12.新入生
クリアクラスに、新入生が入ってきた。
「ルシエルという」
気の強そうな綺麗な女の子だ。
僕より背が高い。歳も上なのだろう。
そして、彼女は僕を睨みつけていた。
「……貴方が、リューイ?」
「……まぁ。
何か用か?」
彼女は、嵌めていた白い手袋を脱いで、僕の胸元に叩きつけるように投げてきた。
「決闘を挑むわ!」
「ほぅ……」
面白そうだ。
闘技大会か何かで、僕を知っていての話だろう。
何か、ワケ有りっぽい気配も漂っている。
ただ断るのでは詰まらない。
ここは、面白い方に1票だろう。
「条件は?」
「魔法無し、武器は木剣、時間制限無し、一本勝負」
「いいだろう」
ダリア先生も、黙認状態。
校庭に向かう間に、噂は電光石火で広まった。
見学者、約300名。
「『3分殺』が決闘するぞー!!」
その声がこだました結果だ。
しかし、彼女はそのままの格好で決闘に挑むのだろうか?
黒地に赤のドレス。
かなり高そうだ。
動きづらそうに見えるのだが。
特に審判も何も無しだが、どちらともなく、木剣を挨拶代わりに打ち合わせて、決闘は開始した。
僕は、木剣を彼女に向けて構えたまま、動かない。
やがて、彼女は反時計回りに僕の周りを回り始めた。
それに合せて、僕も、その場でゆっくり回って彼女の動きを追尾する。
「……剣が得意には見えないが?」
「だから何!?」
彼女は、動きこそ速いが素人のような動きで、僕に切りかかってきた。
当然、かわすなり木剣で流すなりして、問題なく対処できる。
「……出直せよ」
「あなたのせいで!!」
今度は、怒りに任せて打ち込んでくる。
ギリギリでかわすなんて体捌きは巧くないが、ただ避けるだけなら幾らでも出来る。そのためもあって、幼い頃から狩りをしていたのだから。
木剣は握っているだけ。
もはや、僕にやる気はない。
「……あなたのせいで!!」
「……何を僕のせいにしようとしている?」
「私の魔法の才能は奪われた!!」
パァーン!!
面倒になったので、彼女の木剣を砕く。
「……降参するなら、話は聞いてやる。
もっとも、まだ勝負になると思っているのなら、多少、怪我をしてもらうが」
「……分かったわ」
彼女が両手を挙げる。喉元に木剣を突きつけていたのだから、勝敗は誰の目にも明らかだったのだが。
クリアランクの教室に戻るまで、彼女は両手を眺めて、握ったり開いたりしていた。
「……痺れるか?」
「……何ともないわ」
「……そうか」
僕は勝手に彼女の手を順に取り、それを両手で叩くように挟んだ。
「……え?」
ルシエルは不思議そうな顔をしている。
「……どうした?」
「……何故、あなたが回復魔法を使えるの……?」
「……オマジナイ。ただそれだけの子供だましだ。
瞬間的に強い刺激を与えて、痺れを忘れさせたとでも説明した方が納得がいくか?」
不思議そうに両手を眺める彼女は、納得した様子など見せてはいない。
「とりあえず、お前が僕に決闘を挑んだ理由を、詳しく聞かせてもらおう」
聴衆は、このクリアクラスのダリア先生を除く全員と、ミリアだ。何故か知らないけど、ミリアは決闘が終わってから、ずっとついて来ていた。
「……パパが、私をここに送り込むために、私の魔法の才能を奪ったの」
まず、ルシエルはそう言った。
「魔力のない学生のクラスだからと言って……私、2年前にここのグリーンランクを卒業したのに」
なら、年齢は14歳ぐらいといったところか。この魔界では、既に成人として扱われる。
「『面白い奴がいる』とか、『会ってこい』とか言って」
「待って。魔法の才能を奪うって……どうやって?」
セリンヌがもっともな質問をした。
「……コイツのパパとやらが、ルシファーなんだろう」
僕の出した解答に、ルシエルは頷く。
「……干渉してくるとは思ったが」
「待って!
……ルシファーって、この国の魔王よね!?魔王だからって、人の魔法の才能を、奪ったりなんか出来るの!?」
「アイツなら、出来るだろう。
何なら、僕が試そうか?正確にどのランクになるかは分からんが、確実に特待生のランクになる魔力を授けるぐらいなら、何とかなるぞ。……元には戻さんが」
「……!
ちょっ……あなたは何を言っているの!?どうして、あなたにそんなことが出来るなんて話になっているの!?ワケが分からないわ!!」
事情を多少知っているらしいルシエルは、悔しそうに唇を噛んでから、こう言った。
「……コイツには、『魔王』になる権利が与えられているらしいの……」
「『魔王』の……『権利』……?」
セリンヌを始めとして、スティンクもカルフィナも、僕を訝って睨んでくる。
「……魔王の!娘の私にその権利が無くて、どうしてあなたにはあるのよ!?
教えて!私に何が足りないの!?
女だからダメとか、そんな理由じゃないのは聞いている!
教えて!何故、貴方は魔王の権利を持っているの!?」
例えば、「願ってなれるものじゃない」とかいう言葉は、ルシファーから聞いているだろう。
だから、僕は回答に困った。
出来るだけ、このことについては、話したくなかったのだから。
「……僕らの持つ権限は、『選ばれなければ』得られないものなんだ。
魔王の血を引いているとか、そんなことは一切関係ない。
ただ……才能のように、生まれた時から与えられているものでしかない」
実は正確な表現ではないが、正確に教えるつもりはない。
そもそも、ルシファーが『教えるべきでない』と判断したものを、何故、僕が教えなくちゃならない!?
「……だから、決めたの」
ルシエルは真っ直ぐに僕を見据える。
「私は、『魔王に最も近いモノ』になる」
「……マテ」
その表現に、僕の背筋に寒気が走った。
「お前は、何を企んでいる?」
「……私は、貴方のモノになる」
「ダメ!!」
ミリアが、僕の腕に抱きついてきた。
「私の方が、先なんだから!」
彼女は、少し、震えながらそう言い放つ。
「……邪魔者は、排除する」
「あなたになんか、負けない!!」
対抗意識を燃やすのも結構なのだが……。
「えーと……」
僕が、空気を読まずにすっとぼけた口調で言い放った。
「僕の意思を無視しないで欲しいな」
「でも……」
ミリアが続けようとするのを、僕は唇に人差し指を立てて止める。それを言わない方が良い理由も悟ってくれる、賢い娘だと助かるのだが……。
「側室でも構わない」
「……そうじゃなくて」
「パパは17人の側室を持っている」
……ルシファー。アンタ、割とダメな力への溺れ方をしたのね……。
「僕が成人するまで、まだ4年と少しあるんだ。まだ、魔王になるかどうかも決めてない。だから、勝手に僕の将来の話を進めないで欲しいんだ」
「パパが、『魔王は権利であると共に義務でもある』と言っていた」
「だからと言ってね……」
「貴方はいつでも成人の体を手に入れられると聞いている」
「……」
僕は、席を立ち上がった。
「何処へ行くの?」
「……ルシファーには、一度、死んでもらう」
「……出来る限り協力したい、と言っていたけど?」
「協力の方向性が、僕の意思にそぐわない」
「どうして、私を側室にもらうのが、そんなに嫌なの?」
……面倒くさい。
僕は、策を1つ講じることにした。
「こうしよう」
僕が人差し指を立てる。
「僕が明日、君に魔法を1つかける。
それでも、君が僕の側室にして欲しいと思い、そう言えたのならば、将来、君を側室にすることを約束しよう。
但し、それが出来なかった場合、二度とそれを望まないと誓ってもらおう」
「……魔力の無い貴方に、魔法なんてかけられるわけないじゃない」
「そう思うのなら、承諾するといい。
それとも、異議を唱える、僕が納得のいく主張でもあるのかい?」
彼女が悩んだのは、10も数えぬ間だけだった。
「いいわ。私の望みが叶うのが、決まったような条件ですし。
明日を楽しみにしておりますわ」
翌日。
教室には、ミリアを含め、全員が揃っていた。僕が一番遅かった。何だかんだで、皆、興味があるようだった。
「待っていたわ」
腕を組み、勝ち誇ったようなルシエルの態度。
「さて。早速、用事を済ませようか」
「かけられるなら、かけてみなさいよ。その、魔法とやらを」
「……目を瞑っていることをオススメするが」
「……まぁ、いいでしょう」
彼女は僕の提案に乗って、目を瞑る。
僕は、彼女のために作った術式を解放する。
「……もう済んだ。
さあ、言えるものなら言ってみろ」
「ええ。どうせ、パパが魔法なんて効かな――キャアアアアアア!!」
目を開くなり、彼女は焦って僕から遠のいた。顔が引きつって、蒼褪めている。
「どうした?望みを1つ、言ってみろ」
「ち、近寄らないで!!」
泣きそうになりながら、そう言い放つルシエル。
「いいんだな?
明日になってから、意思を変えたとしても、僕は応じる義理はない。
本当に、それでいいんだな?」
「え、ええ!あなたなんかの側室なんか、死んでもなるものですか!!」
そう言い放ってから、彼女は教室から出て行った。
「……どういうこと?」
セリンヌが聞いてくる。もっともな疑問だ。
「……魅了の逆の効果を持つ術式をかけた。
しばらく彼女は、僕に対して、耐え難いほどの生理的嫌悪感を持つ」
「……どうやって?」
「……原理を解明したいのなら、同じ術式を施してやるから、勝手に解析してくれ。
但し、計算上では、それを施された状態で僕と物理的に接触してしまったことを認識したら、意識を失うほどの嫌悪感を持つ。
現実では、中々体験できないレベルの嫌悪感を持って、術が解けてもしばらくの間は、吐き気をもよおすほどの具合の悪さに悩まされるはずだ」
「……遠慮しておきます」
これで、しばらくは面倒ごとから逃れられるだろう。
ただでさえ、ルシファーの干渉が始まったのだから、そろそろ動き出さなければならないのに、その娘にまで引っ掻き回されて、たまるものかと、僕は思っていた。
試験的に、1日3話掲載をしようと思います
これが0時、次が7時、最後に19時掲載を予定しています