表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人獣見聞録・猿の転生Ⅷ 終わりなき夜に生まれつく  作者: 蓑谷 春泥
第3章 ヘイトフル・エイト
33/33

エピローグ 燃える海原

「やれ、なかなか骨の折れる仕事じゃったわい」

 宮廷の扉を開け、ワンニャンアグダがどっかと腰を下ろす。「八尺瓊勾玉……、あれはかなりの代物だぞ。さすがは古代文明の力というべきか……」

「ご帰還されましたか。アグダ様がそれほどの負傷をされるとは珍しいですね」

 六将軍の一人が隣の椅子に腰かけた。アグダの片腕は手ひどい火傷に覆われており、左手の指が二本ほど欠けていた。既に治療を受けた後のようで、厳重に包帯が巻かれている。アグダは気にした風もなく豪胆に笑った。「また死に損なったわ」

「余命いくばくもないというのに、剛毅な方です」

「くく、老いや病で死ぬなどなんとも詰まらん……。戦場で死んでこそ本望。そのためにこの戦争に参加しているというのにな……。四大君(したいくん)の連中、まともに出てこようとしない」

「それは、国のトップですから……、おいそれと最前線には出てこないでしょう。アグダ様くらいのものです」

 将軍は青い長髪を耳に掛け、冷たい赤の瞳で問うた。「それで、それほどの実力を認めたとあらば……、次はジパングと戦争に?」

「くく、それも面白いが、約束もあるのでな……。楽しませてくれた例だ、それくらいは守ってやらねばな。ちょうど戦争も均衡状態に入って退屈していたところだ……、ジパングは起爆剤として使い、四大君の奴ばらを戦場に引きずり出す材料として利用させてもらおう」

 それに兵器に殺されるのでは詰まらんからな、とアグダが顎を撫でる。

「時に、八尺瓊勾玉レベルの攻撃をどうやって凌いだのです? 大将軍と言えども、あれほどの熱核攻撃が直撃して耐えられるとは思いませんが」

「ふん、直撃しなければいいだけのこと。衝撃波を撃ち出して遥か上空で爆発させてやったのよ。もっともその効果範囲は想定を遥かに超えていた……。衝撃は儂の攻撃で相殺したが、あの熱波は、奴がいなければ防げなかったかもしれん」

「奴とは?」

 興味無さげに将軍が聞いた。アグダはにやりとして答える。「クラマノドカ=スコルピオ……。貴様もよく知っておろう、クロウ」

 ホーガンクロウ=スコルピオの眼が見開かれる。機械に覆われた左の目と、火傷の痕が続く右目が。人工心臓の格納(はい)った胸を義手で抑え、何かを思うように低く呟く。「……(あね)様」



 修築の済んだ議場に、招集された貴族たちが(ひし)めいていた。帝が起こしたとされる事件と彼女の捕縛については既に周知されている。帝王の座の代替わりに際し多くの有力な貴族たちが証人として呼ばれていた。サガに関する噂が周囲ではひっきりなしに囁かれている。その中には、サガの陰謀を暴き元老院会議への襲撃を撃退したアテネへの賛辞も含まれていた。

「世間はアテネを英雄視する風潮に流れているようだね」 

野風連の代表として、ドストスペクトラと外道法師も貴族たちの中に混じり議場の中を観察していた。負傷や逮捕などで欠けていない数人の元老院たちは中央の長机に鎮座している。ましら不在の場合代理として参加を許可されていたスペクトラたちがそこに座っていないということは、ましらや帝を匿っていた件についての追及は終わっていないという無言のアピールであるだろう。

「当の本人は、まだ来ていないようだがな」

スペクトラは低く呟き、議場の中央を睨んだ。二つの長机に挟まれる形で玉座がある。いつもとは違いレースの垂れ幕は開けられている。背景にはわざわざ移動させられてきた三種の神器が並んでいる。正当な王朝の証。「戴冠の儀」に必要なものだからだ。

儀式の進行役を任されたレーウェンフックが声を張る。「春宮様のご入来です」

場内から小さな感嘆が漏れる。暗幕の内側から盛装をした春宮が歩み出、その後ろに着飾ったアテネが付いて出てきた。元老院たちが立ち上がって跪く。

 一同を見渡し、アテネが中央に進み出る。しんと場内が静まり返った。

「皆さまもご存じの通り、(きん)(じょう)(てい)サキ陛下は朝廷を陥れ、我が国を未曽有の混乱に招き入れる事態を引き起こしました。事態の重さを鑑み、元老院と皇族殿の協議の元、サキ帝から春宮様への譲位を促すことと相成りました。サキ帝は太政帝王として新たな『御住処』へと護送されている最中(さなか)であります。そのためご不在と相成りますが、既にしてサキ帝の快い承認は得られていることをここに証明いたします」

帝の署名と血印の押された書状を、脇に控えたレーウェンフックが掲げる。

「正式な即位の証明として、ここに『戴冠の儀』を執り行います。春宮様、前へ……」

 肯き春宮が中央へ進み出る。侍女がアテネの下へ、覆いを掛けられた品物を届ける。布を取り払うと、皆が息を飲んだ。中からは盾と矢と剣の意匠が凝らされた、巨大な宝石のちりばめられた儀式用の宝冠が現れていた。

 アテネはそっとその王冠を取り上げた。目で促すように春宮を見る。春宮がアテネの前に進み出、跪いた。

 アテネがその春宮の頭にそっと王冠を授ける。それから人差し指と中指を伸ばした右手を、春宮の両肩に交互に軽く載せた。「獄門院ヘルダーリンの皇子(みこ)にして今上帝サガの後継者。全貴族を代表し、貴公を我が国ジパングの国王として承認します」

春宮が静かに頭を下げ、答える。「拝命する」

拍手が議場を包む中、春宮が静かに立ち上がる。議場の窓を通り越し、不安げに遠い空を眺めた。


 同じ空を、遠く城下の外で彼女も眺めていた。

 南へと続く道を、複数の護衛に囲まれた馬車で下りながら、サガは御簾の内で想いを馳せる、今頃、春宮は戴冠の儀を受けている頃か……。

 馬車の薄い壁にそっと頭をもたせる。長く連れ添った忠臣・シェクリイは死んだ。腹心であったイタロ=ヴァルゴーも、獄に繋がれたまま刑を執行されたと聞く。頼みの綱のましらも、あの後『空中楼閣』へ収監されたらしい。カミラタや他の反アテネ派の元老院たちも同様に、既に監獄へ移送されているはずだ。風の噂に、移送中の脱走の話を聞いたが、どこまで信用できる話かは分からない。

 そっと胸をさする。心臓は破裂していない。アテネの出した代替案は上手く行ったらしい。獄門院との契約を誤魔化し、春宮への早すぎる譲位を実現して見せた。とはいえ、不安定な仮の策だ。実質的に契約は破られている。いつ血の契りの判定が覆り罰則が執行されるか分からない。

 だがそれでも……。サガは思う。今のアテネにしては甘い対処だ。裏にリンボもいるとすれば猶のこと。

 帝は御簾を透かして天を仰いだ。これも天命か……。全てを喪った。しかし……、まだ春宮がいる。たとえ傍で見守ることは叶わずとも、生きながらあの子の成長を見届けることができるなら、それは……。

 目を閉じて呟く。

「生あればこそ、か……」

 突如として轟音がとどろき、馬車が慌てたように停まる。

「……?」

護衛人たちの叫ぶ声が走り、外が喧騒に包まれる。剣の鍔迫り合う音と悲鳴が続き、辺りは静寂を取り戻した。御簾の上端に切り込みが入り、ひらりと幕が落ちる。武装した落ち葉色の葉鎧の男が立っていた。腕から伸びた枯葉のような葉刃が紅く血に染まっている。サガが言葉を失っていると、鎧の男が脇に避け、横から緋色の着物に身を包んだ女が現れた。「どうやら互いに……」クラマノドカが、含みの無い声音で続ける。「厄介な身の上になったものじゃのう。サガ」

「クラマ……」

 サガは呆けたように意外な訪問者を眺めた。それから全てを悟ったように肩を揺らして笑った。

「そうか……。そう上手い話があるわけもないか。当然と言えば当然だな。ここまで朝廷を追い詰めたあのアテネが、こんな甘い処置で終わらせるはずがない」

 仇敵であるはずのサガを前にしながら、妙に落ち着いた表情で、クラマはサガを見返した。「不思議なものじゃの……。おぬしを前にすれば、(ヱビス)を灰にしたぬしへの恨みも憤りも沸いてこようと、思ったものじゃが……。復讐の愉悦も感じぬ。今は奇妙な連帯感さえ覚える」

 クラマとサガ、対立したはずのかつての叛逆者と権力者は、狭い箱の中で向かい合った。

「皇帝とは因果な役割よの。これもまた結果じゃ、帝」

クラマがサガの前に手をかざした。豪火が馬車の中を熱く照らし出した。



「さて……」

 松明の火が議場を再び照らした。「春宮……、いえ新たな帝はまだ御幼年。成人も迎えられておりません。政務を執るにはいささか若すぎるように存じます」

 アテネが同意を求めるように議場を見渡す。「新帝には後見として職務を補佐し、お支えする者が必要である。そうは思いませんか?」

 たしかに、致し方の無いことだな。そういった声がちらほらと漏れる。場内の賛同的な空気に満足した様子でアテネが微笑む。「それでは、陛下に帝としての最初の仕事を務めていただきましょう」

 帝が立ち上がり、懐から取り出した書状を広げた。「『私、ジパング皇帝は、元老院と皇族殿の代表らによる承認を以て、政務後見人・摂政としてアテネ=ド・カプリチオをその座に任ずる』」

「まさか!!」スペクトラが低く叫ぶ。法師も虚を突かれた風に目を見張る。喝采の承認の拍手の中アテネが低くお辞儀をする。「謹んで拝命いたしますわ」

 暗幕の内からわらわらと6人の男女が出てくる。三人の八虐にエルモリア、その腹心ドクロリと、副隊長……。「我々はここに新体制の発足を宣言します! 彼らを新たな最高幹部会『勅撰衆(ちょくせんしゅう)』として採用し、各要職の長官に任命します。出自や階級には一切囚われない実力主義の改革、一部の特権階級に対する既得権益の奪い合いを終わらせ、能力のあるものが公平に政治へと参加できる新たな朝廷を実現する。長者の家系に生まれなかった者にも平等にチャンスが与えられるのです」

悠然と言ってのけて、アテネが告げる。

「これは口先だけのマニュフェストではない。手始めに摂政の権限を以て、特別勅令第一号として、議会の解散と元老院制度の廃止をここに命じる」

 元老院たちが立ち上がる。「承知いたしました」

 騒然とする議場を前にアテネは口角を歪める。

「……これで終わりではありません。先だって我が国への領土侵犯を侵した汎国から、和議の申し出があった。関係修復の証として、両国の対等な条件での同盟を結びたいとも」

 超大陸四強の一角からの類を見ない好待遇に、貴族たちはさらに色めき立った。一介の列島国家にすぎないジパングが超大国と対等に肩を並べる条約など、ジパングの有史以来例のないことであった。「しかし私はこれで終わるつもりはない。誇り高きジパングの貴族である貴君らに問いましょう! このジパングが、古代の兵器を有し地底からの未知の侵略者をも退けた我が国が、四強国と『同格』程度で満足して良いものかと!!」

浮足立ち快哉を叫ぶ貴族たちに、アテネは高らかに宣言した。

「我々新朝廷は汎国との同盟を認めるとともに、超大陸戦争への参戦を表明する!!! 同志たちよ、共に往きましょう! 世界を獲りに!!」

 天井が割れんばかりの爆裂的な熱狂が御所を包んだ。ジパングに、新たな夜が訪れようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ