10.旅路
挨拶も無しに、僕らは再び旅立った。
惜しまれるのが分かっているからだ。
旅を急ぐ理由も無かったので、歩きによる旅だ。
僕の右側にベルフィナ。左側にカルフィナ。
チラチラとベルフィナの視線を感じるが、無視だ。
食糧は、ある程度のストックを残しながらも、ベルフェゴールに買い取らせておいたし、ハウウェイスさんもまだここで稼ぐつもりらしいから、もう、これ以上の心配や配慮は、甘えの原因となって逆効果だ。
別に、食糧に困りはしないが、道中の食事は狩りをしながら、足りない分はストックを使う。
食べられる植物も、凄く多い。
正直、食糧を増やしながら進んでいくことも可能だ。
「レッドバニーだ、逃がすな!!」
カルフィナの一矢で仕留める。弓の腕では、もはやカルフィナの方が上かも知れない。
「……別に、ウサギ一羽ぐらい、逃しても良くなかった?」
「馬鹿か!赤いマナ石片を必ず残す獲物だぞ!!」
そう。
全ての動物は、マナ石片を体内に持っているが、色が決まっているものは稀だし、レッドマナほど高いマナのマナ石片を確実に遺すのは、レッドバニーぐらいのものだ。よく、乱獲されて絶滅しないものだと、僕などは思っているのだが。
「……要するに、お金になるの?」
「ああ。
概算で、一羽ブルーマナ一個分の価値がある」
「そんなに!?」
マナ石片は、実は、内包する魔力量が決まっていない。大きさに大きな差は現れないので分かりづらいが、マナに変換する時に関わってくる。おおよそ10個で一個のマナが出来るのが目安だが、9個の時もあれば、11個の時もある。……余った魔力はマナ石片として残る。ただ……余ったマナ石片を使うと、11個必要になることが多いことが、悩ましい。だからこそ、マナ石片単体では価値が無いと見なされるのだが。
たまに、複数のマナ石片を体内に持つ場合もあるし、高齢のワイバーンを狩った時に、一度だけ、ブラックマナそのものを遺したことがあった。それが、ミリアのために使った、あのブラックマナだ。
恐らく、時間の経過と共に体内に蓄積した魔力が結晶化したものだろうと、僕は推測している。
解体は僕がやった。この世界では、女性も別に躊躇無く行うことだが、僕は女性に獲物を解体させることに抵抗がある。……生きていくため。女性もそのくらいは出来ないと、食うに困る。毒の無い植物を選んで食べて生きられるのは、鑑定のスキルを持っている者だ。何故か、鑑定しないと分かりづらい毒のある植物がやたらに多いので、基本、肉食の文化の世界なのだ。
だから。
実は、ポーションの材料になる薬草を確実に選んで売れる者は、食うに困ることはまずない。
……というか、パズ草とダラク草のように、条件次第で毒性の有無の違いがある植物が非常に多いことが、一番の問題なのだが。
あくまで推測だが、マナの質の違いがその条件なのだが、『魔界』という世界を構築されたことによって、毒性を持つ性質のマナの方が豊富である環境ばかりなのが、毒性の強い植物の存在を増やしている気がする。
だが、草食動物は、毒性のある植物を食べても平気で、体内で毒性を消す能力を持つ動物が、淘汰の結果残ったから、安全な肉を食べられるのだが。
毒を利用する動物はいるので、毒のある部位を知られている、例えば蛇などに多いのだが、その部位を避ければ、体内全体に毒性のある動物はほとんどいないので、地味に、蛇は手間がかかる分、少々高く扱われている食材であることもある。一応、美味い。歯ごたえがあるので、僕は好きだ。
毒性を消す魔法は、けっこう重宝されているが、使い手は多くない。そして、その毒を消すひと手間のかかる植物は、凄く安く買い叩かれるので、それも、食糧難に加速をかけている。本人は、適当に植物を取ってきて毒性を消せば、食べられる植物に困ることが無いから、高く買い取る理由があまり無いのだ。パズ草の毒を消しても、ダラク草にはならないが。
僕は、いざという時のために、毒性を消すマジックアイテムを作る準備はしているが、任せられる人をまだ見つけられていない。確実に売れると思うし、広まると便利になるとは思うが、そんなに高い値段を設定できないので、『儲ける』という観点では、売る必要が無い。
僕自身も必要なアイテムではないので、作る理由も無いし、金に困っている奴を救う手段として使えるなと、メソッドその他の準備はしてある。
更に言えば、魔王の権利を持っていれば、自分に『毒無効』の能力を与えることも難しくない。『魔法毒無効』となると、非常に難しいが、僕は、実質、魔法毒も効果を発揮しない能力を得ている。魔法毒そのものの無効は難しいが、その効果を発揮させなくする方法は、工夫で何とかなったし、イチイチ毒を気にして食事をしたくなかったからだ。
「……美味しい、ですね」
ウサギとキノコと野草の煮物を食べながら、ベルフィナは言った。
「……そうか?」
僕は、正直物足りない。日本の食事が、どれだけ美味しかったのかを、今さら凄く実感させられる。だからこそ、ベルゼブブの国に行くのは凄く楽しみだ。
「だって……こんなにしっかり塩味がして……」
ベルフィナは浮かんだ涙を拭った。
「……魔王の娘だから、恵まれた環境で生きていたと思っていたのに。
ただの食事だけで、こんなに違うだなんて……」
「……デザートも作ろうか?」
「……え?」
「別に、難しいものでなければ、作れなくはない」
そう言って、僕はちょっと出歩いて栗に近い木の実を取ってきた。
砂糖を水で溶き、それで木の実を煮詰める。
ただそれだけのものだが、砂糖の味をあまり知らない者なら、感動モノの美味に感じる可能性がある。
「……美味しいです」
ほぼ、号泣だった。
「恵まれているからと、努力を放棄した者より、恵まれていないけれど、努力している奴の方が勝つことなんて、珍しいことじゃない。
これから行く国は、もっと美味しいものが山ほどあるぞ!」
「……リューイ様は、国はお作りになられないのですか?」
「『様』は要らない。君を部下にした覚えは無い。
国か。……正直、メンドクサイな。
風のように、自由に駆け抜ける人生を歩みたい。
何せ、『自由』を司ると言われているからな」
ニカッと笑って見せる。ベルフィナも微笑んだ。
「だから、風を掴まえようなんて思うなよ。
そんなことは、出来るはずが無いと悟ってくれ」
「……はい。
でも、風を感じるのは、私の自由ですよね?」
「……まぁ、な」
既に、国境は近い。
僕という風が吹き抜けた後、ベルフェゴールの国がどう変わったのかは分からない。
だけど。
ただの一陣の風が吹き抜けただけで、住み良い国に変わっていてくれたらいい。