29.御前試合
剣と鎧。それと、悪魔化。
その準備を整えて、一回り以上大きい体になって、ゲルブライトは戻ってきた。
ルシエルは、忙しくて来れなかった。
「リューイは、武器は要らぬのか?」
「必要になったら取り出す。
それとも、殺すつもりでやってもいいのか?」
「それは困るが……。
流石に、そのままでは戦えまい?」
「いいよ。何とかなる」
「そうか。
……では、向かい合って、礼!
……はじめ!」
いきなりゲルブライトは、フルスピードで迫って剣を振り下ろした。……速い。一撃目は避けるが、返す刀は腕で受けるしかなかった。……防御結界がなければ、腕は切り落とされていた。
最高速度を維持しているのだろう、ゲルブライトは次々に斬りつけてくる。避け切れない。……仕方がない。最初から全力で飛ばすなら、僕も、スピードぐらいは速くしないと、負けはしないが勝負にならない。魔法を1つ、無詠唱で発動させた。
「……!」
ルシファーが腰を浮かす。知らない魔法を使われたからだろう。……これで、手の内は1つバレた。
ゲルブライトの剣戟を、全て交わす。そして、一度背後に回り、突き飛ばした。体勢が崩れる。僕の動きを見失ったようだが、僕は、立て直した彼の、背後に立っている。
「そろそろ、僕にも攻撃させてよ」
確認もせず、剣を振り回して背後にいる僕に斬りつけてくるゲルブライト。それを、叩き折った。
正面に回って、腹部に拳を叩きつける。鎧が砕けて、彼の体はくの字に曲がった。
「少し、速く動くよ」
残像ぐらいは、見えているだろうか。彼の周囲を回りながら、次々に拳を当てる。
「馬鹿な!」
言ったのは、ルシファーだ。ゲルブライトに、言葉を発する余裕は無い。
100発ほど当てただろうか。どうやら彼の心が折れたようなので、正面に立って、降伏勧告をする。
「これ以上やるなら、痛い目を見てもらうけど?」
「ふ……ふざけるな!
情けをかけるなら、トドメをさせ!」
頭を左右から平手で叩く。揺さぶられた彼の脳は、意識を失った。
「……とまぁ、こんなところですが?」
ルシファーは玉座に体を沈め、背もたれに体重を預けて天を仰ぐ。
「……恐ろしい男だな、キミは。
私が、一番多くのものを得たよ。
……聞きたいことが何点かある。一対一で、話す時間を作りたい。頼めないかな?」
「一方的な情報提供なら、断るよ」
「私に答えられることなら、出来る限り答えよう。
……キミなら、魔王を無力化することぐらい、どうということはないだろうよ。
私には、そういうことは可能であるということは分かっていても、そのために必要な専門知識と技術が無い。
……キミは、歴代最強の魔王になるかも知れない」
「予想がついたんなら、聞く必要はないんじゃないかな?」
「予想通り、なのかな?」
「多分、ね」
ルシファーになら、分かるだろう。この、情報化によって宇宙を飲み込んで作られた魔界という世界で、プログラミングの知識や技術が、初歩的なことしか出来なくても、どれだけの力にすることが出来るのかとか。それと組み合わせることによって、管理者権限を利用して、能力値の上限として定められている値を超える限界突破という能力を得る方法が、どれだけ優位に立てる能力なのか、とか。
その2点に関しては、気付かれてしまったのだろうし、僕の奥の手は、その2点の応用に過ぎないが、同等の知識や技術がなければ、真似することも対抗することも出来ない。そして、基礎的な知識・技術を持っている僕でも、人に教えるほどは知らないし、その知識を持ってこれた人など、ほとんどいないに違いない。下手したら、僕の他に存在しない可能性だって、決して低くない。何しろ、魔王の権限を与えられている者以外は、前世の記憶を持ってきていないし、それらの情報を、転生の時に知らされることもない。
「彼を残して、全員、退室せよ。
誰か、ゲルブライトを病院へ。
私がいいと言うまで、誰もここには入るな、入れるな」
多少、ざわつくが、素直に従う部下たち。退出した彼らを、信用していないわけではないだろうが、ルシファーは入り口を魔法で施錠する。
「さて。これでじっくり話せるね」
「……僕から聞いていいか?」
「……どうぞ」
まずは、聞くべきことは、これだ。
「……宇宙が、情報化によって魔界と化した経緯は、分かるか?」
ルシファーが、玉座に座ったまま足を組む。
「まぁね。私は一応、第一魔王だからね。
……私の住んでいた星の、どこかのチームが組んでいた、概念処理型の仮想現実プログラムが原因だ。
そこに、現実と仮想現実の境を突破する可能性が考えられる因子を投入する計画があったことは知っている。それを実行した結果、考えられていた可能性の1つが、実現されてしまったというのが、この魔界の誕生の、実情ではないかな?
……7名の魔王については、初期に飲み込まれた星の住人から選ばれた。恐らく、無作為に。少なくとも、この魔界をプログラミングした人間は、記憶を持って管理者の権限を持って存在していたりする可能性は、私の予想では、ゼロだ。そんな人間が、目立たずにもう千年以上も隠れ住んでいる可能性は、無視して良いほどの確率だと、私は考える。
何しろ、魔王に選ばれた人間は、プログラミング言語を操る知識や技術を持たない者ばかりだからね。管理者権限すら、ステータスを自由自在に弄る以上の能力に関しては、奥の手を1つか2つ持っている程度がせいぜいだ。
私も、既存の魔法を全て知っているから、キミが、未知の魔法を使ったことは分かった。
……それに、ステータスを上限まで上げた者より速く動き、圧倒したからには、設定上の上限値を超える能力を得る魔法を、キミが使えるところまでは予想がつく。
だが。
……もし、キミから教わったとしても、プログラミングをこの魔界の法則の中に施して、ある程度、自由自在に――例えば新しい魔法を作ったりすることは、私には難しい。
そんなに簡単なことではないのだろう?」
割とあっさり、僕が知りたかったことの肝心な部分を話してくれた。
「でも、僕が、今、貴方が言ったことを知りたいことぐらいは、予想が出来ていた、と?」
「やはり、そうだろうね。
それによって、新たな奥の手が発生しても、私は驚かない。
私の予想した、キミの奥の手についても、そう、かけ離れた予想はしていないだろう?」
僕は頷く。『新たな魔法のプログラミング』と、『ステータスの設定上の上限値の限界突破』の2つに関しては、知られただけでは真似は難しい。前者に至っては、僕には教えられない。そこまで、僕が詳しいわけではないからだ。後者は、詳しく説明すれば、彼の理解力次第では、可能ではないかと考える。既に、彼の奥の手という可能性もあるので、言及はしない。他人に与えるのならばともかく、魔王自身の能力を『限界突破状態の上限値』にするだけなら、そんなに難しくはないからだ。それに……僕は今、それ以上の能力を見せた。
それらの応用による奥の手が、無い訳ではないが、それに関しては、まだ予想もされていないようなので、明かす必要もあるまい。
「それで、だ。
キミの知る限り、キミのいた星の住人の、人数をおおよそでいいから教えて欲しい」
「……あまり正確には知らないけれど、50億とか、70億とか、そういう単位だったと思う」
「そんなに……。
……まだ、魔王が増える可能性は、十分にありそうだね」
……なるほど。
僕は、そんな予想をしたことはなかったけれど、確かに、僕以外に、新たな魔王が誕生しようとしている可能性を、無視するわけにはいかないのか。恐らく、ルシファーが一番知りたかった情報は、それではなかろうか?
「それで。
他に魔王が誕生した場合、キミのいた星では、ほとんどの住人がプログラミングを出来てしまったり、そんな魔王が誕生する可能性が高かったりはしないかい?」
「……無視できるほど可能性が低いわけではないけれど、ある程度、限られた人間しか、プログラミングを学ぶ機会のある者は、多くはないよ。
多分、この魔界の法則を組み替えて、崩壊させてしまう可能性のある魔王の誕生を危惧しているんだろう?」
ルシファーが頷く。
「……私たちは、もう、この魔界で生きるしかないからね。
少なくとも千年単位の時間が経過しなければ、世界を次の段階へ到達させる可能性が生じるとは思えない。
キミなら、この魔界を破滅させるぐらいのプログラミングは出来るのかな?」
「……無理だと思う。
でも、もし、プログラミングを仕事にしている人間が、魔王として転生したら、そういうことをしてしまうような人間性の人物である可能性は、無視できるほど低くはないと思う。
少なくとも、頭の悪い、人生捨てて秩序を無視する犯罪を犯す人間が、無視できない数だけ存在しているような社会だった。
近い将来、社会が破綻すると思ってはいたけれど、こんな形でとは思わなかった」
「……ありがとう。ならば、魔王を討つ手段を、十分に考えておかなければならないということだね。
それで、キミは何か、聞きたいことはないかな?」
一番知りたかったことは、ルシファーが既に話してくれているのだが。
強いて言うのならば。
「……魔王同士の関係というのは、どういう状況になっている?」
「干渉はしないけれど、この魔界の管理に、協力しあっている関係だね。
お互い、やるべき役目を果たしていこうとしている。
名目上は勢力争いの戦時中だけれども――分かっているだろう、必要があって、必要最低限の戦争を行っていることぐらい。
協力関係を結ぶ方向性に、魔王以外の人材の意思が向かい始めてから、そこから停戦に動いて、平和な世の中が出来始める。
……民主主義の法治国家になれば、魔王は、真に管理者としてだけの役目に専念できるようになる。
今は、世論が戦争を求めてしまっても、仕方がない」
「……あなたの世界でも、それが結論か」
「民主主義の法治国家、かい?そうだね。それ以上は、中々難しいよ。星の寿命も近付きつつある段階に到達していたし……。
それ以上のアイディアを持つ人材が、魔王権限を持って転生したら、かなり助かるね」
「……この世界を動かしているプログラムは、どこに書き込まれて動いているんだろう?」
「情報の次元だよ。そこに、直接書き込む技術と言語が開発された。
人間の魂が存在している次元さ。魂を解析することで、言語も解析された。
それが無ければ、現実とプログラムの垣根は取り払えないさ」
「なるほど……」
もはや、開発というよりも発見と呼べるレベルだろう。正に、『神が書いた言語』に等しい。
「ところで、ルシエルはどうかね?」
「ああ……意外と役に立っているよ」
「ハハ……意外と、か。手厳しいねぇ。
あの娘は、自分の『本気』を引き出せる奴だ。中々、使えるのではないのではと思って送り出したのだがね」
「……少しばかり、鬱陶しい」
「そう言ってくれるな。
あの娘はあの子なりに頑張っているのだよ」
……確かに。
ルシエルは、ビックリするほど頑張る。
剣で僕に負けてから、隠れて素振りしているのを知っている。僕をイメージして、型を練習している。ロークにも、近いうちに勝てるだろう。速さは、ルシエルの方が上だ。ただ、訓練をしていなかったから、動きに無駄が多すぎる。
誰だって、『今までの自分より頑張っていなかった自分』には勝てるけれど、『今までの自分より頑張っていた自分』には勝てない。そして、前者と同じぐらいの能力の者には勝てるようになり、後者と同じぐらいの能力の者には勝てない。まして、頑張りを放棄した者が、無駄と分かっていても頑張っていた者に負けて、不満を述べる権利など無い。
『本気を出していなかった』など、言い訳にしても、あまりにも酷い。まるで、本気を自由自在に出せるような言い方だ。意識的に本気を出すことなど、そう簡単に出来ることではない。そんなことが出来たら、多少の才能や努力の差など、楽に覆せられてしまう。本気を出せる者は、『本気を出す訓練をした者』だけだ。
自分に可能なこと全てを成し遂げられる者などいない。他の人より、たった1%、成し遂げることが多い人は、多少の才能や努力の差を覆す結果を残せる。それこそが、『本気』の効果だ。
たった1%の本気が、99%の努力を成し遂げさせる。それを、世間では『天才』と呼ぶのかも知れない。
「さて。話もこのくらいにしておこうか。
キミの作るマジックアイテムは、とても興味深い。恐らく、他の誰にも作れないものを作ることも、キミには造作も無いことだろう。
キミも、国家予算規模の金が必要になる時期が来るだろう。その時は、持ってくるといい。キミだけが作れるマジックアイテムを。私は、それ相応の金を支払って買い取るだろう」
「……正直、めんどくさくなってきているのだがな。
人材が揃えられない。
腹心の数人ぐらいはいないと、何もかも僕がやらなければならなくなる。
……まぁ、時間は少しぐらいなら余裕がある。ゆっくり待つとするが――政治など、僕はやりたくはないね」
政治など、やりたい奴がやらなければ、腐って当然だ。僕とて、腐らない自信は無い。
国を豊かにする内政には、興味が無いわけではないが、ルシファーとの外交など、僕がやらなければどうしようもないような外交とか、本気で面倒くさい。
特に、戦時中の今、国を興すことに、何の意味があるのか!?とか思う。
僕は、争いごとが嫌いなのだ。
奴隷解放政策とか、面白そうだが、僕がやらなくても良いのではと思うし、そのためだけに政治をやるなど、お断りだ。
人数の少ないクラスに入ったのが、悪かったかも知れない。全部で200名近くで、教室を3つに分けたクラスもある。そういうところに入っていれば、人材にも縁があったかも知れない。
ルシファーには言えないが、ルシエルが一番使える人材である今は、終わっているのではないかと、僕は思う。
1章完成まで執筆は終わってます!
予約掲載しますので、お楽しみに~♪




