第21話 弁明
「悪帝サガ……! やはり現れたか!」
ドッペルフェルトが勢いよく立ち上がり指を鳴らす。「近衛兵たち! 今すぐこの者を捕縛せよ!」
テラスの周囲を固めていた衛兵たちは一瞬顔を見合わせたが、すぐに決意したように元老院たちに槍を向けた。
「⁉ 狂ったか貴様ら! 我ら元老院に刃を向けるなど……!!」
「我らが真にお仕えするのは皇族の方々。主がここに戻った以上守らぬわけには参りませぬ」衛兵が凛とした表情で答える。「陛下……、お助けに参じること能わず、申し訳ありませんでした」
「良い。今のこの報恩で十分だ」帝が鷹揚に肯く。
「さてアテネ嬢……、我々は汚名を雪ぎ貴様を引きずり下ろす準備が整っているが……、貴様はどうかな?」
テーブルの上からアテネを冷たく見下ろす。アテネは眉一つ動かさず足を組んだまま帝の目を見つめ返した。
「今更何を言い逃れようというのですか、帝……! あなたはあの時自身の罪をお認めになったでは……」
「まあ待ちましょうドッペル卿。彼女にも言い分があるようです。ちょうどここに各民族の代表が揃っている。事の真偽は元老院裁判で決めようではありませんか?」
一座にはアテネ、ドッペルフェルト、アリワラ、カミラタ、その他4人の元老院が出席していた。議場に居ないのは療養中のネヴァモア、逮捕されたエドオンリと帝側近のイタロ。手配中の俺は投票の頭数に入っていないと考えていいだろう。アテネも渦中の人間として投票を認められないはずだから、実質の議決は残る7人に委ねられていると言って良さそうだ。
「議長もいないことですし……、カミラタ隊長。警察隊の隊長として、ここは貴方に進行を委ねてもよろしいかしら? 帝もそれで依存ないでしょう」
カミラタの目を覗き込んで、帝が肯く。催眠は掛けられていないと判断したのだろう。カミラタが恭しく帝に一礼する。「分かりました。警察隊隊長の誇りに誓って、公正公平な進行をお約束しましょう。宮中の警備についている隊員たちにも、テラスへは近づかぬよう連絡しておきます」
テーブルに評定の盃が運び込まれた。元老院裁判に用いられる奥土器だ。心に誤魔化しやまやかしのある投票を受け付けない。これならば元老院にアテネの催眠が及んでいても関係ない。最初に疑いを掛けられた時これを使っておけば良かったのだが、帝はそれができない状況に持ち込まれていたのだ。
「通常であれば欠席者の票を0.5票の可決票と計算する習わしですが……、この度は議題の事由に鑑みてこれらは無効票といたします。ここにいる8名……、いや、おそらくはアテネ嬢を除く7名の投票によって帝を解任するか否か、決めることとなるでしょう」
カミラタが帝を振り返る。「では帝、カプリチオ貴族虐殺事件、施薬院襲撃、皇室連続誘拐の首謀者という一度は認めた嫌疑について、御弁明を」
事件の裏側を説明し終える頃には、太陽は少し西に傾き始めていた。
「おおよその主張は分かったが」
タウロ族の新族長が椅子に深く座りなおした。
「どれも証拠に乏しいな。ましら伯の証言だって、肝心の『阿頼耶識』が無いとなれば怪しいものだ」
「疑うならヴァルゴー族でもなんでも連れてくれば良い。俺が嘘をついていないとはっきりわかる」
俺の反論に、タウロ族長はテーブルの上の冷めたティーカップを傾けながら悠然といなす。
「お忘れかもしれないが、君は精神を病んで二月も寝込んでいたんだぜ。ヴァルゴー族の能力でも錯乱した発言は保証できない」
「何を……!」
俺は立ち上がりかけたが、帝が制した。
「ここまでの主張は前座だ。確かな証人に話してもらおう」
帝は指を鳴らした。
天窓の割れ目から小さな影がするりと落ちてきた。アテネはその姿を訝し気に眺めたが、すぐにその目が驚きに見開かれた。
「全てを話してあげるの」
その少女はくすんだ銅色の髪を掻き上げて告げた。「あなたに殺された妹……、ミーグル=カプリチオとしてね。アテネ様」
「ほう」
スコルピオ族長が驚いた様子で声を上げた。
「ミーグル……、『笞刑』のミーグル=カプリチオか? 獄門院の五人の配下の一人の? しかしそ奴はカプリチオ事件で死んだはずでは……」
「その通りなの、貴族の偉い人。確かに私たち姉妹はアテネ様に殺されてる。体を真っ二つに割かれてね。私はミーグルの記憶。人格の残滓。複製の肉体を得て蘇ったの」
私が生産者ですという顔でバニラが物陰から控えめに手を振る。
「バニラズテラか……。確かに彼女の腕なら、保存された人格を口寄せることも可能だろう」
ジェミナイア族長としてアリワラが太鼓判を押し、中央の盃に反対票(帝信任)を投じた。
「これは決まりましたね」アクアライム族長も立ち上がり帝の無実に票を入れる。「容疑はカプリチオ事件の一件ですが、殺された被害者本人が語るのだから間違いない。その一件がアテネ嬢の手によるものとすると、モリアや帝が裏で手引きしていたという話は与太になる。ましら伯やネヴァモア卿の話にも信憑性が……」
「お待ちください」
投票に席を立った他の元老院たちが立ち止まる。アテネは瞬きもせず、ミーグルの顔を間近に観察していた。「……この者は大きな嘘をついています。信用に値しません」
「何を今さら!」
シェクリイが憤慨したように叫ぶ。「この者は警察隊に保管されていた獏鸚の一部から抽出した記憶と、ユードラ・ミーグル姉妹の遺骨を媒体にして構築した複製体なのだ! それ以外の者の遺伝物質では肉体の再現は不可能だ!」
「ええ、ですから彼女はその遺伝子を持っているのです。ただしミーグルではない……」
アテネは恐怖の色を浮かべる妹の側に顔を寄せた。「あなたはミーグルじゃない。そうでしょう、ユードラ?」




