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人獣見聞録・猿の転生Ⅷ 終わりなき夜に生まれつく  作者: 蓑谷 春泥
第3章 ヘイトフル・エイト
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第23話 八つの大罪

 御所地下、三大監獄『空中楼閣』戸外の一室に、足を椅子へ縛られた六人の囚人たちが

 並べられ、向かい合うように長机に座らされていた。国家級大犯罪者・「八虐」。極刑以上の罪状と死刑を執行できない事情のある最大八人の罪人がこう呼ばれる。今、その現収監者六名全員が、独房の外に連れ出されていた。

 囚人の一人が、彼らを見下ろす元老院を蠱惑的な目で見つめ、ウェーブのかかった長い髪の毛を指先で弄びながら問う。

「良いんですの? (わたくし)たち手錠も無しにこんな場所へ呼び集めて。……ここ、『楼閣』の外ですわよね」

 両手の自由を示すように、ひらひらと手を振ってみせる。恐らくは言外に能力の自由も示唆している。監督役として赴いた二人の元老院のうち、囚人解放の責を負ったアテネが進み出る。右手に獄門院の奥土器(おくつき)を掲げる。

「獄内で伝えた通り、あなたたちの心臓には、奥土器による血の拘束が仕掛けられている。朝廷に服従するという誓いを破れば、心臓が破裂して死ぬ。加えて、元老院と皇族に対する攻撃を禁止するよう暗示をかけてあるから、ここであなたたちが謀反を起こすことはできない。分かっているでしょう? ドロシー嬢」

「そういえばそうでしたわねぇ。詰まらないこと」

 ドロシーと呼ばれた女囚は退屈そうに頬杖をついた。「心臓の拘束はともかく……、催眠は逃れようがあると思いませんか。洗脳ならばともかくね。アテネ嬢」高貴な出で立ちをした端正な顔立ちの男が言った。長い獄中生活を出たばかりにもかかわらず、失われることの無い気品と輝くばかりの美貌が湛えられていた。恐らく投獄前は数々の浮名(うきな)を流していたに違いないと思わせる美男子ぶりであった。

「サキ卿」

 男の名前を呼んで、アテネが淡々と返した。

「洗脳は掛けていない。時間的制約と人数の制限がある。それでも攻撃禁止の暗示はそれなりに強い催眠だから、容易には外せないと思うけれど、そこはあまり重要じゃないわね」

「この解放には十分すぎるほどの見返りが付いている。この取引に進んで参加した我々が裏切る道理は()ぞ。(なれ)はそう言いたいのでおろう?」

「仰る通りです。ルジチカ内親王」アテネはサキと呼ばれた男の横に座る、黒髪の元皇族に目を移した。「元后妃にこのような下賤な命を下すこと、心苦しくありますが……、時空の檻の中で永劫の閑却を持て余すより、はるかにましでしょう」

「我もあの檻は懲り懲りぞ。貴様ら公家如きに顎で使われるのは腹の煮える思いだが、それも致し方なかろう。相応の敬意を以て遇すれば、手を貸さんこともない」

「ありがたきお言葉……」アテネが恭しく一礼する。「……そちらのお三方も、依存有りませんね?」

「…………」

 面の野風は首肯して押し黙ったままである。少女がにへらと笑う。「かまわないよお。ボクの見た目、注文通りこの娘に寄せてくれたもんね。獄を出る時に見た瞬間から気になってたんだぁ」

「なん……! なんじゃ貴様⁉ 気色の悪い……」

 指名されクラマが慌てる。「知っておるぞ。貴様警察隊の元副隊長・ヨモリじゃろう。奥土器で自由に姿を変えるのだそうだな。趣味の悪い警吏じゃ」

「『趣味』は良かろう。美しき姿を愛で留めおきたい気持ちは分かる。(なれ)は汚れてはいるが逞しき美しさがある。ところでヨモリ(下郎)、このサキとかいう(おのこ)もなかなかの美男子ぞ? 此奴の肉体を真似るのはどうだ」

「美醜の感覚は人それぞれですのね、私はクラマの忠僕という『紅喰い』が気になりますわ! 後で私にくださらないかしら?」

 囚人たちの口々の放言にクラマが辟易した表情を浮かべる。アテネが注意を引き付けるように手を叩いた。

「皆さんにはこれから朝廷主導のもと任務をこなしてもらいます。朝廷の現状はお話しした通り。クラマとヨモリは現帝サガの追跡」

 こいつとか……⁉ クラマがあからさまに顔をしかめヨモリが満足げに肯く。

「サキ卿、ルジチカ妃、ドロシー嬢、猿天狗の四名は、御所で待機。来たる襲撃に備え朝廷の守護をお願いします」

「八虐を四人か。贅沢だな。誰が朝廷を狙うというのだ?」

 ルジチカが問う。アテネが口の端を軽く上げる。「それは……」


 〇


「伏兵が四人! しかも全員『八虐』だと⁉」

 俺は目を剥いて叫んだ。八虐はその名の通り最大定員八名。死亡したリリとモラン、エゾルに赴いていたらしいクラマと、ヨモリとかいう囚人を除けば、たしかに残りは4人だ。リリやクラマと同格の囚人を4人、しかも一度に相手にするのは……。

「シェクリイ! 確かなのか?」

「ああ……、おそらく間違いない。全員ここ半世紀の間に投獄された八虐だ。正確には一人、謎の后妃・内親王ルジチカ様はさらに数十年前のお方のはずだが……」

「ほう、我を知っておるのか。百年(ももとせ)の月日を渡っても、我が栄光は語り継がれてきたと見える」

「悪名ではありますがね。御仁」

 ルジチカの反応を帝が訂正する。「シェクリイ」鋭く腹心の部下の名を呼ぶ。

「一部は皇室筋の人間とは言え、この状況だ。皇帝として、八虐たちの死刑執行を許可する」

 少し躊躇いがちにシェクリイが応答する。シェクリイは近衛兵だ、皇族に深い忠誠を誓っている。罪人でも皇族に刃を向けるのは気が咎めるのだろう。お前たちも同様だ、と帝が俺や近衛兵たちに告げる。一気呵成に戦闘が始まった。

「我々は退くとしましょう。下に警察隊が待機しています。カミラタ?」

 アテネがカミラタを呼ぶ。カミラタは呆然としていた様子だが名を呼ばれびくりと肩を震わせた。「護衛をお願いできるかしら? 裁判の結果が朝廷の見解よ。警察隊隊長として従うべき命令(もの)は分かるわね」

「あのようなイカサマを、朝廷の総意と認められましょうか!」

 アリワラたちが立ちはだかる。「カミラタさん、今さら棄権はできませんよ。どちらに付くか決めてください! アテネか、帝か!」

「……! そうだな、俺は……」

「カミラタ」

 アテネが鋭く呼びかけた。カミラタが振り向く。『あなたの本分は、規範に従うことにあるはずよ』

 カミラタの動きが固まった。それから胡乱な目つきになる。「……そうだな。裁判の結果が可決と出た以上、警察隊はそれに従わねばならん」

「カミラタ……!!」

 アテネ派の元老院達を連れてテラスを後にするカミラタを見てアリワラが唖然とした。「まさか……、声と視覚情報だけで催眠を……」

「以前とは比べ物にならない狂花帯出力……。皇族9名を洗脳にかけたという信じがたい証言もこれで説明がつく!」

 アリワラと二人が一斉にアテネを狙う。

「サキ」

 アテネが呼ぶと同時に、現れたサキが攻撃を防ぐ。

「議決に異を唱え帝らに味方した彼らは、既に朝廷の敵よ。殺してしまってかまわないわ」

「御意に。アテネ様」

 サキが手を振るうと三人の体が吹き飛んだ。

「……ッ、『陰陽師』サキ……! 神祇官の実力は伊達じゃないな!」

 アリワラが体勢を崩しながら顔を歪める。「時に……」サキが退出するアテネを横目で窺う。「『彼』は殺してもかまわないので?」

「……」

 アテネはテラスの扉を開け、背中を向けたまま答える。「ええ。暗示を緩めておいた。全員に皆殺しと伝えて」

「! 待て、アテネ!!」

 閉じる扉を遠くに、ルジチカの攻撃を押さえながら俺は叫んだ。呼ぶ声も虚しく、叫びは宙に途絶え、扉は静かにアテネの姿を隠した。


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