25.シロップ戦争
重要な相談がある――
ルシエルの話だから、最初はその話を無視した。
だが、僕が任せた仕事の話ということで、仕方なく、聞きに行くことにした。
案内されたのは、調理師ギルド。
そこの、一番偉い人から、相談があるとのことなのだが……。
「シロップを、継続的かつ大量に仕入れたい」
「断る!」
話は30秒とかからず終わった。
「待て!せめて話を聞け!」
「勝手に生産しろよ!!」
「それが、そんなに簡単なことなら、とっくにやっている!」
「簡単じゃないから、人にやらせるのかよ!?」
「貴様らは大量に作っているじゃないか!」
言い方に、カチンと来た。
「まさか、命令のつもりじゃないだろうな?」
「ほぼ、それに近い」
あまり、借りを作りたくはないが、ここは、権力の名を借りよう。
「領主に話を通した上で、話を持って来い。
でなければ、聞く気も無い!」
「貴様!我々を敵に回して、タダで済むと思っているのか!!」
「はぁ!?
……そうか。
なら、争おうじゃないか。
……で?
僕は、勝手に料理の店を出す。
結果、どうなっても知らん!」
「食材が、そうそう手に入ると思うなよ!?」
ギルドの建物を出たところで、ルシエルが肩を叩いてくる。
「ね?お話にならないでしょ?」
「……面倒だから、僕に話を振ったわけか」
「……私が責任者になって、全部、仕切っても良かったの?」
「……そうか。一応、責任者は僕か。
その程度なら、構わなかったんだが……。
……いや。最近、刺激が足りなかった。丁度良い。少々、楽しませてもらう!!」
「人手が必要なら、手伝わせていただくわ」
「頼む!
ミィシャとミリィも連れてきてくれ!場所は店でいい!
売り物は、出来るだけ全部持ってくるように言ってくれ!」
「ラジャー!」
売り物全部は、かなりの量になると思われるが、シロップ作成の際に、必要と思い魔法の鞄を預けておいたので、大丈夫のはずだ。
必要になるものが色々あるので、判断に迷わないように『全部』と言った。干し肉とかシロップは、特に重要だ。あるだけ持ってきて欲しい。
さて。
とりあえず、待つ間に、僕にもやることはある。
まず、僕は店に戻って、商品を全て片付けた。
……店内を改装する必要がある。それも、大幅に。
そう思い、大家の下へ向かった。
「あの店、土地ごと買い取りたい!」
「……はぁ!?」
「ブラックマナで幾つだ!?言え!」
「ぶ、ブラックマナぁ!?
あ、あんなとこ、ホワイトマナ3つか4つで構わないよ」
「……ホワイトマナ5つだ、受け取れ!
ただ今をもって、あの物件の所有者は僕となることを認めてもらおう!」
下手に許可を取るより早い。
今回は、スピード勝負だ。
幸い、あの店舗は、広さを基準に選んだので、敷地は飲食店を営むにも十分だ。倉庫のスペースが広いだけで、改築するなら、何の問題も無い。
……メニューが重要だ。
僕は、ピザという選択肢を選んだ。
チーズは、村では酪農が盛んだったので、秘かに大量に作成し、保管してある。
そして、ピザには炭酸飲料が合う。
塩味と、甘味。それを、同時に提供できて、この魔界では、珍しい食べ物。それを提供できることが、選択の基準だった。
……問題は、小麦粉の調達。
僕は、小麦を生産する農家まで飛び、直に仕入れた。「在庫全てを売ってくれ」と言って、相場の倍額で。
バジルは無いが、香草の類で合いそうなものは、ストックがあった。僕が、割と好きなので、コレクションしていたからだ。
コンセプトは、シンプルに。
生地に、チーズ、刻んだ干し肉、香草。
……十分だろう。
炭酸飲料用の果実は、元々、温暖な地方から仕入れていたから、行ったことがある分、小麦より容易に仕入れられた。
……酵母?パンぐらい作れるように、ある程度はストックがある。
ただ、問題は無いわけではない。
値段設定が難しい。
今回は、利益を出す。絶対に。
……ピザ一枚、イエローマナ2つ。炭酸飲料一杯、パープルマナ2つ。
悪くないラインだろう。
そこまで決めると、次々にメソッドを組み立てていった。
一時間ほどの後、まずは改築を済ませた。
そして、テーブルと椅子の配置を考える。
……よし。必要数は見当がついた。
材木を仕入れに、別荘へ飛ぶ。
テーブルと椅子に仕上げてから、亜空間に収納し、店に戻る。
「連れてきたよ~」
丁度良く、ルシエルたちもやってきた。
「ミリアとシルヴィーン、それに、あの3人にも声をかけられるか?
少し儲けさせてやると伝えてくれ。……ああ、シルヴィーンには、僕が困っていると言った方が良いかも知れない」
「……切羽詰まってるの?
あなたが、積極的に私にこんなに頼ってくれるの、初めてじゃない?」
「嫌か?」
「いえ。嬉しいわ」
3人に関しては、若干の問題がある。ルシエル、ミィシャ、シルヴィーンだ。
……体格が、大きいのだ。3人とも、この魔界での成人年齢に相当する体格なのだ。年齢的には、シルヴィーンはギリギリ成人に達していないかも知れないが、竜人だから、体格に恵まれているのだ。なので、前に使った制服を使いまわせない。洗濯して保管しておいたが、その3人分は、新規に必要だ。同じような制服か……もしくは、デザインだけ使いまわして、メソッドを組んでサイズの違うものを作れるようにしておけば……うん、将来的にも、使う機会がありそうだ。
「ルシエル、ちょっと待て!」
「……何かしら?」
「仕入れてきて欲しいものがある。
布だ。服の素材になりそうなものだったら、何でもいい。高価である必要はないし、あまりに安すぎるのも問題だが、それなりのものを、多くても構わない。服を十着は作れる程度に頼む。
……金は、グリーンマナを5つ渡しておく。あと、魔法の鞄だ、受け取れ!」
「任せて!」
嬉々として、ルシエルは任務を受けてくれた。魔法の鞄は、そのままあげようと思っている。任せている仕事にも、あると便利だろう。……意外なことに、今、一番役に立っている人材だ。打算があるだけに、『裏切り』という可能性に関しても、ある程度、信用しても問題ない。
……そうか。『打算』って聞くと、悪いことに思えるけど、分かり易いってのは、便利だなぁ。
などと思ってみたり。
さて。ミィシャとミリィに指示を出さなければならない。
「2人とも、こっちに来てくれ。
シロップと干し肉を、あるだけこっちに置いてくれ!」
調理場に案内し、全部放出を覚悟で出させるが、予想以上に、頑張って在庫を用意していた。十分どころか、干し肉に至っては、質の良いものを選ぶ余裕もある。
「……十分だ。ありがたい!
ミィシャは、作り方を覚えてくれ。まず、僕が作って見本を見せる。魔法でコツを伝授するから、すぐに覚えられると思う。
ミリィは、外で試食をしてくれ。普通に食べてくれて構わない。今、テーブルと椅子を用意する」
ミリィを外で一人で待たせることに関しては、今も衛兵がいるし、大丈夫だろう。ミィシャもそこまで過保護ではあるまい。
調理をする際に着用するため、以前の制服を材料に、新しく白い制服を作った。売り子にも同様のものを着させ、清潔感をアピールするつもりだ。
ピザは手作りだが、炭酸飲料に関しては、闘技大会の際に使用した全自動マシンを使う。
制服を手渡し、2階で着替えてもらう。僕も別室で着替える。
別に、ピザ作りのバイトの経験が前世であるわけではないが、生地をこね、丸めて棒で伸ばし、具材を乗せて、窯で焼くだけ。具材は香草以外は全て細かく刻んであとは乗せるだけにしてあるし、火力も、精霊を召喚して調整させているから、焼き時間を間違えなければ、問題ないはずだ。
紙の皿に乗せ、ミリィの元へ運ぶ。炭酸飲料は、後で紙コップに入れて持っていく。
「どうぞ」
「わぁー、美味しそう!」
チーズや干し肉が軽く焦げる、香ばしい匂い。衛兵が、まず釣られた。
「食べますか?」
「……よろしいので?」
「最初の一枚目はサービスしますよ」
2人の衛兵が顔を見合わせ、そして、頷く。僕はテーブルと椅子2つを用意し、待たせた。丁度、ミィシャの一枚目が作成中だ。焼きあがったら、運ばせる。シルヴィーン辺りが来たら試食させるつもりだったので、問題ない。……という間に、シルヴィーンはやってきた。
「師匠の緊急事態と聞いて参りましたが、何やら面白そうなことをされていますね」
「ああ、人手が欲しい。手伝ってくれ。
まずは、試食してくれ。すぐ持ってくるから、座って待っててくれ」
物珍しそうに、眺める人も現れた。客がやってくるのは、時間の問題だろう。
そして――
1時間後には、店の外に、わずかながら、待ちの行列が出来始めた。
そこから、日の落ちるまで、フル回転で売りさばいた。
下らない嫌がらせも、少ないながら発生したが、『命令』の魔法で「出て行け」で対応した。
ミィシャは、翌日からミリィと共にシロップ作りに専念させて、余裕はあるが、干し肉も可能なら作るように指示した。
バイト代は、一日グリーンマナ2個。8人の協力を得られたので、一週間、問題なくその店は回せた。窯も3つ用意したので、そこそこ回転も良かった。
そして、一週間で、僕の期待する結果は得られることになった。




