底辺なろう作家の意地
一晩で書けました。
一
「ついに三日連続でPV数0か……」
アクセス解析を確かめて後悔し、ぼくは歯軋りした。
小説家になろうに登録して、もう四ヶ月。一年ほど個人ブログで小説をアップしていたが、やはり大勢の人に読んで貰いたいと思ってなろうにやってきた。マイナーなジャンルながら今日まで頑張って書き続けて、連載小説も第19話にまでやってきた。評価もお気に入りもされず、総合評価は不動の0ptだった。そんなぼくが辛うじて小説を書き続けられたのはアクセス数が原動力となっていたからだ……けれども、それさえも0を記録した。しかも三日続けてだ。
ショックすぎて溜め息しか出ない。全身がふにゃふにゃになる感覚だ。無力感が伸し掛かってくる。
パソコンのみならずスマホを使ってまで毎日(いや殆ど毎時間か)アクセス数をチェックしていたのに、この仕打ちはあんまりじゃないだろうか? ……まあチェックするだけでアクセス数が伸びるわけ無いのだけれども。
やはりぼくの書く小説に価値なんて無いのだろうか?
いや、たとえ価値が無くても無駄でさえなければ良いはず――そう思っていたのだが。
「でもPV数0じゃあ、言い訳のしようもなく無駄だよなぁ……」
負ぶさってくる無力感に、歯軋り。
パソコンの画面を殴りたくなるような不平感が胸中で蠢く。
世界中の人間を虐殺してやりたい。
誰も分かってない。何も分かってない。
「くそ……」
ぼくは、戻るを数回押して小説のトップ画面に映る。
疲れた目で自分の小説のページを見てみる。真ん中には、必死に考え抜いて導き出したタイトル名が大きい文字で飾られている。そのすぐ下には粗筋。そこから下へドラッグすると、これまで積み上げてきた功績がずらりと並ぶ。
それらは誰の目にも留まらない、ただただ無駄な功績。
第19話まで書き連ねた、無駄。
虚しい。
「あー……。なんで誰も見てくれないんだよー」
忌々しくそう言ってみるが、そんなことは明白だ。
――要するに、皆にとってつまらないから。
ぼく自身はそれなりに面白いと思ってこれを書いている。人間の持つ醜さや浅ましさを追い求めたこの拙作には、いちおう光る所はあると信じている。リアルさを追求することこそがぼくにとっての面白さなのだ。
「でもここの読者はそんなもの求めてないんだよな」
求めているのなら、ぼくの小説が評価されてもいいはずだ。
それとも――実力不足なのだろうか?
……単に文章力が無いから評価されてないだけ? ならば文章力を磨けばどうにかなるだろうか。しかし、文章力とは何だ? 実態がまるで見えない。見えないものをどうやって磨けばいいというのだろう。
……もしくはまだリアルさが足りないのだろうか? この世には嫌なことが沢山ある。それをもっともっと取り入れるべきなのか。救いがないくらいに残酷な話を書くべきか。
どうなのかな。
まるで分からねえよ。
そもそも答えなんてあるのか?
「ああ。くそ。結局チートとかハーレムとかトリップとかじゃなきゃウケないってことなのか?」
ランキング上位を見てみれば、それらが流行っていることは明白である。
しかしチートもハーレムもトリップも苦手分野だ。書いたことないし、書けるとも思えない。絶対に無理である。
いや。違うな。無理だから書けないんじゃない。
「単純に書きたくないってだけ」
ぼくはマイナー好きのマイノリティー作家。マジョリティーの弾圧なんかに負けるわけにはいかない。ましてや媚びるような真似なんて絶対にしたくないのだ。
人気が出ないからジャンルを変える? ふざけるな。
そんな風に書きたいものが書けなくなるくらいなら――自己満足している方がマシだ。
他人の好みになんか構っていられない。流行りを追いかけるミーハーに堕落するものかよ。
ぼくはぼくの道を行く。
「まあ、そんなものに付き合う身にもなってみろって話だけどさ」
結局、だから、こうやって読者数が0になったのも必然という話なのだろう。
王道やテンプレや被りやパクりはぼくにとって脅しだ。それらを避けていなければ書ける気がしない。個性とかアイデンティティーとかがぼくにとっての最優先事項。誰かと違うということが何よりも大切。
理解させることよりも、理解されることを好む。
読ませるために書いているのではなく、書きたいから書いている。
そんな人間。そんな小説。
そんな風なら、読まれない方がむしろ摂理というもの。
受け入れよう、この結果を。
ぼくは投げやりに言う。
「どうでもいいや」
そう言って電源を落とした。
それからベッドの上に寝転がる。寝る訳では無い。まだ日曜日の朝だ。寝る訳では無い――が、寝転がりでもしなければやっていられなかった。
暫く放心。
それからぼくは言う。
「残り五話で完結――それが終わったらまた考えよう」
現在・第19話。予定では第24話で完結させる予定である。
そして第20話は今夜辺りにアップ出来る――暫くは、それをモチベーションにして書き続けていよう。
エタるのだけは嫌だから、とにかく書いていこう。そうじゃなきゃ全てが無駄になってしまうから。
二
その日の昼。
ぼくには仲の良い友人が居る。高校二年生の同級生。その友人もなろう作家である。ぼくがなろうに登録して一ヵ月くらい経った頃、友達も突然「始めた」と言ってきたのだ。恐らく、ぼくが頻繁に「ぜんぜん評価されないんだよ」と愚痴っていたのが原因だろう。
一ヵ月のハンデがある友人だったが、しかし彼はすぐさま評価を貰っていた。一日でもうぼくを追い抜いて(2pt付いただけですぐに追い抜けられるのだが)、その上とんとん拍子に総合評価を上げている。既に三十話くらいアップしていて、現在の総合評価はなんと2000pt前後だとか。友達にこんなことを思ってはいけないのであるが、めちゃくちゃ嫉妬してしまう。千分の一でもいいから寄越してほしい。
そんな友人とぼくは、現在サイゼリヤで食事を終えた場面にある。
彼は言う。
「俺さ、さいきん小説を書くのが楽しくってしょうがないわ」
笑いながら言った。しんそこ楽しそうだった。
ぼくは、対照的に落ち着いて言う。
「ふうん。そりゃ羨ましい」
「そろそろサービスシーン書いとこっかなーとか思ってる。クーデレの子が人気だからさ」
「へえ。いいんじゃない?」
「後な、新キャラ考えたんだけど……」
彼は色々と話してきた。いちおう彼の作品の一読者であるぼくなのだが、その読者にこうも相談してくるのはどうなのだろうと思わなくもない。何せネタバレである。ぼくにはネタバレしてもいいと考えているのだろうか? ぼくは編集者じゃなくて作家志望なのだが……。
暫く話してから、ぼくは話題を変える。
「ところでさ、評価とかって気になる?」
「評価? やっぱ多くなると嬉しいよなー。でも感想とかで色々言われるのはちょっと嫌かな」
「へえ。そうなんだ」
感想なんて貰ったことねーよ。
羨ましい悩みとは正にこの事である。
彼は言う。
「それにランキングで下がってきてるの見るとションボリしてくるな」
「ふうん。そうなんだ」
ランキングなんて夢の夢だっつーの。
ぼくは烏龍茶を口に付けた。
それから言う。
「でもランキングだけが面白さの証拠って訳でも無いでしょ?」
「そうだなー。ちょっと下がったくらいで一喜一憂してても仕方ないし」
「評価されてなくても面白い作品ってのは世の中に沢山あるしね」
「だな。そういう掘り出し物を見付けると、とくに大切にしときたいと思う」
ぼくは深く頷いた。
そうさ。ランキングとか皆の評価ばかりが全てという訳じゃないのだ。
ぼくがそう考えるのにはルーツがある。これはぼくが中学二年生の頃の話なのだが……、ある日、クラスでジャンプの話題になった事があった。ジャンプというのは、もちろん週刊少年ジャンプの事である。
話題というのは、「どの漫画が好きか」という話。まあよくある類の話題だ。皆は口々に人気作・話題作の名を上げた。一例を上げれば、ワンピース・ナルト・ブリーチといった所だ。どれもこれも看板作である。
その時ふとぼくが思った事を言うと、「本当に好きなのかな?」「どこがどう面白いか説明できるのかな?」「ただ人気だからってだけで好きって言ってるんじゃないのかな?」――そんなことを思った。当時・中学二年生の頃から疑り深かった少年のぼくである。
そんなぼくにも話題の流れがやってきた。「ジャンプの中でどの漫画が好き?」。その質問に対してのぼくの答えは「ジョジョ」だった。そうすると訊いてきたクラスメートは「何それ?」と言った(当時、ジョジョはSBRの連載に当たってウルジャンに移動していたのだ。知らないのも無理はない)。それからクラス中で、「ジョジョって知ってる?」「いや知らない」という問答が繰り返される――その時のぼくは、優越感と孤独感を同時に味わっていた。
そしてそのクラスメートは、次にこう言っていた。「そんなんよりワンピース読めって。ぜったい面白いから」。……ぼくは笑って誤魔化した。誤魔化すしかなかった。だってその時のぼくは、黒々とした感情に満ちていたのだ。「ジョジョをそんなん呼ばわりするなよ」とか思ったし、まるでワンピース以外の漫画には価値が無いかのような口振りが凄く気に食わなかった。そんなことねえだろ、と思う。
ジョジョという作品は、彼らにとって知名度の低いものだったのだろう。けれどもそれは作品がつまらないという理由にならない。だからランキングや皆の評価が必ず正しいという訳じゃないのだ。
そういう経緯を経たから、ぼくは、ランキングが全てじゃないと思っている。
ぼくは言う。
「まあやっぱし読まれてこその小説だよね」
「だな。自分の書いてるもんが読者に影響してるってのは気持ちいい」
「創作の醍醐味だよね」
「おう」
彼はにこやかに笑って、ぼくに言う。
「いやあ。なろう初めてよかったわ。ほんとに楽しい。ありがとな」
「いや。いいんだよ」
楽しいと思えるのは、君が実力を持っているからだしね。ぼくに感謝する事はない。
と、流石にそんな卑屈なことは言えなかった。
一頻り笑ってから、彼は言う。
「そういやあそっちはどうなん?」
う。
こちらに流れが向いてきたか……。嫌だな。話したくないな。
ぼくは言う。
「まあ……、マイナーだけどけっこう楽しんでるよ」
「そうか」
「好きなものを好きなように書いてるからね。読者数が少なくても楽しいんだ」
「あー。分かる分かる。俺も最初は書いてるだけでめちゃくちゃ楽しかったもん」
「ははっ――今じゃ読まれることも楽しみの一つ?」
「まあな」
また笑った。
ぼくは、内心で鬱屈とした心持ちになる。
――好きなものを好きなように書いてる? だから読者数が少なくても楽しい?
そんなわけねえだろ。
ぼくだって読まれたいに決まっている。誰かに褒められたいと思っている。
書きたいだけの情熱は、もう尽きかかっているよ。
ぼくは言う。
「今夜辺り第20話をアップしようと思っていてね……。盛り上がり時だから、楽しみだよ」
「あー。次話をアップする時がいっちばん楽しいよな」
――それは、新しい話を大勢の読者に読んでもらえるから? それとも、アップロードしたことによる自己満足的な達成感?
ああ。嫌だな。黒々とした感情が胸の内で蔓延している。
上手く笑えない。
歪な作り笑いで誤魔化すしかない。
彼は言う。
「上げたら教えてな。すぐ読むから」
「うん。分かった」
そうしてぼくと友人はサイゼリヤを出た。それから一頻り遊んで、時間が来たら帰った。
その帰り道、ぼくは思う。
……読まれない作品をアップすることに意味はあるのかな?
なんて、そんなことを考えることこそが一番の無駄かな。
まあいいか。家に着いたらとにかく書き出そう――ぼくにはそれしか無いんだから。
三
最終話付近となると書くことはもう決まりきっている。だから差して悩まずに第20話を書き上げた。推敲は余り時間を書けないタイプ(読み返して修正するところは誤字・脱字くらい。一時間もせずに終わる)なので、完成したらすぐにアップした。
ぼくに限った話ではないと思うが、新しい話をアップした直後は何時にもまして頻繁にアクセス解析をチェックしてしまう。更新されるまでに掛かる十分が非常に待ち遠しい。そうやってチェックして、しょぼいアクセス数だと知ってげんなりして、それでも今度こそはと思ってまた見てしまう。その延々としたループ(というか悪循環)をする様は我ながら阿呆の極みだと思う。
「夕飯食ってからまた見るか……」
散々げんなりしているのにまだ見るのかよ。己にそう突っ込みながら部屋を出た。
夕飯を食べ終わったら、部屋に戻ってきて宣言通りにアクセス数をチェックする。
F5を押した後の画面には、少しだけ青色が伸びていた。
何だか、ちょっとだけ慰められたかのような気分だった。
「あ。そう言えば」
そう言ってぼくは、戻るを押して、小説情報を見た。
言うまでもなく文字数を確認するためである。文字数とは、これまで積み上げてきた功績だ。たとえ無駄でも功績は功績だ。自分の努力を見ることは、少なからずモチベーションになる。アクセス数を見る程ではないが、こちらを確認するのもぼくは好きなのだ。
そうして見た文字数は、ついに五万文字の大台を突破していた。
「まあ計算してたから当たり前は当たり前だけど」
それでも嬉しい。
ここまでやってきたんだなあと思うと、少しだけ報われたような気がしてくる。
「これで評価が上がってたら最高なんだけどなー」
そう言ってF5を押してみた。
それから総合評価を見てみる。
「……。……えっ!?」
ぼくは目を疑った。
全く期待してなかったのにも関わらず……いや本心を言えばちょっぴりだけ期待していたのだが――しかし、そこには、確かに、2の文字が書いてあった。
赤色の2。
さらに少し目を落としてみると、以下の文字が目に入った。
『お気に入り登録:1件』
ぼくは――
「く……」
食い入るようにパソコン画面に目を近付けた。
次第に口角が上がってくる。
「く、ふ……。うっは……。お、おおおっ」
腹が震えてくる。
拳を握ってしまう。
そして、
「いいいいぃぃいいやったああああああああああああああああぁぁぁぁああぁぁぁっ!」
と体を飛び上がらせて大きく叫んだ。
叫ばずには居られない。
「やった! やった! やったやったやったやった! うわー! やったぁぁぁぁー!」
初めてのお気に入り……!
嬉しすぎるぅぅっ!
「あー、もう……! うっわ! ほんとマジで嬉しい! 何だこれ!? すっげえ嬉しい!」
ぼくは馬鹿みたいにぴょんぴょんと跳ねた。
とにかく嬉しかった。有頂天外だった。
それから暫く部屋の中を意味もなくうろうろして、再びパソコンの前に戻った。
「はー! もう……っ! あぁぁ……。書いててよかったぁ……!」
全身にじんわりとした心地よい痺れを感じる。
日曜日の夜なのに気分は最高潮だ。
これがあるから創作は止められない。
読んでくれる人が居る。ただそれだけで小説は書けてしまう。
このお気に入り登録してくれた人にぼくは感謝したい。
――ありがとう。本当にありがとう。
おかげでやる気が戻ってきた。
ぼくは笑みを浮かべながら、次話のプロット作りに取り掛かった――活き活きとした心持ちでプロットを作るのは、久し振りのことだった。
四
次の日の昼休み。
ぼくと友人は、学校の空き教室で昼食を摂る。ここは学校の中でも目立たない場所なので他の人が来ることは滅多にない。落ち着いて食べられるのでぼくの好きな場所なのである。
ぼくは言う。
「そう言えばさ、昨日初めてお気に入り登録された」
「お。マジか。やったな」
「いちおう訊くけどさ、それ、君じゃないよね?」
「俺じゃねーよ。そんな同情みたいなことしねえよ」
そうか。じゃあやっぱりあれは……そういうことなんだ。
この日本に居る誰かがぼくの小説を読んでくれて、それを気に入ってくれたという事。
そう思うと、ぼくはまた嬉しくなってしまう。
ぼくは笑いながら言う。
「やっぱいいもんだね、評価されるのって」
「いいよな」
初めてのお気に入り。なんど見てもいいものだ。パソコンでも飽きるくらい見たが、スマホで確認する頻度も増えた。その度に目に入る2ptの文字に、もうどれだけ嬉しさを貰ったか分からない。
ぼくは言う。
「おかげで第21話のプロットが一夜で出来ちゃったよ」
「お。そりゃすげえな」
「帰ったらすぐに本文に取り掛かる気。たぶん夕方には書き上がるね」
ぼくは笑った。きっと上手く笑えていただろう。
それから暫く話し込んで、話題は変わる。
ぼくは言う。
「どんなものでもそうだと思うんだけどさ、どれだけ不人気なものにもファンってのは居ると思うんだよ」
「おう」
「そう考えると、世の中には無駄なものなんて一つもないような気がしてくる」
「だな」
彼はストローを啜った。
それから言う。
「ただやっぱり大勢の人に見てもらうってのもいいと思うぜ。皆が好きなものを吸収して書いてると、ああやっぱり好きなんだなって微笑ましくなる」
「へえ。例えばどんなものが好きだって思うものなのかな?」
「やっぱ王道はチートとハーレムとトリップだろ。あれこそ男のロマンだな」
「なるほど。やっぱしチートとハーレムとトリップか」
どれもぼくの苦手分野だ。ぼくの書けるものじゃない。
まずチートは無理だ。そもそもぼくが書きたいのは、弱い人間が這い上がる様なのだ。恵まれていなくても強く生きたい。ズタボロになってもハッピーエンドへ向かって行きたい。人生は辛い事ばかりで自殺さえしたくなるけれど、それでも頑張っていきたい。ぼくはそういう力のある作品を書きたいのだ――最初から最強だとそれが出来なくなってしまう。努力が書けなくなってしまう。それが嫌だから、チートは無理なのだ。
次にハーレムも無理だ。何故かと言うと、ぼくの書く小説の主人公は三枚目であってほしいからである。三枚目がモテてはいけない。格好良いことをしても、それこそ少女の命を救ったとしても、好きになられてはいけない。むしろ他のキャラクターに美味しい所取りされるくらいが丁度良いのだ。不憫な立場で丁度良いのだ。先ほどのチートと通ずるところがあって、容易く報われてしまうとどうしても説得力が薄れてしまうのである。簡単に女の子から好かれるなんて言語道断なのである。
最後のトリップも無理だ。何故ならトリップは、人生からの逃避だと思うからである。いや現実逃避を否定する訳ではない。常に戦えと言っている訳ではない。ぼくの言いたいことは、泥臭くても生きていこうぜという事。格好悪くてもいいし幾ら休んだって構わないから、自分の人生には――自分に与えられた宿命や運命には打ち勝っていきたいと、そう思うのだ。与えられた物語の中を生きて、無事に完結させたいのだ。トリップするというのは、自分の人生を抹消する行為だと思う。小説で言えば、連載中の作品をすっぽかして別の作品作りに夢中になる事のようだと思う……そんなの、寂しいじゃないか。
とにかくぼくは、なろうで王道と言われているチート・ハーレム・トリップのどれもが書けないのである。ぼくが書きたい作品というのは、弱い人間が、誰からも褒められずに、悲劇的な人生を全うする――それでも最後には自分の力でハッピーエンドをもぎ取る。そんな物語を書いていたいのだ。
だから書けなくたっていいんだ――ぼくは、自分のスタイルを貫き通したい。
こうしてぼくの書いている小説を読んでくれる人も現れたのだ。
それがたった一人でも、物凄く嬉しいんだ。
無駄じゃないって、そう思えた。
努力が報われたのだと、そう思えた。
だからぼくは、自分の小説を書き続けていたい――
彼は言う。
「俺が書くときに思ってるのはさ、読者はどんなものを読みたいんだろう? どんなキャラが好きなんだろう? とか。そう考えて、話を作っていく。んで、それがウケた時ってのは達成感があるよな」
「そうだね」
「感覚的には、ボランティアしたことで地元の人に感謝されたって感じだな」
「なるほど。そりゃいいことだ」
そう言ってぼくはお茶を飲む。
――まあ、ぼくの書いている小説では、そういうボランティアなどの行為を偽善と呼んで忌避しているのだけれども。
行動というものは全て自分の為というのがその小説の世界観。人の為というのは正しく偽。そういう価値観でぼくは小説を書いている。
……だから何だと言うわけでは無いけれど。
彼は言う。
「読者の反応を想像しながら書いてると筆の乗りが良くなるぜ」
「へえ? と言うと?」
「ここでこの展開が来たら『うおおお! 熱い!』とか、ここでこの展開が来たら『ああ……。だよなあ……』とか。そんなことを想像しながら書いてる。そうやって書いてると、キャラが活き活きしてくるな」
「へえ。どんな風に読ませるのかを想像してる訳か」
「そうそう」
ぼくはどうだろう。そうやって書いているのかな。
書いてることに没頭しているような気がしている。
彼は言う。
「そっちはどんなこと思って書いてる?」
「ぼく? ぼくは……、そうだね。読者を納得させたいって思って書いてる」
「納得?」
「うん。この世の中には色々不条理なことがあるじゃない? でも、それに対して不平とか不満とか言ってたって解決しない。だからそういう人を導いてあげたいなって」
「おお。立派だな」
「まあね」
言ってみて気付いたけど、ぼくもたいがい偽善野郎だな。人の為に書いてやがる。
……まあ、別にどうだっていいんだけど。
ぼくは言う。
「でも書いてていちばん楽しい時は、人間の底を書いてる時かな」
「人間の底?」
「うん。綺麗事ばかり並べてるリア充だけど、死に際には自分だけ助かろうとする。ニヒルに振る舞ってる中学生だけど、殺されそうになると泣きながら許しを乞う。愛を誓い合った恋人同士だけど、暫くすれば惰性の関係になる――そんな、皆が口にしたくないようなモノをありのままに描き出す時が最高に楽しいね」
「うわ。えぐいな」
「誰もが持ってる感情だよ」
表ではニコニコしてるけど、裏では友達に嫉妬している――とかもね。
そんな人間の底を書いている時だけは疑いようもなく楽しい。いや楽しいと言うよりも気持ちいいと言うべきかもしれない。自己表現できているという実感があって、書くたびにもっともっとと書きたくなるのだ。
倫理や規則や道徳を破るシーン、それを書いている時にはエクスタシーさえ感じる。正しく忘我だ。
それにそういうもの賛同してくれる人だって居るのだ。
だからぼくのやっていることは無駄じゃない。
彼は言う。
「俺はそういうリアルっていうか、嫌なことは書かないようにしてるなー。完全に娯楽作品だと割り切ってる。だから多少のご都合主義とかもアリだと考えてる」
「そうなの? ぼくはかなり気を付けてるな。ご都合主義とか矛盾とか、そういう読者が納得しないだろう展開には何よりも気を遣ってる」
「いやあ。これがけっこう文句言われないもんなんだぜ? 俺の作品を読むような人たちって、別に矛盾とかしてても構わないらしい。それよりも燃えるかどうか、萌えるかどうかを重視してるっぽい。とにかく、その時々に楽しけりゃいいって感じ」
「そうなんだ。参考にしておこっかな」
そう言ったところで予鈴が鳴った。
「ん。戻るか」
「そうだね」
弁当を畳んで、教室に戻る準備を整える。
空き教室を出たところで、ぼくは言う。
「はあ。早く帰って続きを書きたいなあ」
「授業なんて聞かずにノートに小説書いとけばよくね?」
「いいね。書いてるのは文章だから、見られても気付かれないかも」
「だな。よし。俺も頑張るか」
ぼくらは教室に戻った。
五
家に帰ってからは、本文の執筆で大忙しだった。ノートに書いてあった草稿をテキストドキュメントに写し(ぼくは、なろうの『執筆中小説編集』で小説を書くことは滅多にない。理由は、間違えて戻るを押してしまい文章が消えた過去があるからだ。その上Ctrl+zで元に戻るを使えないのも痛い)て、それの流れに乗って第21話を完成させた。プロットから本文まで二日しか経って居ない、まあまあの速筆であることが唯一の取り柄だと自負しているぼくだけれど、これは異例の事だった。多少無理して書いた感はあるけれど、今のぼくにとっては疲れがむしろ心地良い。大忙しというのは、充実という意味だった。
夕方。窓の外が橙色に成り始めた時間帯。完成の余韻に浸るのも束の間にして、新規ウインドウを展開させる。そうしてブックマークの中から『ホーム|ユーザページ』を選んで、そこに飛ぶ。
それから『投稿小説履歴』の中から目当ての小説に矢印を持ってきて、『>>次話投稿』のボタンをクリックした。
そうやって先ほど書き上げた出来たてほやほやの次話を載せた。
「ふふ……」
ぼくは薄く笑う。
「すぐ読んでくれるかな」
ぼくはそう言った。ぼくがこうして二日で第21話を書けたのは、初めてお気に入り登録してくれた人のおかげである。本文に集中したかったので執筆中は確認しなかったけれど、書いている最中、読んでくれる人は居るんだぞという言葉で自分を何度も励ました。その鼓舞があったからこそぼくは頑張れたのだ。
――よし。書き上がったんだ。もう一回見よう。
ぼくはそう思った。
「えっと」
自分の小説、それの小説情報のページへ移動する。お気に入りが増えてたらいいよなあ、評価を付けられてたらもっといいなあ、感想とか付けられてたらどうしよう、そんなことを思いながら移動した。自分の事ながらかなり舞い上がっているように思う。まあ多かれ少なかれ投稿後というのは気分が良いものだ。期待したくもなる。
でもやはり余り期待しない方が良いだろうなとは思う。そうやって無闇に期待したことで変な挫折感を招きたくない。
「ああ。そうだ。その前にこっちから見ておこう」
ぼくは、小説情報を見る前にアクセス解析を見ることにした。まだ投稿から十分も経っていないので次話を読んでくれる人も居ないだろうが、念の為である。
クリックして、アクセス解析へ。
「……お」
ぼくは目を見開いた。
「おぉぉぉ……!」
まだ十七時にもなってないのに二桁いってる……。
やっぱり伸びがよくなってる……!
「くぅぅぅ……! 嬉しいじゃないかこのやろー!」
嬉しさの余りぼくは、バンバンと軽くキーボードを叩いた。
ぼくは笑いながら言う。
「ヤバいなぁ……。もう少しで最終回なのになぁ……。どうしようかなぁ……」
ここで読者を手放すのは勿体ないよなあ。
ちょっとくらい引き延ばしちゃおうかな?
うーん。どうしよう。
「今が第21話だから……、残り三話。二十四って切りのいい数字だから好きなんだけど……、あー! どうしよー!」
くふ、くふ、と気持ち悪い笑みを浮かべながら頬をむにむにする。
――よし。お気に入りの方も見てみよう。
ぼくはアクセス解析から戻って、小説情報のページに移動する。そこで一度F5を押して最新の情報に更新する。
浮付いたような心持ちでページを下がって行って、そしてぼくは、
「……え?」
と、半ば無意識に声を漏らした。
――あ? あ……? え? ちょ……。
固まってしまった。いや、固まった訳ではない。目線や手は、不規則な挙動をしている。ただそれが定まらない。目の前に起きた出来事に体が反応できていない。
声にもならない声を必死こいて出そうとする。
ぼくは、ぼくは、ぼくは。
再び目にした――赤色の0。
見慣れていた0。
目の周りの筋肉が強張る。
見てみると、その下にはこう書かれてあった。
『お気に入り登録:0件』
つまり、つまり――
「外された……?」
声に出した途端、下腹部が急に熱くなった。それから背中が寒くなり、体温がおかしくなる。下唇を噛みながら、どういう事かを思考する。
これがどういう事か? そんなの決まりきっている。
決まりきりすぎていて、言葉に出すことが恐ろしい。
だって、それを、認めてしまえば、ぼくは、何のために?
「う。う……。うぅぅ……」
震えてしまい、歯の根が合わない。手には汗が掻き始めていて、気持ち悪く濡れている。
何だよ。
何だよ。
何なんだよ。
「どうして……」
ぼくは拳を握る。いつもよりもさらに強く歯軋りする。
「どうして、どうして、どうして、どうして」
不平と不満がいっぱいになる。
パソコンのモニターをぶん殴りたくなる。
寒かった胸が、だんだんと熱くなってくる。
それは怒りや憤りといったマイナスの感情。
「どうしてなんだよ……」
う。
喉に何かがつっかえている。
詰まっている。
吐き出さなくちゃ。
壊れる。壊れる。いますぐ、吐き出さなくちゃ。
いや、違う。
吐き出させろ――
「……! ふっざっけんなあああああああぁぁぁああああぁぁぁぁああああぁぁぁーッ!!」
ぼくは叫んだ。
家族に聞こえるとか、そんなことどうでもよかった。
黒々とした感情が赤く、赤く、赤く、真っ赤に染まり上がっていく。
乱暴にモニターを掴んで、必死に喚く。
まるでその人に文句を言うかのように――伝わる訳が無いのにも拘わらず。
「どうして……、どうして! お前、ぼくの読者なんじゃねえのかよっ!」
怒りに身を任せてしまった。
もう止めることなど出来ない。
「ふざけんなッ! ふざけんなッ! いっかい入れたら最後まで読めよッ! それが読者の義務だろッ! ざっけんなッ! ふっざっけんなああぁぁーッ!」
自分の太ももを何度も叩く。
何かに暴力を振るっていないと我慢ならなかった。
「お前、お前、……くそ! なんで……。そんな、外すくらいなら最初から入れんなよ……! ああああああああああああああああぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁッ!」
どうしようもない逆恨み。
それなのに、それなのに、そんなことを認めずに、相手を罵った。知っている語彙をふんだんに使って、罵詈雑言の限りを尽くした。
――そうしてぼくは荒れ狂った。
醜く、浅ましく、荒れ狂った。
六
一時間ほど愚痴を吐き出し続けた。かのように思えたが、実際は十分にも満ちていなかった。
パソコンを休止状態にして、ぼくはベッドの上で横たえる。疲れたせいか息切れしていて、威勢は既に衰えていた。
それなのに何故だか目を閉じれない。白い天井をぼんやりと眺めてしまう。いっそ眠ってしまえば、この感情も消えて無くなるだろうのに。
ああ。
孤独。
宇宙でぼく一人だけかのようだ。
すがるものが何一つない。
皆、ぼくから遠ざかった。
「…………」
目を細める。
考えてみる。
あの人は、どうしてお気に入りから外したのだろう。いや、そもそもどうして最初はお気に入りに入れていたのだろう。それさえ無ければぼくがこんなに落ち込む事は無かったはずなのだ。
無気力になって、何もかもが嫌になることなんて無かったはずなのだ。
「おいぼく。それは責任転嫁だろ?」
自嘲する気にもなれない。だからせめて自責する。
暫くぼおっとして、また考え出す。
新しく投稿した話がつまらなかったのだろうか? いやあれを見たのは、投稿してから十分も経っていなかった時のことだ。そう考えるなら、ぼくが投稿する前から既に外されていたと考えるのが妥当というもの。
というと、ぼくは、もう誰からも応援されていないのにも拘わらず、誰かから応援されていると錯覚して書いていたということか? そんな哀れな状況だとは知らずに嬉々として執筆していたということなのか?
道化にも程があるだろ。
ぼくの小説の主人公かよ。
「ああ。嫌だ」
……ぼくは目を瞑る。
深い闇に入って行ったようで、頭の中では堂々巡りが始まる。
ぼくの書いている小説は面白いのだろうか? ぼく自身は面白いと思っているけれど、皆が評価してくれないということはつまり面白くないということなのだろう。ぼくだって偶に自分の小説がとても矮小なものに見える時がある。今がまさにその時だ。ぼくの小説なんて、小学生の書く作文以下なのだろう。いやそれじゃあ小学生に失礼かな……。
じゃあ面白いものって何だ? 皆が絶賛しているチート・ハーレム・トリップか? あんなものが面白いのか? ぼくには分からない。全く分からない。だから――ぼくは、そういう王道を書かないのだ。書かないんじゃなくて、書きたくないんだ。あんなもの、書きたくない。書いて堪るか。書いてしまったら、ぼくのぼくらしさが埋没してしまうじゃないか。集団に溶け込んで自分を失うなんて意味が分からない。ぼくは愚かじゃない、馬鹿じゃない。だけど、だからこそ、弾き出されている――
「自惚れるなよ。ぼくは馬鹿だよ」
うるせえな。
黙ってろ。
ぼくは、布団を叩く。
――どうして皆はニコニコ笑って居られるのだろう。あんなものを名作だと持てはやして、日々を面白おかしく生きていられるのだろう。それで恥ずかしくないのかな。皆、ちゃんと自分ってものを持ってるのかな。
本当、皆、馬鹿だ。
何も分かってない。
小説のことに限らず、世の中の人間ってやつは何も見えちゃいない。
ふざけんな。
愛とか勇気とか幸せとか軽々しく口走るな。
流行の歌なんかに惑わされるな。
映画なんてみて感動してんじゃねえ。
恋人の言葉なんて調子のいいおべっかばっかりなんだぞ。
夢が簡単に叶うのなら誰も努力しないで済むんだよ。
頑張れなんていう他人行儀な応援が伝わると思ってんのか。
けっきょく本当のところは誰も分かっちゃくれないんだ――芸能人の流している涙なんて、便所の水くらいに安っぽいものだ。ロックバンドが歌っている哀歌なんて、知った風な口を効くだけの同情だ。プロが語る成功談なんて、弱者を搾取するための甘言だ。
誰も信じるな。
何も信じるな。
全て嘘なんだ。
全て無意味なんだ。
無意味の上にそれらしさをデコレートしてるだけなんだ。
騙されて、走らされているんだ。
王道なんて、酷いものだ。
友情なんて上っ面だけだし、努力なんて報われやしないし、勝利なんて程遠過ぎる。辛いだけで何もない。そんな無意味の事を全うできるもんか。
仲間を守るためなら幾らでも頑張れる? 立派な目標を持てば幾らでも走っていられる? 勝つ喜びこそが人生の醍醐味?
馬鹿が。
友達が犯罪を犯してるのを目撃して、人間不信に陥れよ。才能による圧倒的な差を見せ付けられて、夢を諦めちまえよ。卑怯な手段を使わないと勝利できないと知って、世の中のルールに絶望しやがれよ。
前向きに生きてる人間なんてみんな死んじまえ。
お前らは、深いことも考えずに常識を信じきっている思考停止どもだ。
宗教みたいなもんだ。
ぼくは、ぼくは、ちゃんと自分でものを考えて、自分で自分を生きているのに――
それなのにどうしてぼくが下で、あいつらが上なんだよ。
「はぁぁぁ……」
ぼくは、右腕で目を隠した。
――分かってるんだろ?
ぼくが下で、あいつらが上の理由。
本当は分かってるんだろ?
「うるさいうるさいうるさい」
お前がつまらないからだよ。あいつらが面白いからだよ。
明白じゃねえか。
結果が出てるんだから、それを受け入れろよ。
事実を捻じ曲げようとしてるんじゃねえ。
届かない葡萄を酸っぱいと言い張るんじゃねえ。
お前が届かないのが悪いんだろ。
「うるせえよ。うるせえよ!」
分かれよ。
そこで言い訳してても、前へ進めやしないぞ。
「黙ってろよ! お前、ぼくだろ! ぼくの味方しやがれよッ!」
認めろ。さあ、認めろ。お前はつまらないんだ。誰からも求められてないんだ。だったら媚びちまえよ。こっちから皆の方へ行けよ。皆が読みたがっているものを書け。そうすれば皆が誉めてくれるぞ。それが好きなんだろ? それが気持ちいいんだろ?
そうだよな。人間だもんな。群れてたいもんな。
分かったら『そんなもの』放っておいて――新しいもんを始めろよ。
「…………っ!」
ぼくは。
起き上がった。
パソコンの電源を入れて、ブックマークから『ホーム|ユーザページ』へ飛ぶ。
投稿小説履歴から一番上の作品をクリックして、小説情報編集をクリックして、一番下まで下がり――『編集[確認]』ボタンの下、灰色で目立たなく書かれてある『小説を削除する』という所をクリックした。
削除画面。
そこは、初めて見る場所だった。
禁忌。まさに禁忌の場所。
ぼくは、何かとんでもない大罪を犯そうとしているような気分になる。
ぼくは見る。
『小説削除に関するお願い
リンク切れ・システム負荷削減の為、
連載継続が困難な場合でも小説は残して頂きますようご協力をお願い致します。 』
ぼくは言う。
「うるっせえな……。連載継続が困難? 違うね。不可能だって言うんだよ。もう終わりなんだ」
エタらせるくらいなら、消した方がいい。
そうすれば皆が忘れてくれるだろう?
ぼくもこの駄作のことを忘れられる――
その方がいいだろう――?
ぼくは見る。
『以下に該当しない場合の削除はご遠慮いただきますようお願い致します
・出版社主催のコンテストに小説を投稿する場合
・自費出版あるいは各出版社などで有料で小説を販売する場合(同人誌含)
・法律上問題のある場合(著作権侵害/名誉棄損など) 』
ふん。
ぼくの作品は、いずれにも該当しない。
該当しないから、消してはいけない――のだが。
「構うもんか」
ぼくは言った。
そして見る。
『※この内容は規約ではなく、ご協力のお願いとなります。
上記以外の理由で削除を行われた場合でも、規約違反とすることはございません。 』
そう。
規約違反じゃないのだ。
無闇に作品を消したって、それは罪じゃない。
お願いを聞かないのは、罪じゃない。
ぼくはぼくの道を行く。
それはぼくの道を途絶えさせるため。
こんな蛇のようにねじくれた道なんて通れないよ。
誰も居ない道なんて、孤独すぎるよ。
ぼくは――矢印を動かして、『削除[実行]』と書かれたボタンの上に乗せる。
「…………っ!」
途端、胸が激しくなる。
苦しい。とても苦しい。
ここを押したら、一体どうなるのか。
この先の画面には、どんな光景があるのか。
削除しました――そのメッセージをぼくは、これから目に入れる訳だ。
「く……! はぁ……!」
何だか。
何だか、人を殺すかのような心持ちだ。
それも、全く知らない他人をではなく――自分の息子を殺すかのような心持ち。
虐待どころではない――息子殺し。
ああ。この喩えは言い得て妙だ。作品は息子。そうだな。その通りだ。
出来の悪い子は殺してしまおうね。
そんなものの親だと知れたら、恥ずかしいからね。
育児放棄するくらいなら、殺してしまった方が楽ってもんだ。
エタらせるくらいなら、削除してしまった方が楽ってもんだ。
それでこそぼくは――解放される。
「う、う、ううぅぅ……!」
胸苦しい。
心臓が握り潰されているみたい。
それなのにこの孤独感は何なのだ。
こんなにも寒々しいのは、生まれて初めてだ。
……それも、これも、全てぼくの責任。
ぼくが面白いものを書いて来なかったのが悪い。
廻り廻った因果応報、ここに来てぼくを苦しめ始めた。
ぼくのせいだ。ぼくがやったことだ。
こんなの、もう、嫌だ。
――なあ、これで分かったろう?
こんな苦痛を味わっていて何になる?
お前はさあ、根を詰めすぎなんだよ。
もっと気楽にやればよかったんだ。
お前一人の力で、誰かを幸せに出来るとでも思ってたのか?
使命感にでも突き動かされていたのか?
お前はそんな大層な人間じゃない。
それはお前自身が一番よく分かっている。
だからよお、消しちまえよ。
こんな『下らないもの』――消しちまえよ。
要らねえだろ。
さあ。
早く。
消せ。
消せ。
消せ。
消せ。消せ。消せ。
消せ。消せ。消せ。消せ。消せ。
消せ。消せ。消せ。消せ。消せ。消せ。消せ。消せ。消せ。消せ。
消せ――消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ。
ぼくは。
「……うん」
ぼくは。
ぼくは。
「うん。そうだな」
ぼくは。
ぼくは。
ぼくは。
「こんなもの、要らないよ」
ぼくは。
ぼくは。
ぼくは。
ぼくは。
「…………」
消すために。
削除するために。
手に。
指に。
力を、入れ。
……力。
力――強く。
「ぐ……っ」
力?
力……?
力だって……?
「く、く……」
何? 力?
ぼくの力?
おい。
おいおい。
間違えてるだろ。
何やってんだ。
力ってのは。
力ってのは……。
「ぐ、う、うううううううううう……! うううううううううう……っ! 」
力ってのは、力ってのは。
そうじゃないだろ。
ぼく、それは違うだろ。
力ってのはそうやって使うものじゃないだろ。
誰も分かってない、そう言ったのはぼくだろ。
それはつまり、ぼくは分かってるってことだろ。
力の使い方を分かってるってことだろ。
「うああああ……! あああああ……! あああああああああ……ッ!」
ぼくの力は――
ぼくの、力は――
こんなものに――
ぼくを消すために――
――あるんじゃねえだろ!
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁーっ!」
逃げろ。
逃げろ……逃げろ……逃げろ……逃げろ……逃げろ……逃げろ……逃げろ……逃げろ……逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げに逃げ逃げ逃げ逃げ逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃――!!
「が――!」
逃避。
「あがっ! ああああああああああ!」
振り向いたから、机に手を打った。
痛い――だが構わない。
無様にすっころんだ。
恥ずかしい――だが構わない。
水かきするようにベッドへ走っていく。
怖い――だから逃げなくちゃ。
「があああああああああああ! ああああああああ! ああああああああああああーっ!」
体裁とか、人の目とか、そんなものここにはないんだ。
いくら無様になったっていいんだ。
だから逃げなくちゃ。
本能が告げている――何が何でも逃げろ、と。
「く……。くぅぅ……」
ぼくはパソコンの前から逃げた。
逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた。
あそこに留まっていたら駄目だった。
あそこに居たら、ぼくはぼくを殺していた。
容赦なく自殺してしまう。
逃げなくちゃ、逃げなくちゃ、逃げなくちゃ。
そう思った――
「いいいいいいいぃぃいいいいいいいぃいいいいいっ! ひいいぃ……! う……! けふ、があああああああぁぁあああああああぁぁあああああーっ!」
布団で全身を包まる。
震える。ガタガタと震える。とてつもない恐怖に襲われたから、震える。
違うんだ。違うんだ。違うんだ。
ああ。許してくれ。ぼくは――間違っていた。そうじゃなかった。気の迷いだ。
「ああああああ……! ああああああ! あぁぁぁああああぁぁあぁ! あああああああああああああああああああああーっ!」
間違っていたのはぼくだ。
心が折れそうになったから、必死に正当化しようとしたんだ。
自己批判してる振りをして、そのじつ自己弁護に走っていた。
自信がないことを受け止めてほしいと思っていた。
作品のつまらなさをご了承してもらいたかった。
言い訳。言い訳ばかりだ。
醜く浅ましい承認欲求だ。
ぼくには何も無いんだ。
「う、う、う……うう……」
口元を手で押さえる。
ゲロを吐きそうだ。
かは、ぐ、げほ。
咳が止まらない。
「げほ……げっほ……! ぐ、えほ……ッ!」
体力が削がれる。
体力が尽きる。
体が動かなくなる。
何もできなくなる。
「……………………、うぅ……」
何かが終わった。
それだけが痛切に分かる。
終わった、終わったのだ。
終わってしまったのだ。
静かに。
暗く。
終わった。
「…………………………………………」
ここは、どこなんだ。
自分は、誰なんだ。
存在があやふやだ。
存在が崩壊して、何もかもが散ってしまったアノミー。
訪れる、生きていることを認識できないほどのニヒル。
宇宙規模の暗闇に放り出されて、何をどうしたらいいのかまるで分からない。
前も後ろも、右も左も、上も下も分からない。
方向も空間も分からない。
ぼくは――何なんだ。
「……………………」
時間が過ぎる。
「……………………」
それだけが分かる。
「……………………」
ただ一つだけ確かなもの。
「……………………」
それにすがるしかない。
「……………………」
過ぎていく時間に身を任せよう。
「……………………」
それだけ。
それだけ。
それだけ。
それだけ。
それだけ――
「…………かはっ」
それだけ?
それでも――諦めきれない。
諦めたくない。
こんなところでのらくらしているなんて、まっぴらごめんだ。
静かなところで終わりたくない。
暗いところで燻りたくない。
ぼくは次を求める。
立ち上がりたい。奮い立ちたい。
進まなくちゃ、進まなくちゃ。
ここは息苦しい。
「…………ぐ、う、うぅぅぅ」
駄目だ。
取り戻せ。
ぼくを取り戻せ。
今のままじゃ駄目だ。
今のぼくはまさに空っぽ。
何かを詰めなくちゃいけない。
そうじゃなきゃペラペラに萎む。
ぼくは何だ。ぼくは何だ。ぼくは何だ。
ぼくの出来ることは何だ――何でもいい――どんなにちっぽけな事でもいい――ぼくはこの体を動かさないといけない――ぼくは自分の足で歩かなくちゃいけない――そうじゃなきゃここから踏み出せない――そうじゃなきゃ筋肉も精神も腐って朽ちる――だから何だっていい――靴をくれ――ぼくに靴をくれ――外へ出るための靴をくれ――歩くための靴をくれ――どこだ――ぼくの靴はどこだ――
思考を再開しろ。
ぼくの崇拝している理念――それの中心へと戻りに行くのだ。
ぼくが書きたいものはなんだ?
なんだった?
思い出せ。
ぼくとは――何だ?
頭を叩く。
頭を叩く。
頭を叩く。
ショック療法。
頭を叩く。
がんがん叩く。
いってぇ。
力が強くなる。
思い出せ、思い出せ――思い出せ!
ぼくが。
ぼくが。
ぼくが。
書きたかったもの――
――力。
そうだ。
「……今まさしく」
光を見付けた。
あった、ぼくの靴。
ぼくの書きたいもの、思い出せた。
今のぼくこそ、正しくそうじゃないか。
ぼくは認識する。
「こうやって、一人だけだけど戦って、その結果が振るわなくて……それでも――」
弱い人間が、誰からも褒められずに、悲劇的な人生を全うする……それでも――最後には自分の力でハッピーエンドをもぎ取る。
最後には自分の力でハッピーエンドをもぎ取る。
そんな、そんな力ある作品を書きたかったはずだ。
今のぼくは、まさにその状況にあるじゃないか。
「だったら、だったら」
だったら、だったら、立ち上がらなくちゃ駄目だ。
ぼくがぼくの小説の主人公だとしたら――立ち上がって、悲劇に抗わなくちゃいけない。
ぼくにはぼくがいる――だから絶対に勝たなければならない。
その戦いは一人でもいい。たった一人でも構わない。
誰かが応援してくれなくてもいい。見世物にさえならなくてもいい。
気に入ってくれなくてもいい。評価してくれなくてもいい。感想を貰えなくてもいい。
ただぼくが戦っている――それだけが重要なんだ。
戦っているぼくを、ぼく自身が見届ければそれでいいんだ。
それで、構わないんだ。
書く事だけが、要点なんだ。
ぼくは、だから、這い上がらなくちゃ。
この挫折で終わりにしちゃ駄目だ。
この挫折を結にしちゃ駄目だ。
ぼくの起承転結は、ここで終わりじゃないんだ。今はまだ、承の段階なんだ。
向かって行け。
この場面は鬱展開なんだ。カタルシスを得るための前振りなんだ。シンデレラ曲線のどん底なんだ。それは、ハッピーエンドを得るために通らなくちゃいけない試練――だから悲劇的な前奏曲を終わらせて、ぼくのこの手で終わらせて、そしてその先へ辿り着かなくちゃいけない。
バッドエンドじゃない。バッドエンドじゃない。たとえバッドでも、エンドじゃない。
ここでエタらせていいのかよ。
削除なんてしちゃっていいのかよ。
ここまでやってきたんだろ――チートもハーレムもトリップも振り切って、ぼくの全力を注いだ作品はやっと第21話まで迎えたんだろ。
なあ、そうだろ。ぼくよ、そうだろ。
ここまで独りだったけれど、それでも、それでも、走ってきたんだろ。
我武者羅だったけど、無我夢中だったけど、ここまで走ってきたんだろ。
ぼくのぼくらしさだけは保ってきたはずだろ。
だったら、それでいいじゃねえか。
どんなにつまらなくてもいいじゃねえか。
思い描いた最終回に辿りつければ――それでいいじゃねえか。
書き始めの頃、ぼくはそれを最高傑作だと信じていたじゃねえか。
さあ。
再開しよう。
「ぐ……!」
ぼくは。
布団から出る。
椅子に座って、机の前にまで戻る。
削除画面の映っているブラウザを、消す。
エタらせない。削除しない。
ぼくにだって意地はある。
底辺なろう作家にだって意地はある。
……ぼくは言う。
作品に対しての思想を、自分自身に対して――言う。
「泥臭くても生きていこうぜ」
それがぼくのメッセージ。
だから無様でも這い上がれ。
どんなに辛くても全うしろ。
その先があるのなら、この手で、もぎ取れ。
誰にも頼らずにもぎ取ったハッピーエンドは――誰のものでもない、ぼくのハッピーエンドとなるのだから。
「やろう」
夕日の日差しが部屋に差し込んでくる。
その光と、パソコンの照明を頼りにして小説を書き始めた。
ぼくは、再び、書き始めた――
七
一気呵成。
いちど書き出したら、もう周りのことなんてどうでもよくなった。
評価とか、不平とか、今のぼくにそんなものは一切ない。
ただ書く事だけに集中している。そのことがはっきりと自覚できている。
自分の世界に没頭している。ゾーンに入っている。
全感覚・全神経が研ぎ澄まされている。
全能感で精神が高揚する。
やる気が熱いくらいに漲っている。
重荷が無くなったんだ。これまでぼくを縛り続けていたものが振り解かれたんだ。
まさに自由の精神だ。
ぼくのやっていることは正しい――その完全なる自信が、何をも迷わせなくなった。
書く、それだけでいいんだ。
それだけでぼくは走り切れる。
未来が見える。
完成が見える。
全く疲れない。頭も体も絶好調を極めている。
アドレナリンやドーパミンやセロトニンが脳の中で分泌しているのが分かる。
脳味噌がじんわりと刺激されていて、もっともっと創造したいと手が動く。
電子の中に、文字を羅列したい。
物語を、作り上げていきたい。
完結へ、いざ完結へ。
ぼくの描いた完結へ。
走っていく、走っていく、見えているゴールへ走っていく。
――その感覚は一晩中続いた。
八
「……出来た」
ぼくは脱力して、椅子に凭れかかった。
一晩中、作品を書き続けた。第22話のみならず、第23話、それから最終話も書いた。休憩をいっさい挟まずに三話分も書いたのだ。最後まで書き終えたのだ。
文字数も膨大な量になっている。ここまでの文字数を一気に書いたのは初めてだ。書けるとも思わなかった。
「人間ってすげえな……」
ここまでやれた自分自身を今は素直に褒め称えたかった。
――おめでとう、ぼく。
「よし。三話分まとめて投稿してやろう」
ぼくはそう言って、ブックマークから『ホーム|ユーザページ』をクリックする。『投稿小説履歴』の中にあるうちの一作・現在連載中の小説を見付けて、それから『>>次話投稿』のボタンをクリックした。
次話投稿のページに飛んで、『※小説本文』の項目から『直接入力する』のボタンを押す。テキストドキュメントで書き出した小説をコピペする。
それを三回繰り返して、第22話・第23話・最終話を全て投稿し終えた。
これで終わり。本当に終わり。
ぼくの小説は――完結した。
「あう……」
投稿をし終えたことで緊張の糸が切れた。
途端、がくんと背中が重たくなった。
積み上がった疲労感がやってきたのだろう。
猫背になってしまってから、体制を元に戻せない。
机に突っ伏してしまう。
眠い。
「いや……でも……そこにベッドがあるんだし……」
しかしぼくの体は言うことを効かず、お休みモードへ入っていく。
もう指先一つも動かせない。体を起こすことなど不可能だ。
懸命に眠気に抗ったものの、もう駄目だった。
「…………」
ぼくは、気を失うかのように眠りこけた。
パソコンの画面も、投稿後のページを映したままだった。
九
ぼくは、深い眠りの中から目を覚ます。
夢を見ていた。ぼくは、まどろみの中を途方もなく彷徨っていたのだ。そこはどうしようもないほどに真っ暗だった。ぼくはそれが不安で、ただどこかを目指して走っていた。当て所もなく、走ることだけに必死だった――暫く走ると光が見えだした。ぼくはその光を頼りにして道標を定めた……、その時から、ぼくの心には不安が無くなった。勇気だけが沸いて出てきていた。
「うん……」
突っ伏した状態から起き上がる。無理な体制で寝ていたので体の節々が痛い。慎重に体を起こす。
寝ぼけている頭が徐々に覚醒していく。
「……あっ!」
ぼくは、小説を完結できたことを思い出した。そしてそれを投稿したことを思い出した。
パソコンのモニターに目が行く。
投稿後のページを今もなお映していた。
「ん……」
頭痛のする頭をしっかりと起こして、現状を再認識する。
「ええと……。ああ。そうだ」
――終わったんだ、ぼくの戦いは。
そのことにぼくは安堵して、椅子に凭れかかった。
腹の底から溜め息を吐く。
それから、
「…………」
と沈黙する。
……どうしようかな?
……別にいいかな?
……でも見てみたいよな?
……ご褒美ってことで、いいかな?
「ええい」
堂々巡りを鬱陶しく思ったので、ぼくは、評価を見ることにした。
一人で戦ってきて、一人で走ってきたのに、やはりそこだけは気になるのだった。
せめて、という思いが胸の中で大きくなる。
ぼくは、そうしてブックマークから『ホーム|ユーザページ』をクリックして、ホーム画面に飛ぶ。
そこには、異変があった。
「ん?」
ぼくのホーム画面に、見慣れない文字が現れていた。
というか初めて見る文字。
「なんだ? えっと……」
まだ頭が呆けているから、ぱっと見ではそれを認識できなかった。
意識して、文字を読み上げてみる。
「感想が……、!?」
書かれました。
「あ? あ!? なんだ!? なんだなんだこれ!?」
ぼくは動揺する。
自分のホーム画面。『重要なお知らせ』と書かれてある左の欄にその文字はあった――赤い文字で『感想が書かれました』と。
頭が認識を開始する。
現状を把握する。
感想が……感想が……感想が……書かれ……書かれ……ました……書かれました……感想が書かれました……!
感想が書かれました――!
「うううううう……!」
頭で理解して――突然、お腹が痛くなった。緊張が最高潮にまで達してしまい胃が熱くなった。
感想、その事に意識を持っていかれた。強烈なくらいに持って行かれた。
感想、その一つだけに全意識が集中される。
ぼくは目を擦る。
見間違いではないだろうか?
けれどもはっきりとあった――『感想が書かれました』の文字。
その文字の上に矢印を乗せると――どうやらそこへ飛べるようだ。矢印が手に変化した。恐らくその感想を見られるところへ飛ぶのだろう。
「…………」
手が震える。
――どうする?
「どうするったって……」
見るしかないだろう。
感想が書かれたのだ。それを見ないわけには行かない。
しかし……不安が募ってくる。いったいどんなことを書かれたのだろう? 寝落ちしたせいでだいぶん時間が経ったから、最終話まで読まれていても不思議ではない。もしかすると最後まで読まれた上での感想かもしれない。最終話付近・一気呵成で書いたところに何か不備があったのだろうか? 勢いで書いてしまったから、誤字・脱字があったのだろうか? それともストーリーに何か矛盾やご都合主義があったのだろうか? 何か、良くないことを仕出かしてしまったのだろうか?
いや――もしかすると誉められるかもしれないじゃないか。何をそんなに弱気になっているのだ。見るまで何も分からない。恐れるな。びくびくするな。見ればいい。それで全てが分かる。
「…………」
ごくり、と固唾を呑む。
どちらだ――賛か否か、どちらだ。
覚悟を決める。
ぼくは、『感想が書かれました』という文字をクリックする。
そうすると『書かれた感想一覧』に飛んで、そこには、
「――ッ!」
ただ一言、
『面白かったです』
と――
「…………」
書かれていた。
そう書かれていた。
一言、ただ一言、そう書かれていた。
面白かったです――そう書かれていた。
「あ、あ、あぁ……」
頭の中で何度も反復される。
体が無意識に打ち震える
何? 何? 何? 何? 何?
何? 何? 何?
何?
面白かったです――
そう、書かれていた。
「あ――」
ぼくは、それを読んだ。
「面白かったです。……」
そして――
「あ……。ああああ……。ああああああああああああああぁぁぁあぁ……!」
体の力が抜けた。
報われたような気持ちになった。
成し遂げたような、辿り着いたような気持ち。
「ああああああああああああああああああああああああぁぁああああああああぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁ……っ! あああああああああぁぁぁああああぁぁぁぁ……っ! あああ……っ! ああああぁぁああぁぁぁ……っ!」
嬉しかった。
単純に嬉しかった。
嬉しくて――涙が出てきた。
ぼろぼろと大粒の涙が零れ出てきた。
止まらない、止まらない、止まらない。
止めることなんて出来ない。
泣くがままに泣く。
放心して、赤子のように泣いた。
「あああああああああぁぁあああああぁぁぁああぁぁぁぁぁ……っ! ああぁぁぁあぁぁぁぁ……っ! あああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!」
――なんて嬉しいんだ。
ただ、ただ、一言だけなのに。
こんな、こんな、ことだけで。
涙が溢れ出て止まらない。
嬉しくて仕方がない。
感想を書かれたことが――嬉しくて仕方がない。
「う……っ! ううぅぅ……っ! うううううううぅぅうううぅぅぅうぅ……っ!」
もぎ取った。
ハッピーエンドをもぎ取った。
自分の手で――ハッピーエンドをもぎ取った。
ぼくのもの、誰が見てもぼくのもの。
この結末は、ぼくだけのもの。
なんて素晴らしい。
すごく誇らしい。
全てが報われた。
自分の力で乗り越えた。
満たされた。
辿り着いた。
ここがゴール。
ぼくの思い描いた結末――それを認められた。
嬉しい――その言葉しか出て来ない。
「嬉しい……! う、嬉しい……っ! ううぅぅううぅぅぅ……っ! 嬉しい……っ! 嬉しい嬉しい……っ! う、ああああぁぁあああぁぁぁ……っ!」
書いてきてよかった。
走ってきてよかった。
ぼくを選んでいてよかった。
ぼくのために書いてきてよかった。
苦労が――全て報われた。
無駄じゃ――無かった。
感動だ。感動だ
これだから小説はやめられないんだよ。
本当に、本当に、
「書いててよかった……」
ぼくは満足感に浸った。
十
後日。
友達と一緒に登校しながら、ぼくは話す。
「連載してたやつ、昨日で完結したよ」
「え? マジで? 第21話を書いてたんじゃなかったのか? 第24話で完結のはずだろ?」
「うん。一晩で一気に四話分書いてさ、最終話までいったんだよ」
「おわ。すげえなおい」
彼は驚いたように目を見開いた。
それから言う。
「それ文字数どれくらいまで行ったんだ?」
「ええと……確か二万五千文字くらいだったはず」
「二万五千!? それを一晩で!? ……はー。とんでもねえな」
「ぼくもびっくりしたよ。でも実際に出来たんだから、人間って凄まじいよね」
彼は、ううんと唸った。
ぼくは言う。
「それでさ、感想を貰ったんだ」
「お。マジか。何て?」
「面白かったですってさ」
「おお。そりゃよかったな」
「うん。とても嬉しかったよ」
一人で書いてきた小説だったけれど――いざ誉められると、やはり嬉しいものがあった。
自分のこれまでを肯定されたような気持ちだった。
「やっぱし小説を書くのっていいもんだよね」
「だな」
「連載してたやつは完結させたけど、また新しいものを始めようと思う」
「おお。そりゃ楽しみだ」
ぼくと彼は少し笑った。
それから彼は言う。
「俺も頑張るかなー。新しい話を書くのにちょっと詰まってさ、筆の進みが悪くなっててどうしようかなーとか思ってたけど、お前を見てたらなんかやる気が出てきた」
「そうかい。そりゃあ何よりだ」
ぼくの影響で誰かが前へ進んでくれたら、これ以上の嬉しさは無い。
彼は言う。
「んで? お前は次どんなものを書くんだ?」
「どうしようかな――まあ暗い話ばかり書くのもどうかなってこのごろ思うようになってきたから、ちょっと明るめの話でも書いてみようかなと思う」
「へえ。そりゃいいな。俺好みのものでも書いてくれよ」
「残念。そのお願いは聞けないね。他人に合わせるなんて事、ぼくには出来ないんだよ。ぼくらしさを押し出した上で明るい物を書いていくつもり――だからまあ、相変わらずチートもハーレムもトリップも無しでやっていくつもり」
「なんだそれ。それで大丈夫か?」
「いいんだ。そうやって吹っ切れたからこそ、自由に書くことができたんだから」
「ふうん……。なるほど。好きなように書く、か。俺も肩の力抜いてみっかな」
「その方がいいと思うよ」
ぼくらは校門へと入っていく。
靴を履き替えて、別々のクラスに行く。
その別れ際、ぼくらは言った。
「それじゃあね」
「おう。新しいやつ楽しみに待ってるぜ」
「うん。ぼくもまた頑張るよ――だから君も、頑張れ」