究極の選択(赤い紙青い紙)
俺はいったい何をしているのだろう。朝起きて、飯を食って、登校し、授業を受ける。
その後は家に帰りなんともない時間を過ごす。
いつもと変わらぬ毎日。
そんな退屈な日常から抜け出したくて俺は今授業を抜け出し学校の屋上にいる。
普段の俺ならしないだろう行動に心なしか気分も高揚気味だ。
今なら”I CAN FLY!!”とか言いながら飛び降りた某芸能人の気持ちも理解できそうである。
しかし俺にはそんな真似をする度胸は無いし、したいとも思わない。
こうして一匹オオカミを気取ることが今の俺の精一杯の抵抗。
自嘲気味に空を見上げる。
灰色の雲に覆われた空は俺のこれからを示唆しているようで、冷めた気分になった。
やはり俺程度には無理だったのだろうか。
日常とは変わらずそこにあるものであり、一介の高校生があがいたところで抜け出せるものではなかったのだ。
無意識に溜息が出る。
――帰ろう、いつもの日常に
横に立てかけてあったお気に入りの茶色い革カバンを背負い直しながら階段に向かい歩き出す。
が、そこでふと思った。幸いにも今日の授業はあと一限だ。この後に授業に出たとしてあるのは怒られる未来だけ。ならばこのまま帰ってしまった方が建設的ではないか。
一瞬の逡巡の後、俺は怒られる役目を明日の自分に任せて、今日は家路につくことにした。
しかし昇降口に向かう際、急に便意を催した。
普段であるならば学び舎で便意を解消するなど以ての外であるのだが、今は授業中。ここで俺が便所にこもったとして知る者は誰もいない。そう判断し俺は便所へとその身を滑り込ませた
男子トイレの個室の中。ここは今や俺の空間だ。
邪魔するものなど何もなく、故に孤立した空間。俺は様々な意味から安堵の息をついた。
暫く後用を足し終えて帰ろうとする俺の目に衝撃の事実が飛び込んできた。
――――紙が無い
まずい。
非常にまずい。
いかに現在が授業中であり、誰もいないとしてもこれは別問題である。
排泄物を付着させたまま家路をたどるなど青春真っ盛りの男子高校生が許容できる行動ではない。
俺は必死でカバンをあさるがない物はない。俺は頭を抱えた。
するとその時
「赤い紙ほしいか、青い紙ほしいか」
と俺に問いかける声が響いた。
俺は反射的に身構える。(依然ズボンは下がったままなので恰好はつかないが)
俺が入る際には誰もおらず、その後人が入ってきた気配もなかった。
なんなんだ、一体
この時ふとクラスメイトの話していたことが脳裏をよぎる。 便所に出る妖怪のことだ。
どうやらその妖怪は紙を求める生徒に対し、赤い紙か青い紙どちらが欲しいか問いかけてくるのだそうだ。
この問いに対する返答でその後の未来が変わってくる。
赤い紙を選んだものは血まみれになって。
青い紙を選んだものは血を抜かれて殺されるそうだ。
理不尽だ、と思った。
――なんだ、結局どちらを選んでも死ぬんじゃないか、と。
救いのない話だと思いながら聞いていたがまさか自分がその問いを投げかけられる本人になるとは。
俺は助かるための方法を模索する。赤も青も選べない。
では他の色だったら? そう考えている間も尚も声は問うてくる。
瞬間、自分のカバン、茶色い革カバンが目に入ったとき俺はとっさに答えていた。
「ちゃ…茶色で!!」
ぴたりと声が止まった。
助かった。そう感じた。
あとは提供されるだろう茶色の紙で排泄物をふき取りここを去るだけだ。
――ふぅ
だが一安心した後、便器の中から青白い手とともに差し出されたものを見て俺は息をのんだ。
差し出されたもの、それは。
茶色の、紙やすりだった。
俺は死んだ。