第18話 復活
「知り合いか?」
「え、うーん、確かに見覚えあるんだよなあ」
突如現れた皇族とその親衛隊に取り囲まれ、怯えた表情を見せる白髪の少女にを前に、俺は額を小突いて記憶を遡った。記憶の検索は量子器官の便利な能力だ。
王都近郊の廃村。早蕨王の指示で飛んだ場所だった。
「あっ」
俺は該当するエピソードに辿り着いて声を上げた。
「思い出した。あんた夷のバニラステラだな? クロウ四天王の一人の。クラマの叛乱の時一回会ってる」
ジェミナイアの貴族で、クラマの分身を作ってた女だ。なんならその後獄門院の屋敷でも一度対峙している。
「いきなり帝を連れて現れたと思ったら……。あなたにとっては、その程度の認識ですか」
バニラが苦々しい顔で反応する。向こうは俺のことをクロウを唆して朝廷側に付かせた敵と思っているらしく、比較的認知されていた。
メルが軍刀を構える。
「バニラズテラ……、地底回廊から脱獄した囚人の一人だな。思わぬ収穫だ、ここで脱獄囚を見つけられるとは」
「捕り物沙汰は後にしろ。こちらの用件が優先だ」帝が後ろから声をかけた。「早蕨王、この者が事件の証人か?」
「巫女さんだよぉ、証人には、すぐには会えない」
老人が謎めいた答えをする。「ジェミナイアの能力で証言者の分身を呼び出すということか? 当人は容易に接触できない場所に居ると」
「多少遠くても俺の能力なら会いに行けるぜ」
「あー、死人には会いに行けないねえ」
老人は獣骨のひび割れを見て答えた。「とりあえずぅ、次の場所へ行こうか。警察隊の遺留保管庫」
老人が俺の肩を叩く。メルが混乱するバニラを取り押さえて連れてくる。俺は飛んだ。全員を連れて警察隊の遺留保管庫へ……。
「……骨……か。でかいな」
倉庫の一角に安置された、巨大な山羊の頭骨を見上げる。警察隊遺留保管庫には事件で押収された被害者や犯罪人の残置物が保管されている。奥土器や狂花帯の影響を受けたものなど、後々の資料や研究材料として使用されうるものだ。メルは渋ったが帝やバニラを放置するわけにもいかなかったからか、監視として俺たちについてきた。どのみち俺の転移能力があれば保管庫には侵入できるので致し方なしと判断したのかもしれない。
「この骨、獏鸚か? カミラタに捕獲されたって聞いてたけど」
獏鸚はアテネの腹違いの妹、ユードラとミーグルが使役していた式神だ。元はリリが造り出した実験動物で、山羊や虎や蛇といった複数の獣の肉体を継ぎ接ぎした混合生物だった。
「そうだ。カプリチオ事件の後討伐され解剖された。珍しい生物だったからな。そこに漬けられてる蛇も肉体の一部だ」
見ると横の容器にホルマリン漬けのように一匹の蛇が収められていた。獏鸚の尾の部分として接続していた部分だ。俺が近づくと牙を剥き出しにして硝子面に飛び掛かってきた。俺は驚いて身構える。
「まだ生きてるのか!」
「ああ不思議な生態でな。本体が死んだのに尾の部分だけ生体活動を続けていた。だから切り離して保存しておくことにしたと聞いている。まあもともと複数の動物を切り貼りした生物だから、その一部が生き残っていてもおかしくはないが」
「あぁ見つけてくれたね」
老人が骨壺を持ったシェクリイを連れて現れた。「殿下、これで良いのですか?」
「そうだね。その蛇と遺骨で依り代は充分かな」
「? この蛇を使うのか?一体何をするつもりだ」
「見てのお楽しみさぁ。じゃ囚人ちゃん後はよろしく」
縄でメルに繋がれていたバニラは急にお鉢が回ってきて反応した。「私ですか?」
「君ならできるでしょぉ。僕の占いに出てたからネ」
バニラは何か察しているらしい。「成る程」帝も何をするか分かったらしくバニラに命令した。
「アリワラでなく貴様を呼んだのはそういうわけか。良い。司法取引だ、やってみせよ」
「……協力すれば、私を放免してくださるというわけですか」
「そうだ。……春宮を、獄門院の皇子を守ることにもなる」
バニラは復活した頃の獄門院の配下でもあった。この言葉が効いたのかバニラは意を決した表情になった。
「蛇を容器から出してください」
メルに向かって言う。「それから私の縄を解いて」
メルは眉根に皺を寄せたが、判断を仰ぐように帝を見た。帝が肯く。ようやく決めたらしく容器の鍵を開け中から蛇を掴み出した。
「遺骨の一部に巻き付けてください。後は私がやります」
シェクリイに縄を解かれたバニラが手をかざす。ジェミナイア族が分身体を作り出す時の動きだ。まだ息のある蛇を腕の遺骨に巻きつけ、メルが離れる。バニラが能力を発動し、骨に芥がまとわりはじめた。その塵は肉塊を構成し、遺骨を人間の体へと肉付けしていく。薄茶けた灰色の髪、勝気そうなピンクの瞳が宿り、骨格は少女の姿へと変わる。
肉体を取り戻したその存在はぼんやりと自身の片手を眺め現実感に体を慣らしているようだった。それからやおら口を開いた。「……やっとなの」
その声で俺は確信した。ミーグル=カプリチオ。無惨に散ったアテネの妹の片割れが生まれ変わったことを。
ミーグルは久方ぶりの現実の空気を味わうかのように片手を握り開きしていたが、こちらに眼を向け帝の姿を認めると、唐突にその手を攻撃的に伸ばした。
シェクリイが藁の盾を精製しその手を塞ぐ。さすがの動きだ。すかさずメルが蔓の鞭を放ってミーグルを絡めとった。
「この反応、間違いなく五刑のミーグル……! 厄介な奴を復活させたな、親父!」
ミーグルは獄門院の部下だ帝を狙うのも当然である。ミーグルの右手から生えた蛇が威嚇音を立てる。
「どういうことなんだ? ミーグルは確かに死んだはずだ! ユードラと共にアテネに葬られて! 分身は死者にも適用できるのか? それともこいつの『魂』みたいなものを呼び戻したということなのか!」
「魂などというものは存在しない」
帝が冷静に答える。
「また通常死者の分身を作ることはできない……。分身を動かすためには『似魂の楔』のような操作用の奥土器を埋め込み、本体の精神と同調させる必要がある。当然死人に操作させることは不可能だ」
「おいおい、ならこいつは何だってんだ」
俺が困った顔で尋ねると老人が代わりに口を開いた。「死後に効果を発揮するタイプの能力だよ」
「! 死後に?」
思わぬ言葉に俺は問い直した。翁がうんうんと肯く。
「カプリチオ族なんかにたまにいるんだけどねー、死んでなお狂花帯の影響が残ることがあるんだよ。誰かに憑り付いたり、狂花帯が暴走したりね。俗にいう祟りってやつの正体は、大体これなんだ。昔も崇独院って奴が暴れたよねえ」
過去の事例を懐かしむように翁が帝に同意を求める。「話には聞いていますが。私はまだ生まれていなかったので」帝が端的に答える。
「ミーグルもそのタイプってことか。死の間際に精神を保存しておいた? でも一体何に……」
俺ははっとしてその右手に注目した。蛇が再び牙を向ける。
「そうか……。獏鸚の蛇に人格を転写して、残留思念として留まり続けることを選んだ」
「そんなところ。まあ経緯は良いの。ミーグルがミーグルとしてここに居るなら、獄門院様の命を果たすだけ」ミーグルが挑戦的な顔で帝を睨む。「その次はお姉さま……。私の肉体を奪った敵をとるの」
「獄門院は死れられたぞ、貴様が地を這っている間に」
帝が淡々と答えると、ミーグルは鳩が豆鉄砲を撃たれたような表情をした。
「貴様とその姉ユードラの仇、アテネ=ド・カプリチオ……。あれはカプリチオ貴族惨殺の罪を隠し地位を伸ばそうとしている。私はその証人がほしい。貴様がどれほど忠義深いかは知らないが……、私を狙うのは、奴に復讐を遂げた後で良いのではないか?」




