1.旅立ち
幼馴染の少女の発言に、僕は耳を疑った。
「え?」
彼女は同じ発言を繰り返した。
「私、明日売られるの」
明日は、彼女の7歳の誕生日だ。
僕が「お祝いするね」と言ったら、彼女は泣き出したのだ。
この魔界には、残念ながら奴隷制度がある。
彼女は、僕と同じく、魔人型の悪魔だ。それも、そこそこ可愛い。
しかし、家は貧乏だ。僕が子供を率いて狩りを行っていなければ、彼女は飢えてこの歳まで生きられなかったかも知れない。
「……幾らで?」
「分からない。でも、生娘だから、それなりの値段にはなると言っていた」
彼女を助けたい。
方法を幾つか考えた。
「……村を出よう」
「……お金が手に入らないと、お父さんもお母さんも生きていけない」
「お金の問題なんだね?」
僕は確認した。
「お金の問題なんだね?」
僕は繰り返した。
「……うん」
「だったら、僕が何とかする」
「……え?」
「行こう!」
僕は彼女の手を引き、彼女の家へ向かった。
「待って、リューイ!」
ミリアは戸惑っていた。
そりゃそうだ。
僕の家だって、彼女の家に負けず劣らず貧乏だ。
だから、思っていたのだろう。
……お金の問題は、僕ではどうにもならないと。
ゴンゴンッ!
乱暴にノックする。僕は怒っているのだ。
「どなた?」
ミリアの母親、リージェさんが出てきた。
「ミリアを売るなら、僕に売って下さい!」
僕は右手で、碁石大のブラックマナを差し出した。
「……え?」
まずは、僕の発言に驚いたのだろう。
そして次に、僕の手に乗った大金に驚いた。
「……あなた、どうやってこのお金を?」
「そんなこと、どうだっていいじゃないですか。
売るんですか?売らないんですか?」
「……あなた、ミリアを買って、どうするの?」
「どうしたっていいじゃないですか。金にさえなれば、どうだっていいでしょう?」
リージェさんは、周囲を見回した。
「……村から逃げなさい。
でなければ、連れ戻されて、売られてしまう」
「そのつもりです」
問題ない。
計画が、少し早まっただけだ。
「行くよ、ミリア」
「うん。……さようなら、お母さん」
まずは、大きな町に向かう。
子供二人だけの力で生きる方法。
それとして、僕は、『学校』を選んだ。
魔界の学校は、お金さえ払えば通える。
寮だってある。
七大魔王の軍勢として、戦えるように育てられるだけだが、魔法だって学べる。
何より、子供でも『学校』の庇護下に入れるのは、今の僕たちの状況にとってとても魅力的だ。
僕らはまず、狩りの道具をしまってある小屋に向かった。
滑車式の弓を二つ、魔法の矢筒を二つ。ナイフを2本、ショートソードを1本。
それだけで十分だ。
僕は、親にも挨拶せずに旅立った。
「……私、リューイの奴隷なんだね」
「違う!」
何故か楽しそうに言ったミリアの言葉を否定した。
「僕は、狩りのついでに、少しだけお金を稼いでいた。
少し多いけれど、アレはミリアの取り分だ。
手に入れた時のままで渡しても、大した金額にはならないから、僕が溜め込んで加工しておいた。
……すまない。もっと早くに渡していれば、ミリアが売られるなんて話にはなっていなかったかも知れない」
「……そうなんだ」
「町まで、歩いて一週間かかる。それまで、狩りをして行くよ。
とりあえず、森に入ったら、今晩の晩ご飯を狩ろう」
「うん!」
晩ご飯には、レッドバニーを三羽狩った。それを解体する時、ミリアに見せた。
「これが、マナの元だ」
大きさは、霰の粒ぐらいのサイズだ。色は赤い。このままでは、ほとんど価値はない。
「これを、30個ほど集めて加工すると、マナになる。同じ色のを30個だ。
これだと、レッドマナになる。レッドマナになると、かなり価値は高い」
レッドマナは、僕らの持っている、滑車式の弓や魔法の矢筒ぐらいの価値になる。ちなみに、滑車式の弓は僕の自作で、一般に出回ってはいないはずだ。
ついでに言うと、ブラックマナは、リージェさんがあまり知らなかったからあの程度の驚きだったが、奴隷なら、最高級の奴が買える。かなり豪華な家でも買えてしまうと言えば、分かりやすいだろうか。真っ当な使い方をすれば、あの村で、一生、食うに困ることは無い。知っていたら、卒倒するような価値のあるものなのだ。多分、「凄く高い」ぐらいにしか思わなかったのだろうが、恐らく、想像しているより桁が二つぐらい違う。
だから僕は、隠し持っていたのだ。下手したら、村の経済を破壊しかねない。
「念のため、少し渡しておくよ」
僕は、皮袋に入れて、グリーンマナ5つと、イエローマナ10個を渡した。イエローマナは、ちょっとした食事を一回出来るぐらいの価値がある。グリーンマナは、そこそこ良い宿に、一泊できる。
「……いいの?」
「時期が来たら、他の奴らに配ろうと思っていた分だ。
残念ながら、今は一刻も早く町まで逃げたい。次に会うことがあったら、それまでに貯めておいた分から払うことにしよう」
多分、アイツらは、一生、あの村から出ることはない。
せめて、飢えることがないことを祈るのみだ。
週一掲載を目標にしています。
10話ぐらいまでは執筆済みです。