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AKAーアカー

作者: 薄荷。

あらすじの「右も左も」は、右から読んでも左から読んでもAKA、という意味も含んでいます。

少女は「赤」が嫌いだった。「赤」はいつも私を…。


***


少女は赤い夢を見た。赤の他人に囲まれ途方に暮れる夢。


少女は次の日も赤い夢を見た。ずっとずっと、赤信号のままの夢。


少女はまた次の日も赤い夢を見た。赤りんごを食べて、永遠の眠りにつく夢。


少女はその次の日も赤い夢を見た。赤い嘘に押し潰される夢。


ああ、もう、なんか。慣れた。


いっそ赤なんてなくなってしまえばいいのに。少女は強く強く、そう願って眠りについた。


***


「……ん」


鈴を転がしたように甲高い、けれど心地よい鳥の囀りが耳に入ってくる。少女はそれに耳を澄ませて、ゆっくりと目を開けた。


……なんだろう。違和感がある。


目の前の白い天井に、まだ焦点の合わない瞳を這わす。変わりない、白色のはずなのに。


少女はまだ覚束(おぼつか)ない身体を持ち上げ、髪を掻き上げる。そして何気なく手のひらを開いたり握ったりを繰り返しながら、ふと、視線を移した。


あれ。なんで。色が。


少女の目の前には色褪せた手のひらが写っていた。否、手のひらだけではない。それ以外の身体の部位も、パジャマも、寧ろ部屋全体、全てが色を失い、白黒の世界が広がっていたのだ。


え。……なぜ?


少女は血の気が失せた表情でその事実を呆然と眺めていた。寧ろ、眺めることしか出来なかった。そして誰からの回答も来るはずのない無意味な疑問を頭の中でクルクルとひたすら回転させる。


「これも、夢?」


そうだ、きっと、夢。


ようやく出した答えで無理矢理自分を納得させて、少女は立ち上がった。触れるもの全てに、色がない。まるで白黒写真だ。


男性に、色のない夢を見る人が多いという。色はその人自身の想像力の豊かさを表すのだと。ならば、すなわちそういうこと?


ぼんやりと机の上のりんごをモチーフにした写真立てを手にとった。震える指先がりんごのへたから実にかけてゆっくりと滑る。そのりんごは、闇の奥底のように真っ黒だった。これは夢ではないのだと、絶望を意味しているのだと嘲笑うかのように。


それから少女は暫く家の中を巡回し、恐る恐る、真っ白な玄関の扉を開いた。


空も建物も地面も。相変わらず色はなかった。まるでカンバスの絵の具だけををティッシュで吸い取られたかに錯覚するほど寂しい景色だった。白か黒の車が少女を忙しそうに追い越してゆく。とりあえず突き当たりまで進み、ある地点でぴたりと足を止めた。


あ、信号。


信号に色がないのだ。白が青で、黒が赤?それとも逆?少女は迷う。このまま進んでも構わないものか。


「りんごが黒かったのだから、黒が赤よ」


そう自分に言い聞かせて足を踏み出すと、車の悲鳴が少女の耳朶を劈いた。


「あぶねーだろ!」


運転手の怒鳴り声に足が竦んでその場にへたり込んだ少女は、それでも顔を向けた。


目を疑う。

人間が、真っ黒だった。


「さっさとどけ!急いでるんだ」


車のエンジンが少女を責め立てるように轟くとともに、数人の人が駆け寄って来た。彼らも同様に、真っ黒。


「大丈夫?ケガはない?」


こくりと頷く。


「ああ、なら良かった。事故にあったのではと思って“とても心配していたんだ”」


口々に言う。見知らぬ彼らの安堵の表情が伺えた。その声は黒かった。


「さぁ、立てるかい。きちんと前を見て歩くんだよ」


前なら見てる。ただ、色がないだけで。


そして何事もなかったかのように、また車が行き交い、人々が交差する。


状況を飲み込めるまで数分かかった。


驚いた時に立て膝になったからか、膝小僧が今になってチリチリと痛み出す。視線を落とすと、膝から黒い液体が溢れて滴っていた。


掬い取って間近で眺めてみる。鉄臭い匂いが鼻を掠める。


そして、気づいた。


私が「赤」なんていらないと願ったから……?だから、こんな白黒の世界に。


でも、そうしたら何故、赤だけが消えるだけで済まなかったのか。


少女は考える。ただただ、考える。


わからない、わからないわからないどうして。


「ね、赤は大切でしょう?」


不意に後ろから能天気な、けれど芯のある声音が響いた。声色から察するに幼い少年のよう。はっと少女は視線を声の主の方に顔を向ける。誰もいない。きょろきょろと辺りを見回しても、あるのは白と黒の風景だけ。


「教えてあげようか? まずはヒントから。赤は三原色なんだよ」


楽しそうな声色が少女の両耳を刺激する。


三原色?だから?


意味がわからず首を捻る。


「わからないの?じゃあもう一つ。赤、青、緑は三原色なんだよ」


うん、だから、それが何だと言うのだ。


「そして僕は、確かに君の願いを叶えた」


……まるで意味がわからない。さっきから彼は一体何をいっているの?


少女はいよいよ問いかけようと口を開いた、と、同時に。


「あ」


もしかして、そういうこと?


三原色である「赤」を消したから、色などそもそも存在しなくなったと。つまりそういう……?


「わかってくれたかな?」


わかる。わかるけれど、わからない。


私は赤が嫌いで、赤などなくなってしまえば良くて、これは夢で、赤が消えて、それで、それで……。それで?


思考回路が混線して、うまくまとまらない。……て、あれ、今私は何を考エテイルンダッケ?


「理想の世界を楽しんでもらえたかな?」


わからない。私は楽しめていただろうか。思い出せない。それでも、赤ばかりの夢よりはマシだ。


私はまたこくりと頷く。


「……そう。良かった」


その瞬間。


ゴッ。


頭から鈍い音が聞こえた。遠くの方で、カラカラと硬質な響かせて転がる太い鉄パイプが見えた。そしてじんわりと熱い何かがそこから溢れ出てくるような、そんな感覚に少女は無意識にそこを手で押さえると、再び目前に手のひらを持ってくる。


これは何。


何がわからないものが頭の奥から溢れて、そのまま少女の身体は地面に吸い寄せられるようにパタリと倒れこむ。


だめだ。何も考えられない。


少女の顔は、鼓動を打つ度に零れ出る黒い飛沫と、じわじわと広がる黒い海に浸されていく。


何だ、これは。


頭が熱くて、身体が寒い。


「願い、確かに叶えたよ。その代償は大きいけれどね。あ、そろそろ赤が恋しいだろう。元の世界に戻そうか」


赤……?ソレハ何?願イッテ何?


口に出そうと思っても、少女の唇は力なくわずかに震えるだけだった。


パチンと指を鳴らす音だけがやけに大きく響き、いっきに視界が色を取り戻す。眩しいほどの鮮やかな色彩に、少女は思わず目を細める。


ああ。この液体、真っ赤だなぁ。


少女は微睡みの淵で静かに思う。

また今日の夢も赤かったなぁ、と。


「……まぁ夢じゃないんだけどね」


時が止まったかのように眠りにつく少女。その身体は全く動かない。その周りの「赤」は少女を埋葬するかのように今だ広がりをやめない。


ああ。「赤」は私をいつも、苦しめ続けるのだ。


伏線?

黒い人間→赤の他人

黒い声→真っ赤な嘘

黒い液体→赤い血

黒い信号→危険(赤信号)

黒いりんご→毒(白雪姫の赤いりんご)


(赤が)なくなる→(少女が)亡くなる


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