだけの社会を目指すのが、必ずしも良いとは限らないと、僕は思うしなぁ。
むしろ、自然を犠牲にした豊かさを目指したら、『何が豊かなのか』の定義に疑問を持たなければならない社会になりかねない。
犯罪も増えるだろうし。
犯罪してでも豊かな暮らしをしたいと発想する人間が増えれば、それだけ、秩序は乱れる。
秩序が厳しすぎる社会は、生きていて窮屈だし。
ある程度、秩序の緩い社会で、自然の豊かな、精神的に豊かな暮らしを出来る社会が、僕は理想だとは思う」
「君の前世では、奴隷は存在しなかったのかな?」
「ああ。ほぼ失われた制度だった」
「そうか……。
一部の権力者が、制度を復活させたりはしていなかったのか……」
……キナ臭い話だ。
不意に、背後から袖を引かれた。
……カルフィナだ。
「ねぇ、リューイ」
「何だ?」
「ミリアちゃんから聞いたんだけど。
……あの子、あなたがいなかったら、奴隷になるところだった、って」
「……そうだが?」
「……何で置いてきたの?」
それには、色々思うところがあって、これを言えば、全てを悟るのかも知れないと思う言葉を選んで放った。
「……僕が、自分を中心にしか世界を見れないクズだからだ。
ミリアには、僕のような男を選ばないという選択肢を与えたかった」
「な!……あなたがクズとか、そんなこと言ってないし、そんなこと聞いてもいない!
そもそも、あなたはミリアを奴隷になる危機から救ったんでしょう?惚れさせておいて、放置だなんて……」
「惚れてしまう状況を、不本意ながら作ってしまった。……ミリアに、選択の余地は無かった。
放置すれば、悲惨なほどの不幸となる。
僕は、救う力があったから救ったが……。
僕は、一度、僕自身の心の闇に、耐え切れなかった人間だ。
僕に比べれば、そこらに転がっているチンピラの方が、まだ可愛げがある。
多少、能力的には優れているが、人格的には――最低の部類に入る人間だよ」
「……だから、距離を置いたの?」
「ああ」
「それが、どれだけミリアちゃんを苦しめるか知っていて?」
「僕の心の闇と向かい合うことに比べれば、大した苦痛ではない」
「……ミリアちゃんにとっては、それが、人生の全てと言えるほどの恋でも?」
「失恋など、この世に幾らでも転がっている小さな不幸だ」
「あなたはもう一度ミリアちゃんを救えるのに、救うどころか、どん底に突き落とすの!?」
「僕が耐え切れなかった苦痛を!ミリアに味わわせたくない!!」
「ミリアちゃんにとって、そんなこと、些細な問題でしかない!
分かってるの?あなたが、ミリアちゃんの幸せの全てを握っているの!!」
……大袈裟な。
僕は、ただそう思って、恐らく平行線なのだろう、これ以上のやり取りは無駄だと悟った。
「……別に、ミリアから『好き』とも言われたことはないしな」
「女の子からそれを言うのが、どれだけ勇気がいると思っているの!?」
「別に。それだけの勇気を出す価値が、僕に無いだけだろう?」
「……っ!!」
カルフィナが、『鍵』をつき返してきた。
「……もう、あなたとは一緒に歩めない」
「……そうか」
僕が鍵を受け取ると、カルフィナは足早に立ち去った。
「ベルフィナ。君はどうする?」
「……別に。今まで通りですわ」
ベルゼア君が、咳払いを1つ。僕は済まなかったと断ってからベルゼブブに向き直った。
「1つ、聞きたいことがある」
僕がベルゼブブに問う。
「……バグが現れたのは、ベルゼアを管理者にした時か?」
「……その通りだが、何故、その推測を?」
「僕も、カルフィナを管理者に……!!」
……忘れてた。
カルフィナ、管理者権限持ってるよ……。
これから、どうするのか知らないが。
「……済まない。ちと頭痛が」
「……?
まぁ、前世の記憶を得ることも無く、リスクばかりを背負って見返りが無くて残念な結果だったが。
ただ、ベルゼアが強力な切り札になったな」
「ちなみに、オートデバッグは試したのか?」
「……?
オートデバッグ?」
……分からないのか!!
これは、色々と検証の必要が出てきた。
どうも、同じ『上位管理者権限』である『魔王の資格』に、性能差があるように思えてきた。
これは、この国に長期滞在する必要がありそうだ。
……この、非常に美味しい国に!!




