38.管理者
店を閉めて、寮に帰る途中のことだった。
嫌な予感がして、横に飛びのいた。
……上から、剣を振り下ろして飛び降りてきた奴がいた。
赤髪の鬼人族。角が一本生えている。
……剣には見覚えがある。今日、売れた剣だ。
でも、その剣を買った鬼人族ではない。
ステータスを確認しようとして……驚いた。
……ステータスが見えない。
管理者の一人だと判断した。それ以外に、そんなことが可能な奴がいるとは思えない。
「……何者だ?」
僕は尋ねる。
「……名前か?
冥土の土産でも欲しいのなら、くれてやる。
カメット。貴様を討つ者の名だ。あの世まで持っていけ」
メソッドを1つ発動する。それだけで、奥の手の中でも、トップレベルの凄い奴だ。全てのステータスを、限界突破の上限値よりもさらに上まで引き上げる。変数の上限値を正確に把握することが出来ないが、もし、限界突破の上限値までの能力ならば、これで対応できなければ、相当厳しいことになる。
カメットの姿が消えた。――いや、速すぎて、姿を捉えられなかった。ただ、危険を察知して回避行動は取った。剣が当たって、耐えられる保証は無い。
「ほぅ……。7人の魔王よりは上か。中々やる」
メソッドを、とりあえず13個展開。サタン相手に使った手だ。余程のことが無ければ、これでそう厳しい展開にはならないだろうと思って打った手だが……メソッド全てが弾かれた!?
「クッ……!」
予測だけで、相手の攻撃を避け……一撃、避け切れなかった。僕の防御結界が一撃で破かれ、腕を一本持って行かれた。
出し惜しみをしている場合じゃない!
亜空間から、取って置きの剣を取り出す。そして、そこに込められた術式を展開した。自力では、展開だけで手一杯で、仕方なく、別個に起動する極めつけの奥の手として用意してあった。
「……剣を見て、中々やりそうだとは思っていたが――ここまでとは」
「……動ける、だと……?」
――時間停止のメソッド。
彼は、それを無視した。
「『AEGIS結界』!!」
わざわざ、音声認証のプログラムまで組んで用意した奥の手を使ってしまった。メソッドに意識を向けなくても、発音だけで発動する。こんな奴に、出し惜しみをしていたら、死ぬ!
腕を再生させた。
剣に秘められたもう1つのメソッドで、思考加速されているため、避ける余裕はあったが、奴の剣をわざと腕一本で受ける。もし斬られても、腕だけで被害が済むように。
……『AEGIS結界』は、奴の剣を弾いた。
よし。死ぬことは無さそうだ。
「……この剣では、通用しないというわけか」
奴は、剣を捨てた。代わりの武器など、取り出してはいない。奴は、恐らく最高速で動いたのだろう、避けきれない速度で拳を突き出してきた。
顔面に喰らったが、ちゃんと、『AEGIS結界』はその攻撃を弾いている。
……と思っていた。
鼻血が一筋、垂れる。
「……馬鹿な!!」
「……防御結界無視して、その程度のダメージか。手強い」
奥の手のメソッドを、次々に展開。本来は、魔王相手に使おうと用意していた、強烈な呪いだ。まず弾かれることは無いと思って用意していたのに――9割が弾かれた!
「……あっという間に、1万時間を要求してくるか。手強い呪いだな」
たったの3つ。効いた呪いは、それだけだった。100近くを展開して。普通の相手ならば、それでも十分だ。……だが、コイツは分からない。
奴は、両手を挙げた。
「降参だ。この状態で戦うほど、俺も馬鹿じゃない」
……殺意が消えた。油断を誘われていたとしても、心の準備の時間ぐらいは欲しい。ここまでしなければ、通用しなかった原因ぐらいは悟りたい。
「……参ったな。数万と用意していたクリアマナが、全て吹っ飛んだ。
これで、俺の奥の手はほとんど使えない。
……そんなに警戒すんなよ。心配しなくても、今の俺に、お前の奥の手への対抗手段はほとんど無い。
時間停止も、良く見れば、ただメソッドが無効化されただけってのが分かってたはずだぜ?」
「……なるほど」
つまりは、だ。
……コイツは、クリアマナの本当の価値を知っている奴だってことだ。
恐らく、それがコイツの奥の手の1つ。或いは、そのほとんどだ。
「しかし、無効化できないメソッドまで用意されているとは驚きだ。……思考加速したんだろ?
或いは、自分の内部へのメソッドは、クリアマナでも無効化は難しいということか。
……能力値上昇のメソッドも、無効化できてないしな。
データとしては十分だ。
あとは、お前の聞きたいことに答えて、この呪いを解いてもらって、さっさとずらかるだけだ。
……無条件で解いてはくれまい?」
「……質問に答えるだけで解けというのか?」
「満足できる回答が得られたらで構わない。
俺も、流石にお前と敵対するのはマズイのは思い知った。
……ヤるなら、今出来る全力を出すが?」
僕も分かる。
……コイツと敵対するのはヤバい。
「……じゃあ、質問させてもらおう。
お前も、独自のメソッドを組んだのか?」
「……ん?
……ああ、俺、プログラミング言語の知識は、そんなに無かったから、専門用語は分かんねぇ。
だが、簡単な魔法なら作れる。簡単だからと言って、弱いとは限らないことは分かっているよな?」
「……プログラミング言語の知識は無かった……だと?」
「別に、驚くほどのことじゃあるまい。
概念処理という考え方は、本来、プログラミングを簡単にするために試みられたアプローチだ。
試行錯誤の末、少しぐらいは出来るようになっても不思議はあるまい」
……本当に知識が無かったのか、簡単に調べられる方法は、もう分かっている。
「『インスタンス』という単語を理解できているか?」
「……ん?……一気に凄い情報量が流れてきたな。複雑な概念だな。だが、分からなくは無い。
確かに、その概念を理解しないと、組み立てられない魔法が多い。特に、俺にしか使えない魔法を作るには、その概念を理解していないなりに使わなければならなくて、ほとんど作れていない。
正直、原理は分かんねぇ。ただ、概念の知識が今、叩き込まれた。
……無用心だぜ、お前。俺の奥の手が、更に強くできるようになったぞ?」
「……なん……だと?」
……今、トドメをさすべきか?いや……下手な敵対は命取りに――
「俺を仲間にしとけよ。多分、役に立てるぜ?」
「能力的にはな。
信用が出来ない」
「……敵対したことに対してか?
それは、お前が、この魔界に必要な魔王を始末しようとしたのが原因だろ。
同じ理由で、サタンにも警告を発しようとは思ったが、必要なくなったな。
アレをやったのは、お前だろう?他に、出来そうな奴を俺は知らない」
「……やはり、魔王は必要があって存在しているのか。
だが、お前も管理者だな?お前も魔王の資格があるんじゃないのか?」
「いや、無いぜ。
ついでに言えば、厳密に言えば、お前にも魔王の資格は無い。管理者の権限は与えられているが、本当に魔王の資格を持っている管理者は、あの7人のみだ。
ただ……。
あくまで俺の予想だが、誰かの魔王の権限が失われて、お前が魔王の資格を認められる可能性があるんじゃないかと思っている。
サタンは、奴は代行者と言ってもいい。元々、魔王権限の無い管理者が、力を持って、サタンの資格を失わせて、魔王となった。
だから、一人だけ、魔界の統一戦争に対して積極的でもある。
魔王は、存在していてもいいが、自分以外の6人は自分の部下にしたいようだ。或いは、管理者の部下を得て、魔王の権限を奪わせるか。
アイツは恐らく、魔王の権限の移行条件を知っている」
……何だ、コイツ!?予想以上に、重要な情報を握ってやがる!!
「……あと、宇宙は情報の次元から侵食されて、一気に情報化した。
空間的に、例えば最低でも光の速さで侵食が広がって、情報化に飲み込まれたわけじゃない。
宇宙はそんなに小さくない。宇宙全てを飲み込むには、空間的に干渉しても無駄だ。違う次元から干渉しなければならない。
どうだ?まだ、不十分か?」
「……お前は、何故、そんな情報を握っている?」
「……プログラミングには関わっていないが、そのプロジェクトそのものには関わっていたからだよ。
だから、言語の知識は無く、この魔界の情報は握っている。
――呪いを解いてもいいぐらいの情報は提供したと思うが?」
「――お前の要求はそれだけか?」
「いや。
魔王を、始末するのはやめてくれ。
魔王が、その権限を持ったまま死ぬと、この魔界に綻びが生じる可能性がある。
魔王の権限を奪ってから、ただのイチ管理者になってからなら構わない。
アイツラは、この魔界を支える『柱』だ」
……だとすると、サタンは相当ヤバイ。全ての呪いが解けた後、再び他の魔王に戦争を挑み、最悪、魔王を殺す可能性がある。呪いが解けないうちに、他の魔王から殺される可能性については、予測がしづらいが。
とりあえず、僕は彼の話に満足したので、呪いを解いた。彼は『サンクス』とだけ言う。
「……僕は、サタンから魔王の権限を奪うべきか?」
「やり方が分かるならな」
「……キミは、分からないのか?」
「残念ながら」
カメットは、剣を2・3度振ってから、それを僕に差し出してきた。
「やるよ。元はお前の商品だろう?」
「……持ち主は?」
「……ああ、殺してはいないから、そいつに返せばいいのか。
しかしお前、いい剣打つなぁ……。明日にでも買いに行きたいが……高いのか?」
「ブラックマナ1つ」
「……高いなぁ。
まぁ、金が出来たら買いに行くわ。
なら、俺は退散するかぁ。
……お前、死ぬなよ?
まだ、役に立てる奴だと、俺は思っているぞ」
「ああ。分かった」
風のように消え去るカメット。
……一時は、殺されるかと思ったが。
かなり貴重な情報を手に入れた。
……ルシファーに報せるのはどうかと思うが、ルシファーの情報を、もっと入手する必要がある。
明日からは、読書のお時間だ。




