18.弟子
久し振りに、学校の学食で食事を取ることになった。
商売できなくなったので、学校に顔を出したのだ。
学食のランクアップ権を獲得してから、ほとんど行使していない。
だが、ほぼフルコースというその食事に、僕は慣れなくて、あまり食べる気にもなれなかった。
たまになら良いが、これを毎日と言われたら、うんざりする。
やはり、B級グルメこそ最強だ!
これは、こちらの世界にないB級グルメを広めなければ!
そんなことを考えながら、食事を取っている時だった。
僕の傍に、一人の学生が近付いてきた。
「リューイ殿、ですね?」
名札は赤い。
……シルヴィーンだった。
「……えーと……シルヴィーンさん、ですよね?
何か僕に御用ですか?」
「私を鍛えていただきたい!」
彼は、その場に跪いた。
「ちょ……ちょ、待っ!!
……イチから、話を説明してくれないかな?」
彼が言うには、彼はあと1年で卒業、なのに、一度もホワイトドラゴンに勝てず、その上、クリアランクの僕が、ホワイトドラゴンを召喚した(正確には幻術だが)本人であるサフィルス先生に勝ってしまった。そこで、悩んだ末に、プライドを捨てて、僕に教えを請いに来たらしい。
流石にエリート候補生のSランク特待生である彼の授業は忙しく、昼休みを狙って、ようやく今日、僕を捕まえたということらしいのだが……
「えーと……あのホワイトドラゴンを一撃で屠れる武器を売るのと、あのホワイトドラゴンに匹敵するステータスを与えるのと、どっちが良い?」
「……それは、どういう主旨での選択肢ですか、師匠」
僕が簡単に済ませられるという主旨での選択肢でございます。
――と言うわけにもいくまい。
「……メンドクサイけど、シルヴィーンさんは、どういう理由で、あのホワイトドラゴンを倒せなかったんだと思う?」
「『さん』付けは不要でございます」
そう言い放ってから、彼は悩み始めた。
「……修行が、足りないとしか」
「不合格」
僕は彼に『待て』をかけて、手早く食事を終わらせた。
「えーと……恐らく、あの大会の趣旨は、ワンランク上の色のドラゴンに挑んでも、何とか勝てるという基準で、用意されているものだと思う」
「……私が6人必要ということでしょうか?」
「それが可能なら、手早いだろうね。
でも、頑張れば、一人でも勝てるとは思うんだ。
……だとすると、問題は?」
彼は、3分では答えを出せなかった。カップラーメンなら、出来上がってしまう。
「君の魔力はレッドランクだけど、実力は、ホワイトランクに敵わない、ということだよね?」
「……つまり、魔力以外はダメだと」
「剣だけでセリンヌに勝てるなら、いい勝負が出来るんじゃないかなぁ……」
「……師匠の剣の腕は、セリンヌ殿より上ではないかと――」
僕は人差し指をシルヴィーンに突きつける。
「剣は、選択肢の一つでしかないよね?」
なら、セリンヌはブラウンに勝てるはずだが、実際には、魔力がゼロでは敵わない、という前提条件が課せられているのと、シルヴィーンでは条件が違うはずだ。
「例えば、君があのホワイトドラゴンに勝てる武器を打てるなら、君の実力だけで勝てるということに等しいよね?」
「――それなら、授業で私の魔法の技術は……」
「魔法の実力では、魔力の数値以上の実力を発揮するのは、けっこう難しいよね?」
だから、『剣の腕』ならば、なのだ。彼の場合。
「竜化を使えば?」
「……まだ、教わっていません。
その習得が、卒業の資格の一つなのですが。
悪魔化なら教えられるそうですが、竜化を教えられるのはサフィルス先生だけで……」
「……ほぼ、同じだと思うけどなぁ」
別に、難しい呪文が必要なわけでもなし。
多分、メソッドの正確な認識のために、卒業の資格の一つとなっているのだろうが。
通常、魔法にメソッドの認識は必要ないのだが、『奥の手』のため、メソッドを少しばかり正確に認識していないと、発動が難しい。……出来ないとは言わない。そのため、誤発動を防ぐための難しい呪文を省略されたのだと思っている。慣れれば、キーワードすら必要ない。そもそも、魔法ではないと認識されているようだが、僕に言わせれば、「魔法と同じ」だと思う。
「……うん、試してみようか。
もし勝てなくても、その竜化で勝てなかったら、諦めてくれる?」
「……構いませんが、使い慣れない術式で、ぶっつけ本番ですか?」
「模擬戦の相手も用意するよ。中庭に行こう」
ミィシャやミリィに、魔法の使い方を教えたりもしている。竜化を教えるのは、それより簡単なはずだ。
「目を瞑って。意識を集中したら、術式の存在が意識できるはずだから、それに集中しながら、キーワードを唱えて」
竜化の術式を意識の中で目立たせながら、そう説明して実践させるだけだった。一度、解かせてから、フォロー無しで出来ることも確認する。
「竜化<ドラゴンフォーム>!!」
見事な、レッドドラゴンになったシルヴィーン。僕は、模擬戦の相手を用意する。
白くて、そこそこ強くて、そこそこ大きくて……
選んだのは、白熊。
『熊……ですか』
「気をつけてね、攻撃もしてくるから」
僕がGoサインを出すと、白熊がシルヴィーンに襲い掛かった。
サイズは、レッドドラゴン・シルヴィーンの方が2倍以上大きい。
だが、実力はどうだろう?
とりあえず、最初の一撃で、シルヴィーンの鱗が数枚吹っ飛び、少量の血が飛び散った。
「油断したら、負けるよ~」
最大火力であろう、炎のブレスが吐かれた。
白熊は、平気で耐え切る。
……マズい。強すぎたかな?
シルヴィーンは前脚の爪で切りつけるが、白熊は吹っ飛ばされただけで、血も流していない。
「格上だと思って戦って~
ホワイトドラゴンより強いかも知れないよ~」
レッドドラゴンなのだから、サフィルス先生より才能はあるはずだ。
……問題は、ステータス強化して召喚した白熊が強すぎたことだろう。
戦いそのものの見た感想としては、シルヴィーンの方が押していたのだが、白熊はダメージを負う様子が無く、徐々に、シルヴィーンの疲弊が感じられた。
……二度目のブレス。彼にとっては、奥義に近い技のはずだ。
……ピンピンしてるぜぇっ!って感じの白熊。
そして……
「……済まない、シルヴィーン」
医務室で、僕は謝罪した。
「いえ。十分でございます」
傷は大したことは無いし、回復魔法もかけた。しかし、『疲労』というステータス異常は、治すのがけっこう難しいので、医務室のベッドで休ませた。先生には、授業を休ませる旨を伝えておいたが、竜化を教えたことに、感謝されたぐらいだ。
サフィルス先生は――極秘情報だと教えてくれたのだが、あの闘技大会の後、回復を待ってから、修行の旅に出かけてしまったらしく、困っていたそうだ。
毒とかなら、死に至ってしまったのでなければ、治す術式はあるので、どんなに強力でも、そんなに治すのは難しくない。魔法の毒でも作れば話は別だが、そんなこと、魔王でもなければ出来ない。僕も、『凄く治すのが難しいけど、効果は大したことない魔法の毒』を作ったが、そういうものを作れることだけを確認した後、危険性を想像して禁じ手とした。それならば、呪いの方が使い勝手が良い。
『空腹』というステータス異常は、『疲労』以上に回復が難しい。『疲労』は、回復する魔法が、一応存在しているからだ。だが、僕は魔法を使えないことにしておいた方が良さそうなので、必要最低限以上は使うつもりがない。白熊を『召喚魔法』で呼んだが、『召喚魔法』は学校では教わらないと先生の誰かに教わったので、アレを『魔法』と認識する『学生』は少ない。『召喚魔法』の存在を先生に尋ねてでもいなければ、そういう魔法が存在することを知ることは少ないので、例えば――図書室に引きこもって、書物を凄く読み漁っていれば、その質問をするという選択肢が初めて発生する。意外に、学生にはバレずらいはずだ。もちろん、先生の前で使えば、すぐにバレる。
まぁ……先生も、『悪魔化』や『竜化』を魔法と認識していない時点で、誤魔化そうと思えば、何とかなると思うのだが。
正直、魔法と何の違いがあるのか、教えて欲しいものだ。僕は、「コツが少し違う」ぐらいにしか思わない。
前に、『マジックアイテムを作る技術は、必ずしも魔法ではない』という僕の主張が、真っ向から通用してしまったことがある。多分、その主張が通用した根拠は、僕が魔力を持たないクリアクラスの生徒だからだろうが、一人、それの研究に没頭してしまった先生がいるとかで、申し訳なく思っている。
だから、魔力を消費していないことを根拠に、僕の使うメソッドが『魔法ではない』という主張も通りそうなものだ。
……それが通ると、『悪魔化』や『竜化』も魔力を消費しないので、『魔法ではない』という理屈も通ってしまう。
……僕、全ての既存する魔法を、魔力を消費せずに使うことを可能にする技術を知っているんだが、魔王以外には難しいし、僕の奥の手の1つだから、誰にも教えるつもりが無いんだよねぇ。
さて。『魔法の定義』を、どう定めているのだろうか?
非常に疑問である。
「……師匠は、午後の授業があるのでは?」
「いや……多分、自習だから」
なので、魔法を使っていないようを装って、疲労を回復させる方法。
そう!『すぽーつどりんく』を作れないか、僕は今、実験している。
……美味しくありません(泣)
成分は、ある程度、大丈夫。曖昧でも、塩分濃度とある程度の糖分と、体に良さそうな栄養素さえ含まれていれば、疲労を回復させる役目ぐらいは果たすだろう。
ただ、今は、味を工夫するために、比較的美味しい薬草を調合していた。
買い物に行けるならともかく、手持ち(亜空間)に、すぽーつどりんくの味を工夫できそうなストックは、薬草以外に無かった。
「……師匠。泣きそうな目をして、何を飲まれているのですか?」
「……飲む?多分、ある程度疲労が取れるよ」
魔法で解決してしまうことは簡単だ。
だが、主旨は、『魔法を使っていないようを装って疲労を回復させること』だ。
……亜空間?
恐らく、マジックアイテムと認識されるはずだ。高価だが、珍しいマジックアイテムではない。
ただ、僕のはマジックアイテムではないが。
「……これ……全部飲まないとダメでしょうか……」
「いいよ……無理しなくて……」
……失敗作である。
そして、介抱する際に知ることになってしまったのだが。
……シルヴィーンは、『彼』ではなかった。
……女性だったのだ。
……僕は、信頼できる『男』の手下に出来そうだからという目論見もあって、最終的に協力を決意したのだが。
僕は、聞いたことがある。
男にとって、恋愛とは人生の一部だが、女性にとっては、人生の全てである、と。
……恋愛感情で、裏切られてはたまったものではない。
メリット・デメリットを見比べて、裏切られるのなら、納得もいく。
だが、よりによって、感情に左右されるなんて……
じゃあ、男から見て、真に信用できる女性なんて、世の中にたった一人が限界じゃないか!
僕は、そう思ってしまうから、女性ばかりの環境は、望ましくないと思ってしまうのだ。
……僕、この環境で、国づくりの人材を集めるの、無理だと思うんだ――
ミリアだけは、信用できると……思いたいなぁ……
……まぁ、恋愛感情で裏切る男も存在するだろうから、さほど気にすることではないのかも知れない。