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裸部裸部馬鹿ぷるるん

作者: 紅月赤哉

 八月二十九日。快晴。今日も三十五度を超えました。

 今日も、裸部の活動をレポートにしたためようと思います。いつもは普通のレポートですが、たまには小説調にしようと思います。

 文責は一年一組、豊満大ほうまん・ひろしです。


 ◇ ◇ ◇


 今日、意識が覚醒した僕が顔に感じたのは圧迫感による苦しさと、それに相反するふくよかで、柔らかく、すぽんじケーキを口に入れた時のようなふわふわとした幸福感だった。湿った布団に横たわってから七時間睡眠で、何も変わった事などないはずだ。意識はあっても身体はついていかないから、挟まれている形になる頭を動かすと、僕の頬に触れたそれがぷるん、と震える。もしかしたら、これは噂の胸の脂肪……いわゆる乳房ではないかというのに気づいたのは僕が半覚醒状態というやつだったからに違いない。いつもならこんにゃくとか言うに違いない。ああ、違いない。

 彼女いない暦十六年。生まれた時からロンリーウルフの僕は、しばしその感触を楽しんだ。何しろ母親の胸と小学校四年の時に謝って身体測定中の六年生女子の中に突っ込んだ時しか胸は知らないんだから。

 熟んだ果実を脳内でむさぼっていると、頬にびちゃっと液体と接触音が。さっきまではそんなもの無かったのに。そして機能が回復してきた耳には「はぁはぁ……んぅ……はぁ……ほふぅ」とノイズが聞こえてきます。最初は言葉だけ。徐々に高音か低音か、はたまた男声か女声か。識別可能になった瞬間、僕の頭は後ろから押さえつけられました。

「ふがふぅ……ふごへ!?」

 眼球に文字通り飛び込んできたのは汗でしなびた胸毛でした。それでもちくちくと視力を奪っていくには十分な代物。鋭くは無いが断続的に襲いくる毛に、僕は渾身の力を込めて頭と胸の間に空間を作り、叫んだ。

「止めてください! 腰布先輩!」

 体重百キロからにじみ出る力に対抗するのに、その半分しかない僕には文字通り骨が折れた。ぽきっと肩の骨が鳴っただけで折れてはいないんだけど、気分的に全身の骨を持ってかれた気がする。

 僕の魂の絶叫に、腰布先輩は頭を振って弱々しい視線をそれでも僕に向けた。

「ありー? ほうまんじゃないか。俺のベッドで何してるの?」

「ベッドも何も敷布団ですし。じゃないや。先輩が僕の布団で寝てたんですよ。先輩のはそっち」

 指差した先には二つ目の布団。シーツに油性ペンで「一年一組・宮腰麻布」と書かれている。

 宮腰麻布みやこし・あざぶ先輩。皆から、略して腰布先輩と呼ばれている。服装が腰布だけというのも関係してるだろう。名前が先か体が先か。本人曰く、ほぼ同時らしい。幼稚園の時から家では裸族だったそうだ。十八歳の今にして体重百キロ。身長も百八十に届くか届かないか。全て筋肉なら全世界の肉フェチの人に愛されるべき神の肉体なんだろうけど、脂肪率は二十五パーセントを軽く超えていた。二十五パーセントで肥満なんだはーはー、と笑って語っていたけれど、正確な率は分からない。ただ、時折飲む薬が何なのか教えてくれないところに何かある気がする。

 髪の毛の隙間から見える地肌をさすりながら、先輩は立ち上がると寝ている最後の一人に向かって軽く足を出した。屈んで「起きろ」と言えばすむが、先輩にとって屈むことは階段で校舎の二階に上がるくらいきつい。

「おい。ふんどしー起きろよー」

「バナナ百本なんて無理っす。七十七本で許してください」

 目を見開いたまま起き上がったのは僕の一個上で、体脂肪率3%の超筋肉マン、袴文彦はかま・ふみひこ。名前をアナグラムするとふんどし、となるからふんどしだ! と僕がどの方向から見ても強引だし、明らかに違う手段であだ名を決められた男。でも、当人は目を輝かせて喜んでいた。その時の言葉は僕の胸に今も残っている。

『人は心ですから』

 素晴らしい男だ。今も目を開いたまま寝言を言っているらしい。

 そんな袴先輩もといふんどし先輩は繰り返していた寝言を急に言葉を途切れさせたふんどしはゆっくりと身体をねじりながら立ち上がる。ソフトクリームの機械からソフトがにょろにょろと出てくるのを逆から見たようだった。限界までその肢体を伸ばしてから呟く。

「今日も実に良い裸体日よりですね」

「うん。裸体日よりー」

 体重百キロ同士。何か通じる物があるんだろう。部屋の時計を見ると三十七度を示していた。テレビをつけてみるとちょうど天気予報。今日の気温は三十五度。真夏日です。

「さー。部活を始めようー」

 外よりも暑い中、僕らの熱い部活が始まる。


 ◇ ◇ ◇


 裸部、というのは僕の通っている高校の部活動の一つです。

 部員は僕をいれて三人。三年の宮腰麻布先輩と、二年の袴文彦先輩です。先輩達はそれぞれ百キロを越す肥満と百キロを越す巨漢です。特に袴先輩の筋肉は鋼鉄のように硬く、前に野球部の金属バットをへし折って怒られたことがありました。宮腰先輩は語尾を伸ばしてほのぼのする先輩です。学力テストは一番上だけど体力テストは一番下です。

 裸部の活動内容は、文字の通り、裸を愛する活動をします。活動の間は裸でいます。トランクスはもちろんはいてますが、腰布先輩はブリーフです。

 そんな人達です。


 ◇ ◇ ◇


「今日はツ○ス○ーをやろー」

 そう言って布団が片付けられた六条一間の中心に、マットが敷かれた。赤、青、黄、黒と四種類の円が四つずつ。計十六個のそれらが均等な距離を保っている。

「ルールは、一人がこの矢印を回すから、止まって指定された色の円に体の一部分が触れてればいいよ。ふれられなくなったら負け」

 腰布先輩が時計盤のように十二個の円が描かれている物を抱えている。これはつまり、僕とふんどし先輩が二人でプレイするってことだ。先輩は既に黒いふんどしを見につけて、両腕に力瘤を作っていたりする。気温と体温に挟まれて、汗が噴出して表面を滑る。ぬらぬらと濡れる胸筋に腹筋。汗に反応しているのかわざとなのか関係ないのか、ぴくぴくと動いていた。

「やりましょう。くんずほぐれつ」

「……はい」

 指を鳴らしながら無表情でやる気を見せる袴先輩と僕は、向かい合ってマットの上に立つ。まだどこにも触れていない。触れてくるのは臭いだった。

 体臭? いや、汗の臭いだ。

 水分の周りに油をコーティングしたブレンド水がすでに先輩の身体から流れ始めている。横に視線を向けると、腰布先輩は滝に打たれる修行僧のような量の水分が出ていた。素直に汗と呼べないほど、それは汗とは離れた存在であるかのように思えた。

「じゃあ、ふんどしが先行ね。右手が赤」

「ぬうぁああああああああああああ!」

 部屋全体が振動する。その理由はふんどし先輩が叩き下ろした平手だった。見事に円の余白が均等になるように打ち据えられた掌。ただ置けばいいのに。

「次。右手が青」

「はい」

 僕は普通に右手を置いた。まだまだしゃがんでるだけで体勢は楽。

「次。右足が青」

「ふんのぉおおあああ!」

 置いている手が振動で震えた。ふんどし先輩はかかとを青の丸に振り下ろす。それも僕の手の前に。

「こ、怖いですよ」

「大丈夫だ。何しろ円が違うからな」

 確かに相手が触ってる円を触ることは出来ない。でも、あれくらいの速度で振り下ろされると万が一目測を間違えられたら骨折ですむのかと思ってしまう。

「次々行くよー」

 そんな恐怖なんて知らずに、腰布先輩はルーレットを回し続けた。

「右足が青」

「はいっと」

「左手が青」

「ほわぁああああああ!」

 また青。というか、これで四つの円が埋まってる。ふんどし先輩は右手が赤で右足と左手が青。すでに体勢は割れた腹を上に向けて三点で体を支えている。ぷるぷると震える身体から滴り落ちる汗が右手を下に通している僕の二の腕にかかった。

「うわ、汗臭い」

「そりゃ汗だからな!」

 辛いのに更に叫ぶものだから耐久レベルを超えそうだ。早くしろと叫んだところでルーレットの音がからからと。

「次は豊満だよ。左手が緑」

「は……い!」

 眼前は先輩の側筋が支配しているので、左手を緑に届かせるには下を通るか身体を回転させて後ろ向きになるしかない。判断は一瞬だ。何故なら上からいつ肉の塊が落ちてくるやもしれない。

 選んだ道は肉のロードだった。先輩がブリッジして空いているマットと背骨の間に上半身をねじ込んで、僕は緑の円に手をつく。時間との勝負。次に先輩の左足がつく場所によって天国か地獄か決まる。落ちてくる汗の量は室内の温度に比例してどんどん増していく。僕の背中を濡らすぬらぬらとして粘り気がある液体はまるで肌のかすかな穴から体内に入ってくるようだ。

 自分が別の物に書き換えられるような、陵辱感。

 ふんどし先輩以上に早く体勢を整えることを祈った。

「左足――」

 ついに、運命の言葉が囁かれた。





「中々魅力的なレポートだが、続きはどうなったんだ?」

 担任の斉藤遊宇希さいとうゆうき先生は興味深げに僕を見た。先生も着痩せするタイプで、僕より頭一つ高い身長のスーツの下にある裸体を誰もが知っている。暑さに弱くて授業中に緑色のハンカチで顔を拭くことからハンカチダンディと呼ばれていた。そんな先生だからレポートにも興味があるんだろう。

「はい。なんとか僕が勝利して、ふんどし先輩は股関節脱臼。病院に送ってからマカロニ先輩とずっとプレイしてました」

「腰布先輩だろ?」

「呼び名はどうでもいいです」

 先生は「俺は呆れたぞぉおお!」という臭いのする息を吐いた。僕はそれを吸ってから「俺は呆れられたぞぉおお!」という臭いのする息を先生に吹きかけた。ちゃんと爪先立ちで耳に。

「……まあ、確かにな」

 顔を赤らめながら先生は咳をする。微妙に緊張した香りが鼻腔を擽り、嗜虐心がくすぐられる。

「とりあえず、分かった。だが、小説風にするならば結果もちゃんと載せなさい」

「はい。あ、せんせい」

 レポートを受け取って職員室から出ようとしてから一度振り向く。距離を置いたことで僕の全体像が見えた先生は目線をそらして「なんだい」と言った。

 僕の引き締まった上半身は職員室全体の視線を集めていた。

「どうです? 僕の身体。部活の成果でたでしょ」

「……確かに。裸部と言いつつ同好会だが。続ける価値はあるみたいだな」

「なら、顧問になりません?」

 瞳の奥に光を残しながら先生は僕と視線を交差させた。



 ◇ ◇ ◇



 こうして裸部は夏が過ぎてから顧問を加えて正式な部となりました。食欲の秋も、雪球の冬も、風薫る春も、ずっと筋肉をぷるぷるとさせるのでした。


 文責は一年一組、豊満大でした。

書いた時代を感じますね。

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