2.学校
魔界の学校に、入学式は無い。随時、生徒を募集している。
但し、入学試験がある。
「受験料は、グリーンマナ1つだ」
僕はもちろん、ミリアも渡してあったお金から支払った。
「学生証だ。身につけろ。色が変わるはずだ。色によって、ランクが分けられる。ランクによっては、入学金の額も違ってくる」
まずは、ミリアが身につけた。透明だった学生証の色が変わる。……黄色だ。
「イエロー!!
……特待生Aランクとして扱う。入学金を免除するが、入学するか?」
「……?はい」
試験官は、中々、驚いているようだ。まぁ、入学金免除はありがたい。
次は僕の番だ。
透明だった学生証は、僕が身につけても透明のままだった。
「……逆に珍しいな。
Eランクだ。入学金が、レッドマナ1つになるが、入学するか?」
「はい」
レッドマナを支払う。学生が二人呼ばれ、それぞれ、クラスに案内される。学生証は常に身につけているように言われたが、二人の学生も、黄色と透明の学生証を身につけている。黄色がミリアを、透明が僕を連れて教室まで案内すると説明してくれた。ミリアは不安そうだったけれど、大丈夫だろう。
「君も、貴族の子供か何かかい?」
案内してくれる先輩が言う。学生証には、『セリンヌ』と書いてある。名前だろうか。
「何故?」
「でなければ、あんな大金、払えないだろう?」
服装はボロだが……そこは無視!?狩猟の途中か何かの格好ぐらいにしか見えないはずだが。
「まぁ……蓄えがあったので」
「ふぅん……」
セリンヌは、恐らく森人族だ。男だろうか。顔立ちが整っていて、女性と言われても驚かないが、髪は短く刈っている。腰には、剣を差している。僕より、少し年上だろう。……そういえば、名前は女性っぽいな。近いうちに、聞いておこう。
「君の得物は、弓かい?……変わった弓だね」
「……得物?」
「だって……クリアーということは、魔法が一切使えないのだろう?」
「……は?」
僕は、セリンヌを質問攻めにして、この学校のランク分けが、魔法の潜在的才能で行われることと、セリンヌが女性であることの確認とが取れた。ついでに、「ワケあり」の貴族だろう?と言われた。軍属だとしても、あまりに服装がボロだからだ。
「じゃあ、僕は魔法が一切使えないことにしておいた方がいいんだね?」
「……まるで、使えるような口ぶりだね」
「別に、習ったことがないから、多分、使えるのだと思っていたんだけどね。
これが壊れているのでもなければ、残念ながら、僕は魔法が使えないという可能性が高いと思っておくよ」
実際には、マジックアイテムを作れるのだし、使えないことはないと思う。
ただ、そうなると、問題が一つある。
「じゃあ、僕らのクラスに、魔法の授業は無いの?」
「無いよ。魔法抜きで、戦うための訓練や、基礎的な勉強ばかりだよ。
むしろ、ほとんど放置に近い状況だ。自習が多くて、希望しなければロクに授業が行われることがない」
「なんだ、つまらん」
しばらくは、猫を被って大人しくしているつもりではあったが。
ここが、つまらない場所であったのなら、それなりの年齢になるまで、身を隠すだけの場所として、割り切ろう。他の悪魔との関わりが必要ないのであれば、猫を被る必要もなくなるだろう。
教室に着くと、二人の学生が待っていた。
「三年ぶりの新入生だね」
スティンクが言った。教室に着いてすぐ、学生証に名前を先生が魔法で刻んだので、学生証に書いてあるのが名前なのは間違いない。もう一人はカルフィナ。……みんな、女だ。
「……ハーレム……」
人によっては、羨ましいだろうが、馬鹿話を出来る同級生がいないということを意味する以上、これは軽い拷問だ。先生を確認するが、ダリアという名の女性だ。
「……ため息をついて言うことかな」
「いや……いいんです。
……寮は?男女別ですよね?」
「そうだけど……個室だよ?」
「ふぉぉぉぉぉぉぉ……」
「貴族の綺麗な女の子三人を前に、その反応はないと思うなぁ」
「とにかく!
とりあえず歓迎会をしよう。
……食堂の、クリア定食だけどな。
ダリア先生、行っていいだろー?」
ダリア先生は、座って教壇に突っ伏しながら、手をひらひら~と振るだけだった。どうやら、やる気がないようだ。
「よし、許可も下りた!
荷物置いてこいよ。早いけど、昼飯だ!
セリンヌ、寮の部屋、案内してやれよ」
「了解~」
寮に行く途中の校庭で、木剣で訓練している生徒たちがいた。そのうち一人が、模擬戦の相手を打ちのめしてから、僕ら――正確にはセリンヌに近付いてきた。
「セリンヌ、相手してくれよ。魔法抜き、一本勝負」
「今、新入生を寮に案内するところなの。ヒマじゃないから、また今度」
ローク。ゴッツイ体をした、恐らく地人族。セリンヌより年上だろう。学生証がピンクというのが、似合ってない。
「10分やそこら、いいだろう。
時間も計る。10分で決着がつかなかったら、終わりでいい」
「ダーメ」
「面白そうじゃないですか。
何なら、僕が受けてもいいですか?」
セリンヌがぎょっとした顔をして僕を見て、ロークは大笑いを始めた。
「コイツはいい。
セリンヌ、俺がコイツに勝ったらでいい。
10分勝負。決着がつかなくても諦める。
……って条件でどうだ?」
「いいですよ。木剣、貸してください」
「ちょっと!私はいいとは言ってない!」
「いいじゃないですか。少し、遊ばせてください」
セリンヌは、ロークに背を向けて、僕に耳打ちした。
「アイツ、あれでもこの学校で二番目に剣が立つの。あなたの体格じゃ、勝てないから」
「別に、勝てなくてもいいじゃないですか。
10分、耐えればいいんでしょう?」
ロークはニヤニヤしながら、こんなことを言ってきた。
「俺に勝てたら、昼飯、交換してやるぜ?」
「あ、4人前、お願いできますか?」
「いいだろう。
……お前とお前とお前、昼飯の権利、俺に寄越せ」
指を差された三人が、ニヤニヤしならが僕らの様子を眺めてきた。一人が、木剣を持って僕に近付いてくる。
「使えよ」
「ありがとうございます」
僕は、弓と矢筒とショートソードをセリンヌに預けた。
「もう!
ローク!手加減してあげてよね!コイツ、新入生なんだから!」
「分かってるよ」
木剣を中段に構えた僕と、肩に担いだロークとで向かい合った。
「誰か、開始の合図と、一分ごとにカウントしてくれ」
「良ければ、始めるぞ。
……はじめ!!」
ロークは、動かなかった。僕も、様子を見る。
「……その構えでいいんですか?」
「構わねぇから、打ち込んで来いよ」
「……では、遠慮なく」
一分のカウントを待った。
「一分」
その声が発せられる間だった。
僕はロークの脇を通り抜けながら、胴をひと薙ぎして、ロークの方を向き直って木剣を構えた。
「もう一度聞きます。
……その構えでいいんですか?」
ロークが驚いたような顔をして、腹を撫でて僕の方を向いた。
「……今、打ち込んだのか?」
「ええ。見えていたでしょう?」
ロークが真剣な顔をして、両手で木剣を持って、横に寝かせるように構えた。我流だろうか。
「……僕から行っても?」
「……いや。行くぜ!」
ロークは走り、間合いを詰めて、下から僕の木剣を掬い上げる。
しかし、遅い。
僕は、すれ違いざまに彼の横腹を薙いでから、向かい合って、再び双方、構えた。
「二分」
「本気で行くぜ!」
上段に振り上げ、一瞬で間合いを詰めてくる。
セリンヌが、焦った声で何かを言おうとする。
「ちょっ……!まほ――」
振り下ろした彼の木剣を、迎え撃った僕の木剣が砕いた。
僕は、ゆっくりと彼の喉元に木剣を突きつける。
「僕の勝ちでいいですか?」
「……ああ」
木剣を手渡して、セリンヌの方へと戻る。
「本気のアイツを、三分足らずで沈めるなんて、アンタ、大したものね」
「まぁ、子供同士ですから。
それより、セリンヌさんは、彼より強いんですか?」
「一応、私に剣だけで勝ったら付き合ってあげると公言していて、誰とも付き合ったことはないわ」
「あー……セリンヌさんに挑まなくて良かった……」
「……」
そこから無言で寮に向かい、管理人さんに空いている部屋まで連れてってもらって、荷物を置いて食堂に向かった。
ピンク定食は、塩だけで味付けして焼いた肉と、具沢山のスープだった。
ちなみに、ロークたちはその具沢山のスープだけを食べていた。
食事まで差別化されるなら、何か考えなければなるまい。
後日、僕が陰で『三分殺のリューイ』と呼ばれていることを知った。
正直、『あの程度で?』と思うので、期待外れの気配が濃厚なここで、猫を被る意味を急速に見失ってゆくことになった。