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人獣見聞録・猿の転生Ⅷ 終わりなき夜に生まれつく  作者: 蓑谷 春泥
第3章 ヘイトフル・エイト
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第25話 陰陽師

 すぐ下の部屋に控えていた僧団は、アテネたち元老院一行が階段を駆け下りる騒ぎで異変に気付いた。続けて激しい戦闘音が屋上から聞こえてくるにあたって、僧侶たちは慌てふためいてテラスへと押し入った。

 激しい突風が巻き上がる。僧侶たちの目には、喋る生首と、テラスの外へ舞い飛ばされる近衛兵長の姿、天狗面をつけた山伏風の野風とおよそ尋常ならざる戦闘の光景が広がっていた。何が起きたかは遅れて察せられた。帝の兵が決起し、朝廷を襲撃してきたのだ。

僧都(そうず)! ちょうど良かった‼」すぐ脇にいたアリワラと二人の元老院が指をさす。「あの囚人に呪いをかけろ‼ アテネたちは今や敵となった‼」

「は……」僧都は驚いて指線の先を向くや。(かり)(ぎぬ)のような装束を着た妖艶な姿の男が異様な気を纏い佇んでいる。神祇官サキ。八虐の一人であることはすぐに分かった。

「しかしアリワラ様、八虐は元老院の管理下についたと……」

「その元老院が敵となったのだ! 我らは帝をお守りする‼ お前らもこちらに加勢しろ!」アリワラがいつになく決意を露わにした表情で叫ぶ。「お前たちの主はこの私だ‼」

 有無を言わせぬ叱咤。僧都たちは初めて見る主君の本気に襟元を正した。状況を判断するのは二の次だ。今は主の敵を排除せねばならない。僧侶たちは列を組み数珠を鳴らし呪詛の詞を唱えた。呪いの怨念がサキの肉体を静かに襲い始める。

 サキは風に(かり)(ぎぬ)の裾を揺らしていて静観していたが、つまらなそうに短くため息をついた。白く華奢な指を組む。

 空気が軋む。

一心に呪殺祈祷を行っていた僧侶たちが瞠目し、一斉に血反吐を吐く。ある者は胸を掻きむしり、ある者は頭を抱えたまま叫び狂死した。呪言のざわめきが一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図に塗り替えられる。

「これは、まさか……っ」僧都が地べたに這いつくばりながら血走った眼でサキを見上げる。「『呪詛返し』……⁉ 有り得ない、掌印だけで詠唱も無しに……‼」

「これでも五行寮の元長官ですよ。あなたたちとは格が違います」

 僧都がぎりりと歯を食いしばり、数珠を擦り合わせる手を速めた。(こん)限りの呪詛でサキを呪い殺さんと念じる。その喉から弾けるように血が吹き出、僧都は沈黙した。死体の向こう側でサキが図形を描くように指を切っていた。「これほどとは……! 神祇官サキ……っ‼」

 老婆が杖を振るい喝と叫ぶ。テラスの隅に置かれた大岩が浮き上がりサキを目掛けて飛んでいく。サキは二本だけ伸ばした指を斜めに振り下ろした。巨岩がサキを避けるように軌道を変え、鉄柵へ突っ込む。そのまま柵を破壊して階下へと落ちていった。

「この程度、私には造作ないことですよ」

 かがみこんで石粒を拾い上げる。掌に数粒掬い取っただけだが、まるで磁力でも帯びているかのように周りの石が滝状になって追いてくる。サキはぎゅっと石粒を握りしめ、片手でそれを振り払った。無造作に払った石たちはそれほどの速さで放ったわけでないのにも関わらず、雷のような速度で老婆の体を蜂の巣にしていた。

 アリワラとズルキフリが怯んだように後じさる。サキが慇懃に言い放つ。

「続けるなら、お好きにどうぞ」



 天狗面は烏のように鋭く鳴いた。シェクリイは驚愕に口を半ば開く。

「崇毒院……、だと? 馬鹿な、崇毒院と言えば、政争に敗れ時の帝王に謀殺された元法皇……。それも60年も前の話だ! ここに居るはずがない!」

「表向きの記録は知っているようだなッ、(わっぱ)ッ! なればその後の逸話も知っていようッ」

 天狗の一喝にシェクリイは眉に力を込めた。

「知っている……、崇毒院は死後怨霊化し、朝廷に災厄をもたらし続けた……! 狂花帯が所有者の死後暴走し凶悪化するケース、その代表例として言い伝えられている。法皇の悪霊はその後、五行寮(ごぎょうりょう)の者によって鎮められたと聞いたが……」

 シェクリイははっとして目を開く。「崇毒院は消滅したのではなく、封印されていた……? 八虐として、空中楼閣に?」

「カッッッ!! なかなか聡いじゃないか。その通りだ。カプリチオ系の狂花帯の暴走によって増殖し憑依する力を得た麿は、肉体の死後朝廷内部で複数の人間に憑りつき、災いをもたらした。しかしそこでサキッ、あの男が現れたのだ!」

 猿天狗はもう一人の八虐の名を出し、怒りを思い出したかのように笹の葉を振るう。暴風が吹き荒れる。シェクリイは刃の山を盾に身を潜める。

「五行寮の新人として配属されたばかりの彼奴は、麿をこの天狗面の奥土器に封じ込めたのだ! 口寄せの面ッ! 死者の記憶と人格を呼び寄せ憑依させる奥土器ッ。怨霊として各所に散らばっていた麿の念を集め、その中に閉じ込めたッ!」

「その面の中で生き永らえていた……。いや、『死にながらえた』というべきか?」

 風が止み、シェクリイは構えていた次弾を放つ。大量の油だ。間を開けず、精製した電流で着火する。瞬く間に炎の波が広がる。

「つまりはユードラと同じだ! 今のお前は崇毒院本人ではなく、狂花帯が生み出したその残滓に過ぎない!」

油をかぶった猿天狗に火のカーテンが襲い掛かる。猿天狗が一声鳴くと瞬く間にその火は巨大な口々に吸い込まれた。猿天狗が両手を組む。

「ッ、なんなんださっきからその口は……。あんたの能力はカプリチオ系じゃなかったのか?」

「カッッ!! まだ話は終わっていない! 麿は面にこそ封じ込まれたが、それで終わることはなかったッ。逆にその面の力を掌握した麿は口寄せをさらに高位の能力へと覚醒させたッ。精神の憑依から肉体情報の憑依へッ! 精神は肉体に引きずられ肉体は精神に応じて変化する……ッ」

 猿天狗が剣山の上を飛び越える。シェクリイが大岩を精製し行く手を阻む……、が、猿天狗は迷わず拳を巨岩へ打ち据えた。

 瞬時に亀裂が走り、岩の盾は八方に四散した。のけぞるシェクリイの目の前で、傷つき骨の剥き出しになった猿天狗の拳が修復されていく。「この力は……っ!!」

「見たかッ!! 麿は記憶のみならず、死者の能力さえも憑依させるッ!! 貴様が相手取るのは、この朝廷に刻まれた死人の歴史よッ!!!」

 猿天狗が目の前に躍り出る。肥大化した巨腕の薙ぎにシェクリイの左腕が粉砕された。シェクリイは片腕を押さえて退く。

「っ……、レオンブラッド族の腕力……! それもゴングジョードやエドオンリ級の……。」

「気付いたかッ……。そうよ、これは当時のレオンブラッド族長の力……!」

 巨腕の右ストレートを槍の柄で受け止めるも体が宙に浮き吹き飛ばされてしまう。シェクリイは遠くの木の幹に激突し喘いだ。

「……そういうことか。口寄せできるのは過去に憑依したことのある人間……。一度一体化しただけあって他人の人格を複製できる。それが口寄せの(から)()り……」

「ククッ、封印の思わぬ効用だっ。無数に増殖し再び一つとなったことで麿の能力は何人力にもなっていた。精神は肉体に影響を及ぼす。口寄せした人格に付随して狂花帯の再現すら可能になったというわけだ。増強した麿の力と現実改変(タウロ族)の仮面の力とが混ざり合ったのだろうっ」

近づけばレオンブラッドの馬鹿力、遠距離攻撃には大口の吸引で対応か……。なかなか隙が無いな。

シェクリイは舌打ちする。「なら……、これでどうだ!」

 無数の槍が宙に精製される。シェクリイはいっせいにその槍を射出した。猿天狗の増大した筋肉がしぼみ再び大きな口々が肉体に現れる。放たれた槍がその中に吸い込まれると一斉にそれらは胡散霧消した。

「なに……⁉ 固形物質まで……?」

 シェクリイは驚きながらも被弾の様子を観察すると、煙を発生させ精製した岩陰に身を潜めた。

 あの口……、一見攻撃を捕食しているようだが咀嚼している様子はない。溶解でもない……。槍たちはばらばらに砕かれることなく口の中で(ちり)のように分解されていった。それに口の中はどこへ繋がっている様子もなく、体内やどこか別の空間に飲み込んでいるようには見えなかった。口は吸引のための器官……?

 煙の中でシェクリイは分析する。この特徴……、聞いたことがある。超大陸四強国『ツンドラ』の武官ビャオシェフスキ。数十年前の古強者だが、過去に一度ジパングへの使節の一員として来訪した記録があったはずだ! 滞在時期が崇独院の霊障騒ぎとかぶるなら、院に能力を盗まれていてもおかしくない。

 過去からの刺客に対してこちらが優位に立てる点は、情報の差だ。過去の兵士……、それも俺に通用するレベルの精鋭ともなれば、その逸話は語り継がれている。能力のタネもある程度割れているというものだ。ビャオシェフスキの力は確か量子器官による因果逆転の能力……! 狂花帯由来の精製物を、それが生み出されるまでの状態に遡り分解・消失させる……。ジパングにはいないサジタリオの特殊能力だ。……くそッ、分かったは良いが相性は最悪だ! 俺の力はまさに物質・物体の精製なんだからな……。

 シェクリイは岩陰から顔を覗かせ槍を握りしめる。こうなったら接近戦に掛けるしかない……。増殖器官(レオンブラッド)なら相性敗けということはない。敵が筋肉太りしたところをスピードで攪乱して一撃……! 精製物でない通常の槍ならば攻撃も通るはずだ。

 煙の中から相手の居場所を視認しようと、シェクリイは目を凝らす。突風が吹いて煙を攫っていった。

 奥土器も厄介だが……、これは(むし)ろ好機! このまま行く……!

 シェクリイは飛び出す。幸い岩の目隠しもあって向こうはまだこちらを探せていなかった。「喰らえ‼」

 懐に飛び込んでの一撃。槍は猿天狗の胸に深々と突き刺さり……、そのまますり抜けた。

「何っ⁉」

 まばゆい光に包まれたかと思うと、そのままシェクリイも向こう側に通り抜けていた。霊体化? 幻覚? それとも大口に呑み込まれたのか? ……いや違う。

 思い当たる能力にシェクリイは即座に身構えた。猿天狗が指先から放った血滴が閃光になる。瞬きの内に光線がシェクリイの体を貫いていた。

「ぐぅッ……!!」どうしようもない呻き声を漏らしてシェクリイは膝を付く。この力、覇権を掛けて何度もその噂を耳にした……。「ザフラフスカ……!!!」


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