第24話 血戦
「ましら! お前はルジチカ内親王を相手にしろ! こいつは俺が仕留める! お前らは帝をお守りしろ!」
シェクリイは即座に全体へ指示を出し正面に相対した天狗面の野風に突っ込んでいった。10人近くいる近衛兵のうち四名ほどは帝を取り囲んで戦闘域の外れまで後退させた。テラスは御所の右舷にある高層棟の屋上に位置している。下は人手不足のため駆り出されている警察隊の巡視でいっぱいだ。下手に撤退すれば副隊長含む精鋭たちに捕捉される可能性がある。それよりは俺やシェクリイの目の届く範囲で戦闘に巻き込まれないよう控えてもらうのが良い、とシェクリイは判断したようだった。実際帝の護衛に付いた近衛兵たちは防御に特化した使い手のようだった。電磁波のシールドや鉱石の壁を一部に作り蜃気楼の迷彩で帝の姿を隠した。一応、心置きなく戦って良さそうだ。
シェクリイと天狗面は早くも激しい戦闘を始め、テラスの中心部は既に壊滅し始めていた。
……俺もアテネを追わなければならない。そのためにもまずは……。
目の前には女が二人。一人は元皇后とか呼ばれていた内親王ルジチカ。もう一人、は年若い20代半ばくらいの、ドレスに身を包んだ令嬢。どちらも八虐だ。令嬢は、黒に薄い紫の混ざった巻き毛、を優雅に手で払いのけ、ルジチカに譲るように脇に退いた。
「なんぞやらんのか? 小娘」
「私が興味あるのはあの殿方じゃありませんわ。どうぞ彼の本性をさらけ出していただければ、そこからは私がやりますの」
「后妃である我に尖兵を務めよと申すか、汝。近頃の公家は皇族への礼節を弁えぬな、アンドロシー」
「言っても皇族の血統ではありませんのでしょう? 貴女」
アンドロシーと呼ばれた令嬢はそう言ってのけると、こちらに不気味な光を帯びた目で微笑みかけ、ひらりとテラスの梁の上に飛び移った。ルジチカが溜め息をついてこちらに歩み出る。
「なんぞ変わった気配の公卿ぞな、もし」
ルジチカはこちらに警戒した様子もなく躊躇なく距離を詰めてくる。こちらの拳の間合いの少し外側で立ち止まると興味深そうに首を傾げて俺の周囲を回った。
「瞳や肌の風合いが他の者と違うな。僅かだが……。顎にかけての骨格はむしろ野風に似ているぞな。この様な貌の公卿は……、ネヴァモアが一人いたくらいぞ」
俺はその名前に反応した。ネヴァモアは長命の貴族だ。こいつが数十年前に投獄された皇族でも面識はあって当然かもしれない。
「興味深いのう……。そうか、そなた稀人か。大陸か、あるいはもっと特別な場所から紛れ込んだ……。……クク、我と同じよの」
「なに……?」
「ふん、興味が湧いたか? 良きことぞな、命を奪う者はその人間のことをよく知り、そして己を知らしめるべきだ。我はその考えを大事にしておる」
ルジチカはそっと頭の簪を抜き取った。「汝も身罷る前に、我を知ることになる」
簪、だったものがルジチカの手の中でぱっと踊る。光沢の銀の枝が細長く伸びて『俺の喉を突いた』。俺は予知で直前に回避する。素早く手を伸ばし、相手の腕をねじり上げ武器を弾く。それは宝石の粒を纏う金属の木枝だった。金銀銅の光を鋭い刃先に宿す。枝は地面に落ちて重たく反響したが、俺が強く踏み抜くと簪の姿に戻った。
「変わった能力……」
「であろう?」
ルジチカの体が焔に包まれる。俺はすぐさま手を離しすぐ後ろに退った。「『火鼠の皮衣』……、紅炎を纏う奥土器よ。先に使ったのは『蓬莱の玉の枝』。どちらも我を愛した男の成れの果てぞ」
ルジチカは床に転がったティーカップを手に取った。刹那、カップは石づくりのすり鉢に変わりルジチカの手を離れた。俺は右手に如意宝珠を伸ばす。
猛スピードで飛び出す石鉢が俺を襲う。宝珠で弾く。宙を旋回し石鉢が追撃する!
「これも奥土器……! 触れたものを奥土器に変える能力か!」「概ね正しいぞ。御業の細部は己が目で確かめよ」
石鉢が椅子を壊し、跳ねた椅子の足をルジチカが掴む。それはさっき壊したはずの財宝の枝に変わり突き出された。
石と枝の槍……、不規則な軌道、枝分かれした刃の先端を宝珠で弾く。炎の袖を躱す。炎が死角を作る、瞬間に背後へ転移! 素早く宝珠を振り抜くががちりという重い手ごたえが返ってきた。ルジチカの「枝」が背中越しに宝珠を押さえていた。こちらを見もせずに受け止めている。礫が飛んできて俺は地面に弾き落とした。ティーカップに戻り割れる。
「皇族にしちゃ動きが良すぎる。元は平民なんだっけ?」
「農人の出よ。性根優しい翁と媼に拾われ育てられた。時の帝に見初められ宮中に赴くまではな」
幼少期に戦闘を鍛えられた……のか? ……にしては動きが素人くさい。奥土器の効果だろうか。身体能力にバフを掛け反射神経を向上させるとか。「蓬莱の玉の枝」とやらの能力はまだ不明だし。
「どうした? さっきから足が止まっておるぞ!」
「枝」が連撃で繰り出される。連続回避。枝の分かれ目に宝珠を掛けて横にずらす。逸れた刃が容易く鉄柵を穿つ。「! 大した貫通力だな……!」
「この槍に貫けぬ物は無い!」
ルジチカが枝を手放す。と同時に折れた鉄柵の一本を掴んで突き出す。奥土器と化した鉄柵の先は俺の胸を通って背中に突き出ていた。
「……!」
「たった今言ったはずぞ。この槍に貫けぬ物は無いと。汝の頑丈な躰も……、この枝は容易く突き通すわ」
得意げに言い放つルジチカに俺は含み笑いを漏らす。ルジチカが不満げにこちらを睨む。「なんぞおかしなことがある?」
「やっぱ思った通りだ。あんた能力はかなりのものだが……、実践経験は大して積んでないな。今の一撃に……、手応えの無さを感じないとは」
「なん……」
如意宝珠の殴打がルジチカを吹き飛ばし遮る。タイルの上を転がったルジチカが俺の胸に空いた空洞に目を見張る。いや、正確には、
「正確には、胸の手前の空間に開けた穴だ。背後の空間に出口を作り、枝を通過させた。もう少し戦いなれた相手なら、すぐ違和感に気付けたのにな。ご丁寧に反撃の隙まで与えてくれるとは!」
俺は宝珠を閉じると空間掌握の座標を右手の先に設定し、ルジチカに飛び掛かった。「能力頼りでガードもがら空きだ! 炎の衣なら触れられないとでも思ったか⁉」
ルジチカが額に汗を浮かべ懐中から帳面を取り出す。「!」帳面が手の中で虹色の貝殻に変化した瞬間、俺の放った拳は貝殻を閉じる音と共に地面に引き付けられた。「う、お、まず……ッ」
攻撃は不発、に終わったわけではなかった。タイミングを崩され俺の空間破壊の打撃は想定以上の威力でルジチカに衝突した。
打撃は炎を裂き、肉を絶ち、空間ごとルジチカの首に亀裂を生じさせる。ルジチカの目が飛び出さんばかりに見開かれ、喉を引き攣らせ胴から首が刎ねて飛び跳ねた。
ごろごろと生首が足元に転がる。俺は唖然として額を覆う。
「すまない……。ここまで惨い目に遭わせるつもりでは……」
生首の瞼がかっと見開かれる。
「ほう、それはどんな目だ?」
驚く間もなく背後に気配が迫り、俺の背を落雷が貫いた。
〇
湧き上がる旋風に、シェクリイは体が舞い上がるのを感じた。足が地面を離れ、天を下にする。地面に落下している。すぐにそれを理解した。
シェクリイは地面との距離を素早く目で確認し、大量の水を背の裏に精製した。水の塊がクッションとなり衝撃を吸収する。しとどに水を垂らしシェクリイは御所の裏庭に軟着陸した。
テラスのすぐ真下ではなく、少し離れたところまで飛ばされた。帝から引き剥がされた……‼ 状況を冷静に分析し足場を造り出そうと地面に手をやる。
目の前に、ふわりと山伏の姿が着地した。手には両手程の大きさの笹の葉が握られている。風を操っている奥土器だと察せられた。力操作の一種だろう。こちらの攻撃もあれで流された。
山伏は天狗面をこちらに向けたまま不気味なほどに押し黙ったままだった。見かけは野風だが、八虐に収められるほど凶暴な者は聞いたことがなかった。モランくらいか……。相当古い収監者と見受けられるが肉体に老いた様子はない。
「どいつもこいつも永らえやがって。殺せん事情があるから、天寿で死ぬまで封じているというのに……。房がいくつあっても足りんわ、朝敵共が‼」
地面から大量の刃が突出する。攻撃が風に飛ばされるならば、地面から根を張った攻撃を仕掛ければいい!
刃が標的を穿つ。土埃が舞う。刃が確実に突き刺さっているのがシルエットで確認できた。シェクリイは油断なく次の攻撃を用意した。煙が晴れ、近衛兵長は目を凝らす。
突如、煙の中から、甲高い烏のような笑い声が飛んできた。シェクリイは目を疑った。猿天狗の肉体にいくつもの「口」が生え、突き刺したはずの刃たちを喰らいつくしていた。天狗面が満を持したように叫ぶ。
「この程度で麿を討ったと思ったかぁっ、道化がっ! 麿を朝敵とは片腹痛い、麿はジパング皇国法皇にして祟りの神、『崇独院』なるぞっ!!」




