14.治療
それは、店を閉めて帰ろうとした時のことだった。
一人の猫型獣人族の幼い女の子が、僕を待っていた。
「あの……」
僕に近寄って、声をかけてくる。何の用だろうか?
「……病気を治すポーション、売って下さい」
「……ポーション?」
「これ……代金!」
皮袋を取り出し、口を広げて突きつけてくる。
中身は、半分ほどがクリアマナの、本当に小額のお金だった。
クリアマナは、ほぼ価値がない。よほど貧しい地域でなければ、通貨として使われることもない。
「……店の売り物は売れないが」
「お願いします!お母さんが死にそうなの!」
「……まぁ、診てやろう。案内しろ」
「こっち!」
案内されたのは、スラム街だった。この街は割と豊かな街だが、それでも、貧しい者はいる。ただ……スラム街が、暴力で支配されてはいないのは幸いだ。戦闘能力がある男は、戦闘奴隷として捕らえられ、売られて戦場に送られる。女も、見た目に恵まれた者は性奴隷として捕えられるが、戦時中と言える現在、戦闘奴隷ほどの需要は無い。治安と言う面で、大きく危険性を感じるような場所には育っていないのだ。
結果、病に苦しむ者もここには多く、満足な食事を取る余裕も無く、本来はさほど重い病でも無しに命を落とすため、スラムはある一定以上、大きくはならないようだ。
中でも、彼女の母親は、重い病にかかっているようだった。
左の足首に、傷がある。化膿しているようだ。
「……ディジーズラットに噛まれたか」
虫の息。もはや、荒く呼吸し病魔と戦う体力もないようだ。
「……とりあえず、治そう」
術式を施し、病魔を取り除き、傷口も治す。数値上の体力も回復させるが、栄養を取らせないと、ただの延命措置にしかならない。
「割に合わんが……乗りかかった船だ」
まず、簡易的なかまどを作って、鍋を乗せ、鳥獣類の肉と数種の野菜を煮込む。恐らく、固形物を食べるのは辛かろう。必要なものは、亜空間から取り出した。石ぐらいは、その辺に転がっているものを使ったが。
作るのは、スープ。煮込んだエキスで栄養の取れそうなものを使った。
呼吸は落ち着いているようだ。多少、煮込みに時間がかかっても大丈夫だろう。
十分に煮込んでから、皿に移し、ひとまず女の子に持たせる。
左手で母親の上半身を支えて起こし、皿は女の子に持っておいてもらったまま、右手を使ってスプーンで少しずつ口に流し込む。火傷しない程度には冷ましたから、大丈夫だろう。
時々咳き込むが、少しずつ、ゆっくりと飲ませる。
「……あ」
半分ほどを飲ませた辺りで、薄く目を開いた母親。だが、体に栄養分が十分に行き渡っていないのだろう、それが限界のようだ。
全く。この世がただの数値処理なら、体力を回復させれば、食事など必要ないだろうに。
「無理をするな。もう少し、飲めるな?」
小さく頷く。
一皿分飲ませたところで、母親を横たえる。あとは、時間さえ経てば動けるようになるだろう。
大き目の皿を取り出して、それに鍋の中身を移し、女の子に渡す。
「好きにしろ」
先ほどから、小さくお腹を鳴らしていることには気付いている。塩と多少のスパイスは使ったし、普段、貧しい食生活をしているなら、十分にご馳走だろう。
母親が、助かるかどうかは分からない。だが、最後まで面倒を見るつもりはないので、ここらが引き際と見極めて帰ることにした。娘の方は、感謝の言葉を述べていたが、謝礼はいただく。先ほどの皮袋の中から、クリアマナだけを全ていただいた。一般的には利用価値など何もないが、僕にとっては違う。下手な低ランクマナよりも、最低ランクマナのクリアマナの方が利用価値が高い。
娘は不思議そうな顔をしていたが、価値で言えば、割に合わないものの、そこそこ数があったクリアマナを同じ数集めることを考えれば、僕にとって、そう悪くは無い。
とりあえずは、これで終わりと思っていたのだが。
後日、二人は店に顔を出した。
「ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいやら……」
皿も、きちんと洗って持ってきて、返却された。まぁ……僕の手できっちり洗ってからじゃないと、使う気はしないが。
「……あの。もしよろしかったら、娘をいただいていただけませんか?」
そう提案する母親を睨む。
「……奴隷として、か?必要ない」
「好きに扱っていただいて構いません」
幸い、店に客はなく、少し話せる時間は取れそうだ。
「悪いが、僕は見ての通り、まだ子供だ。女を奴隷としてもらっても、利用価値がない。
ついでに言うと、僕からは、打算しか感じられない。
このまま貧乏をしていても苦しむだろうし、将来、奴隷になる可能性も十分にある。主によっては、死ぬより苦しい生活が待っているだろうし、今の生活から抜け出せる見込みもない。
それならいっそ、恩のある相手にもらってもらって、苦しい生き方をしようが、結局、相手が悪かったら運が悪かったと諦めるしかない。運に頼るとは言っても、ほぼ無償で助けてくれた相手だから、ただ金で買い取るだけの主より、マシな主である可能性の方が高い。
結果、主にするメリットが高い。
……で?奴隷を必要としていない僕に、何のメリットがある?」
「……」
娘だけでも、今の生活から抜け出させたかったのだろう。恐らく母親の方は、食糧を得るための狩りの最中に噛まれて、病気を移された。獲物の多そうな場所までは、距離がある。結果、食うにも困る生活だったのだろう。
……はぁー。
「まぁ、いい。
明日の朝、二人でこの店の前まで来い。
役立つかどうか、試してやる。
……言っとくが、今まで以上に苦労するぞ」
「は、はい!」
自分はこんなにお人好しだったかなと思いながら、サービスついでに亜空間から鳥を一羽取り出す。
「持って行け。酷使してやるから、そのつもりでいろ」
「あ、ありがとうございます!」
ここまでサービスした理由。
それは、もしかしたら、裏切ることのない味方に出来るかも知れないという、僕の方の打算もあった。
国を作るのだから、人材確保は必要だ。まだ、そこまで動くつもりはなかったのだが、仕方あるまい。
少しずつ、準備は始めているのだ。布石を打っておくぐらいは、いいだろう。
最悪、見捨てるつもりの捨石だが、見返り無しの慈善事業はするつもりがない。
頭の中で、明日までに準備することをまとめておく。
……はぁー。
全く――
割に合わねぇよ!