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悪戯  作者: 長谷川準
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祖父の死

可哀そうなことに私の書く物語は、とある青年の祖父が亡くなった時の話である。よくある話なのです。許して下さい。祖父が亡くなったのは、青年が高校三年生の時。季節いつであろうか。寒い訳ではない。逆に暑かったという事もない。春か秋である。私のジャンクな小説では季節を未定に進めよう。もっぱら私の書く物語に季節など絡めるほどの風情はない。勝手に在り来りな手続きを経て、小説を書こうとしただけである。では、戻ろう。青年が授業を終えて帰宅すると、母親に祖父が危篤と聞かされた。青年はひどく驚いた。何故なら、祖父は脱肛で悩んでいたのであるから。脱肛が転じて、いきなり危篤とはおかしい。

「え、なんで?」薄情者の青年も流石に箸を止めた。青年は夕食を食べていた。

「手術中の事故みたい。難しい手術と言われて、それを承知でやっていたから」さらっと答えた母は運命をすでに受け入れている。いや、むしろ祖父の死に悲しみなど感じていないのかもしれない。そんな母が少し恐ろしかった。そこから青年の正義感が騒ぎだす。

「それ医療ミス?」

「んー、成功率の低い難しい手術だったし、もしそうだとしてもカルテとか証拠になるようなものは全部向こうにあるから追及するのは無理だよ。」ああ、母親はもう諦めている。諦めているというと少し酷か。受け入れているのだ。祖父は死んだ。それ以下でもそれ以上でもない。そんな母親に憤りを感じ、医療ミスの疑いを捨てられない。ふざけるな。脱肛を抱えていたとは言え、元気に生きていた祖父が一夜にして死ぬなんて。納得できない。誰かに縋りたかった。法的手段に打って出るべきだと、気取ってみる。青年にできることは一つもない。本当に一つもないのだ。正義感を奮い立たせることが青年にとっては快楽であった。祖父の死を受け入れられない、祖父の命を奪った病院が憎いなど一切思っていない。作者は今寒気がした。これほど薄情で阿呆な青年がいるのだろうか。いや、この青年は以前の作者でもあるし、普通の青年なのだ。そう我慢して、先に進もう。父親は病院に行っているらしい。仕事を早退し、ずっと病院にいるようだ。青年の夕食を済ませて、弟と母親と病院へ向かう。息子2人が帰宅し、夕食を済ませたら病院へ向かう予定だった。弟はどう感じているのだろう。学校が忌引で休めることに喜びを感じているのは確かだ。青年もそれを感じているからだ。祖父の死をどう受け止めているのだろう。考えても分からない。顔を見ても、やけに真剣な顔をしている。私立病院まで夜の道を車で進んでいく。車内にはいつものCDがかかっている。母の好きな歌手がしんみりと初恋を歌う。

「明日学校どうするの?」いきなり弟は声を出した。やはり、こいつは休学の喜びを考えているのだ。

「明日お母さんから学校に連絡しておくから」

「うん」

会話は終わった。車内は静かだ。間違って欲しくないのは、まったく車内に気まずい空気はないの。ただなんというのか疲れているのだ。病院に向かうのが億劫なのだ。家で普通にテレビを見て、ぐっすり眠りたいのだ。祖父の死に対して落ち込んでいるのではない。母はただ黙って運転をしているだけ。弟は黙って暇と闘っているのだ。青年だけが独り被害者を努めて演じている。ここで被害者と書いたのは、医療ミスによって祖父の命が奪われたと悲劇に浸っていたからである。押し黙って、人の死に対峙している自分に酔っていたのだ。その時には既に葬式ではどう振舞うべきかを考えていた。高校生になり、久し振り会う親戚に大人になった自分を見せなければいけない。壮大な大人ごっこが始まるのである。それが少し楽しみだった。三年ほど前に祖母が亡くなった。その時の葬儀が初めてであった。全てが初めての経験であった。今度は何かと作法を心得ている。大人としての振る舞いをしなければならない。親戚たちは言うだろう。

「大きくなったね」

「大人らしくなったね」

「どこ大学目指しているの?あら、凄いじゃない」

と、口々に褒めてくれるだろう。謙遜しながら噛みしめる喜びが頭に浮かぶ。なんと愚かな事だろう。祖父の死への悲しみよりも、親戚にちやほやされる喜びで頭がいっぱいなのである。それも祖父が危篤となり、病院へ駆けつける車の中で。罰当たりな青年だ。そうこう想像している間に車は病院に着いた。

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