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人獣見聞録・猿の転生Ⅷ 終わりなき夜に生まれつく  作者: 蓑谷 春泥
第1章 幽鬼(ゴブリン)再び
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プロローグ 凍える砂漠

世界を、革命する力を。——『少女革命ウテナ』

 熱気と大寒波の共存する土地、「エゾル」。

 沸騰する熱い海流に囲まれた港と、ガラスを敷き詰めたように冷たく乾ききった砂漠。夜は砂界の上に雪が降り、海は蒸発し煮えたぎる地獄の釜と化す。せめぎ合う熱と冷気の循環は、あらゆる生命に過酷な試練を与える混沌の魔界たらしめていた。

 砂漠港、と称される岬には、藻と赤色(せきしょく)プランクトンによって(あか)く色づいた熱い流氷が揺蕩(たゆた)い、その紅透明な氷のタイルを押しのけるようにして一隻の巨船が錨を下ろしている。将軍、と毛皮を着こんだ男が声を上げた。

(くだん)の使節が到着しました」

 うむ。将軍と呼ばれた男は甲板の上に顔を出した。熱気が肌を包む。見下ろすと波の打ち寄せる荒涼とした砂浜が、延々と巨大な岸壁の間を縫って続いている。将軍。正式には、大汎国(だいはんこく)六将(りくしょう)」が一人、オラトリオ=イクテュエス。超大陸・四列強「(ハン)」の幹部を務める男。

「それにしても奇妙な気候だ……。超大陸広しと言っても、ここまで極端な土地は見たことがない」

「ジパングの禁則地なのですから、当然ですわ」

 オラトリオが振り返る。甲板に降り立つ小さな足音が応える。

「その神聖な土地に、こうして他国軍であるあなたたちの拠点を築いたのです。オラトリオ将軍。……ところで、例の協約の件は」

「それについては正式な外交ルートを通してだ。大将軍もそう言っておられる。アテネ=ド・カプリチオ」

 オラトリオは緑の耳飾りを揺らすショッキング・ピンクの瞳に向き直った。アテネ=ド・カプリチオは背後に知的な表情の野風を従えて仁王立ちする。「陰府法王(よもつおおきみ)」・リンボ。かつて亜大陸中の国々を混沌に陥れた巨悪。超大陸にも噂は届いている。リンボは将軍の視線に気づくと薄く笑みを浮かべて返した。気味の悪い男だ。

「これまで認められてこなかった拠点建設を、こうして実現してくれたことには感謝しよう。しかしこれは朝廷の最高評議会・元老院の一員である貴殿が独断で行ったこと。相応の見返りはわが父である大将軍もご約束したが、我が国と対等の特約を結ぶには、貴国らの公の承認がいるよ」

「ごもっともですね。では代わりにこのような対価はどうでしょう」

 アテネはこちらの答えを予想していたのかあっさりと引き下がった。

「近くある者をここに連れてきます」冷たい光が耳飾りの宝石に反射した。「その者を、殺していただきたいのです」

「ほう?」

 将軍は興味深げに聞き返した。「その願いなら聞き届けられようが……。私の手を煩わせるほどの相手か?」

「恐らく、貴方では足りないでしょう」アテネが冷たく言ってのける。「手を合わせてみれば、アグダ殿も条約を批准する気になるでしょう」

「ほう」

 今度は殺気を帯びた口調で問い返す。

「不遜だな。大将軍直々に下郎を始末せよと申すか」

「お気に召すと思いますわよ。聞き及んでいますわ、アグダ殿は戦場での強者を求めていると」

「ふん……、接待のつもりか? たしかに殿下は強者との戦いを求めていらっしゃる。真に豪なる者の貢はお気に入るところであろう。しかし、それはその者が真に強者であった場合。随分と波に乗ったものだな、たかだか列島の小国の一兵卒風情を、(ハン)国の将たるこの私が仕留められないと?」

 アテネは答えない。ただ揺らぎなく真っすぐにこちらを見据えている。その評価に毛ほどの揺らぎもないという素振りだ。安く見られたものだな。オラトリオは鼻で笑った。

「良かろう。アグダ様にもその旨お伝えしておく。だが大将軍がそうやすやすと御出向きめされると思うな。超大陸に四つの冠ありと謳われた殿下の実力に見合わぬ贄なら、私が露払いしておくからな」

「ご自由に」

 アテネは素っ気なく答えた。

「で、その対象というのは?」

 将軍の言葉に、アテネはその顔を思い浮かべるかのように目を細めた。

「その者の名は……」


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