9.闘技大会 前半
闘技大会祭初日。
ミリアが1人、ロークが2人の女性従業員を勧誘してきたことで、女性陣のローテーションは緩くなった。
今日から、外部からのお客さんも受け入れる。
塩と甘味料が慢性的に不足がちのこの魔界で、ポテチとジュースは売れに売れた。
行列待ちの間に食べるものを買うことで、周囲の店にも影響が出ている。
ポテト&コークは、好意的に受け入れられた。
2日目。
ロークがもう1人、勧誘してきた。
これで、フルメンバーと思ってもらおう。
新入り3人は昨日、大分バテていたが、1日でグリーンマナ2つは効いた。今日も頑張って働いてくれている。
流石に、3日目には客足も落ちると思われるだろう。
しかし、だ。
「何だ!?昨日と味が違う!?」
「ポテトがただの塩味じゃない!!」
噂を聞きつけ、集まるリピーター。
これで、明日への期待感も高まった。
ちなみに、初日と2日目の闘技大会本戦は、勝利者が出ず、あまり盛り上がらなかったそうだ。
3日目。
勿論、味は変えてある。
だが、明日は、5人が闘技大会へ出場する。
未だ、初白星は上がらず、盛り上がりに欠けている。
午前1試合、午後2試合やっているのだから、1つぐらい、勝ちそうなものだが。
5人は、明日の最終試合に出る。
なので、店を日暮れと共に閉めた。
明日の打ち合わせ。
売り子の4人にも参加してもらった。
「明日は、店頭では売らない」
若干、売り子の4人ががっかりした。
「だが、売らないわけではない」
全員が食いつく。
「ああ、5人は、試合だけに専念してくれ。生徒側の白星がまだ上がっていないらしい。もしかしたら、初の白星は君たちになるかも知れない」
試合に臨む5人が、少しがっかりした後、試合に向けて気合を入れた。……あの激務で1日グリーンマナ2つが、そんなにオイシイか!?
「そこで、4人に任務を言い渡す」
そこそこ可愛い子が揃った。売れるだろう。
「闘技大会の会場で、歩き回って飲み物を売ってもらいたい」
この日のために用意したマジックアイテムを取り出した。
一人に、見本になって装着してもらう。
「ここに紙コップがある。それを1つ取り出して、こっちの青いのがジュース用の注ぎ口、黄色いのが炭酸、赤いのがアルコールだ。このレバーを一度引くと、自動的に量が調整されて出てくる。
……紙コップがいつもより大きいのが分かるな?」
4人が頷く。
「1杯、イエローマナ1つで売ってくれ。どれも、同じ価格だ。
各100杯注げる量と、紙コップが予備を含めて350個。
売り上げのイエローマナは、この穴に投入してくれ。自動的に換算する。
売り上げ次第では、追加報酬も考える。
但し、価格を変えることは禁じる。
正直、価格は高い。
全部売れとは言わん。
闘技大会を盛り上げてくれ!!」
装着した女の子が、それが意外に軽いことを告げたので、全員、乗り気になった。
休憩は、適宜入れて構わないと告げたのだが……分かっているのだろうか、その気になれば、闘技大会が始まってから終わるまで、休みなしなのだ。
それなりに、売れる工夫はしてある。
……何人が気付くだろうか。
全員が、違う味の飲み物を売っているということに。
店を開ける必要がないということは、闘技大会を朝から見ていられるということだ。
売り子も、闘技大会会場の客席を回っている。
ここ以外にいる理由がない。
やはり、座って観戦しながら、そのまま高めのお金を払って飲み物を買う者は多い。特に、アルコールは売れ行きが良さそうだ。
『休憩入ります~』
「了解」
無線通話機能もつけたので、連絡も取り合える。売り歩く場所も、指示できる。
但し、僕は制服を着ていない。
10ランクの色と対応した制服を用意したのだが、クリアは問題があるので、代わりに一着、金色の制服があるのだが、それが僕に回されたためだ。
こんな場所で、あんな色の制服は着ていられない。
それでも、何人かは僕がポテト&コークを管理していることを知って、挨拶に来たが。
中でも、機材を売って欲しいとか、塩や甘味料の流通ルートを教えて欲しいという用件で、挨拶に来る者が多い。
……僕、もうじき8歳になる程度のガキなんだが。
まぁ、12歳で成人と言われるこの魔界で、ある意味実力を示した僕に、興味を示すのは分かるが。
一応、学校が主催で賭けも行われていて、ミリアたちが勝つ方に賭けている者は非常に少ない。
僕がホワイトマナを賭けると、オッズが五分ぐらいになって、そこから相場が大きく動く賭けが行われた。
結局、試合直前には、ミリアたちが勝っても3.5倍にもならない。
僕の掛け金があまりに大きいので、物凄い不人気と言っても良い。
そりゃそうだ。
グリーンドラゴン相手に、最大人数の6人に満たなく、1つ下のイエローランク1人にピンクランク1人、それに、戦力になるとは思えないクリアランクが3人だ。
結果が明らかで、しかも、グリーンドラゴンを相手にする試合は、ちょっとした目玉という理由で、元々掛け金の総額が集まりやすい条件、そして、僕の大きな投資。
少し、会場が異様な盛り上がりを始めた。
祭り前半の、一番の目玉試合なのは間違いない。
「売り子全員に命令。
ミリアたちの前の試合の間に、全員、休憩を取っておくこと。
その試合が終わってから、ミリアたちの試合が終わるまで、休憩無しで死ぬ気で売り歩け!
売り切れた者から、仕事上がって良し!
稼ぎのチャンスだ!
今晩は祝勝会をする!
給金は弾む!
いいか、気合を入れろ!!」
『『了解~!!』』
動きは、反時計回りを基準に、各自判断及び指示に従うという方針で、最初から、違う味の飲み物を次々に買うように仕掛けてはいる。
だが、座ったまま買えるという利点を考えても、価格は高い。
それでも、ミリアたちの試合が始まる頃には、アルコールを筆頭に、売り切れの報告が始まった。
炭酸飲料の売れ行きも良いらしい。
試合開始直前、僕は最後の指示を出した。
「判断は各自任せる!報告不要!健闘を祈る!」
これで、僕は観戦に集中できる。
5人が闘技場へ現れる。
円陣を組んで、ロークが発破をかけて気合の入った声が上がった。
だが、観客のヴォルテージで、僕の下までは声の内容は届かない。
サフィルス先生の手で、グリーンドラゴンの幻影が作り出される。
幻術とはいえ、実在しているのと、大差はない。
合図の銅鑼が鳴った。
「一番槍ー!!」
スティンクが槍を突き出して突撃した。ぐっさりと刺さるものの、深く刺さりすぎて、抜き出す前に暴れたドラゴンに槍をもっていかれ、スティンクは武器を失った。
「ライトニング!」
ミリアの最大火力。轟音と閃光。そして、ドラゴンの悲鳴。これで、ミリアはあの杖の性能を知るだろう。
カルフィナの弓が、ドラゴンの顔を襲う。……あの弓は、使い手次第では、あのドラゴンを無力化する性能があるのだが、カルフィナでは無理だろう。
斬りつけた、セリンヌの剣もそうだ。僕が使えば、あの幻術そのものを吸収できる。
ドラゴンも、一切抵抗をしないわけではない。その前足を振り回す。セリンヌが際どく避けて、体勢を立て直す隙をロークがフォローし、前足に切りつける。……あの剣も、僕が本気を出して使えば、あの程度のドラゴンなら、一撃で仕留められる。
「成る程。未熟者たちばかりでなければ、とうに決着の着いている試合だね」
僕の隣に、大きな魔人が座った。
「そうは思わないかね、小さなオーナー君?」
「……僕に御用ですか?」
僕は警戒し、この魔人の様子を探る。
「……!」
「サフィルスから、私のことは聞いていないかな?」
学生ではなく、名札が無かったので、ステータスから名前を確認したところ、その瞬間に全てを悟った。
――ルシファー。
この国の、魔王だった。
売り子の一人が呼ばれる。
ルシファーは、飲み物を二つ注文し、1つを僕に手渡した。炭酸飲料も、売り切れたらしい。
「面白い店があると聞いてね。やっと今日、着いてみれば、本日閉店となっているじゃないか。
オーナーに会わせろと、サフィルスに言ってね。ここに案内された。
……成る程。
力尽くで作り出しただけの代物ではないわけか。
中々の美味だね」
ルシファーが、虚空からポーションを取り出す。
「コレの作り手にも用事があったのだが、どうやら、用事は一度に全て済んでしまうようだね。
……祭りの後で、ゆっくり話をしよう。
今は、観戦を楽しもう」
雷を連打できると気付いたミリアにとって、もはやこの程度のドラゴンは敵ではなかった。
ゆっくりと、ドラゴンが削られてゆく。
時間は、まだ10分と経っていない。ドラゴンの体力は、半分以上、削られている。
勝敗は明らか。
だが。
「「ド・ラ・ゴ・ン!!ド・ラ・ゴ・ン!!ド・ラ・ゴ・ン!!ド・ラ・ゴ・ン!!……」」
湧き上がる、ドラゴンコール。それもそうだ。ドラゴンが耐え切れば、賭けに勝てる者がかなりの人数、この会場で観戦しているのだから。
4人は動揺した。でも、ミリアをそんな柔に育ててはいない。雷の連打で、結果、15分でミリアたちはドラゴンを下した。
祝勝会で、僕は最大限の宴会料理と飲み物を用意し、4人の売り子にブルーマナを1つずつ今日の給金として払い、後日、非常に盛り上がったと話には聞いたのだが、僕は、そこに参加する気にはなれなかった。
何故なら。
まだ、準備も十分に整っていないのに、他の『管理者』に目をつけられてしまったのだから……