第17話 暴君(タイラント)
「何だ貴様らは!!」
帆船の周囲に屯していた兵たちが、翼竜を背後に突き進んでくるクラマとヨモリの姿を認め叫んだ。
「共通言語だ」
「じゃのう。自ら異国兵と白状するようなものじゃて」
クラマが両手に炎を纏う。「同時にこちらがジパングの民であると想定していた証左。警察隊に取り締まられる前提の行動ということじゃ」
クラマはジパング語から大陸の共通言語に変えて呼びかけた。「ぬしたちは不法入国者か。ここをジパングの禁則地と知っての狼藉かの。『長たる者』はそこに居るのか」
兵たちは動揺した素振りを見せた。当たりか? クラマはヨモリに目で合図を送る。
倉庫で確認した残雪から、ましらたちはエゾルに居ると推測したクラマたちは、アテネに判断を仰いだ。エゾルは皇帝直轄領の禁則地だ。追跡の命を負っていても無断で立ち入ることは許されない。アテネはクラマたちの推論を可能性ありと判断したうえで、皇族たちの許可を以て禁則地への進行を認めた。移動用の翼竜を送って寄越し帝らが潜伏している可能性のあるエリアを指摘した。エゾルは氷河に覆われた大地だ。生身の人間が滞在できるような場所はごく少数に限られる。その一つがこの砂漠港であり、実際そこに他国の兵たちが潜んでいたのだ。
「外見からして汎の海軍かな。帝は国外逃亡するつもりだったのかな?」
「にしては随分と大袈裟な護衛船だがの。ましらが居てわざわざ船旅を選ぶのも奇妙じゃが……。まあ、吐かせれば分かる事じゃて」
兵たちが一斉に弾き出した投擲武器を、クラマは炎の波で一瞬にして掻き消した。ヨモリが背中から弦のついた楽器を取り出す。
徐にヨモリは琵琶を掻き鳴らした。流氷が割れ海が高く波を打つ。巨大な水の腕となった波が帆船を揺らしながら兵たちを飲み込んだ。その揺れに慌てた船内の兵士たちがこぞってマストの上に飛び出して来た。「何事だ!」と多分そのようなことを喚いている。一際威厳のある鎧を纏った男がクラマらの姿を確認し、舳先の上から飛び降りた。
「ジパングの警察隊か! 人は来ぬと聞いていたがあてにならぬものだな。我は大汎国大将軍が三子にして征将軍オラトリオ‼ 夷敵を滅ぼす者なり‼ ここで出会ってしまったからには貴君らの命、奪わでおけぬ!」
「ものものしい奴じゃのぉ、じゃが『将軍』ということは軍の最高戦力か。大陸四強の幹部の実力……、いかほどのものかのう」
「確かめてみるがいい!!」
オラトリオが槍を構えて刺突した。クラマが炎の幕を張る。ベールを突き破ってオラトリオの槍が突き出される。「‼」
既にクラマの姿はなかった。幕を張ると同時に位置を変えオラトリオを誘い込んでいる。
「ヨモリッ!」
「分かってるよー」渦を巻く水流が氷河の下から突き出てくる。「ぬうっ⁉」オラトリオが渦に巻かれながらも一声発すると、水の流れが打ち破られた。氷河の上にもんどり打ち、すぐにすぐに槍を構えなおす。
「今の、体術じゃないね」
「ああ、奴を中心に水流が弾けた。イクテュエス族かの」
ボクと半分同じかー、とヨモリが独り言ちる。
「よくぞ見破った。歴戦の強者と見受ける。私は自身を起点として反重力を発生させる能力を持っている。貴殿は炎、貴殿は波によって水流を操ると見て間違いないな」
オラトリオが堂々と言ってのける。
「馬鹿正直に喋りおったぞ」
「そういう文化なんじゃないのお」ヨモリがくすくすと笑う。「ねえ将軍さん、ボクの能力、それであってるのかな? こうして琵琶を使ってるんだ。水を扱うのは奥土器の力で、ボク自身の力は別に隠し持ってるかもよ?」
「む、その可能性もあるが……、こうして揺さぶりをかけてきたということはやはり、それが貴殿の能力なのであろう」
「読み合いもいけるのかよ」不服そうにヨモリが琵琶を鳴らす。敵の言った通りヨモリの琵琶は水の動きを操る奥土器ではなく、物体を波形に変質させるものであり、海流操作の補助と陸上戦の対策として利用しているものだった。
「読まれても関係ないけどね。援軍もろとも沈めさせてもらうよ」
海中に巨大な渦ができ、離れたところを曳航中だった数隻の敵船が吸い寄せられていく。敵の水平たちが口々に叫びを上げるも、逃げる間もなく中心に飲み込まれていった。渦の流れは停泊中の母船にも手を伸ばす。オラトリオがランスを地面に突き刺した氷の足場がぐわりと下降して大波で渦を押し返す。
「私の前で船は落とさせん!」
オラトリオが大地を蹴って飛び出した。反重力の反動で飛ぶように前に出る。ランスを突き出す。熱球をもろともせず突き進む。「ちぃッ」クラマが面倒そうに舌打ちして避ける。炎を射出した勢いで跳躍する。オラトリオがブレーキを掛けながらランスを振りかぶる。ランスに加わる反重力に方向性を加え、きりもみ回転のすさまじい威力の槍をクラマに放った。空中で炎を出して身を捻る。ランスは空を切りはるか上空の雲を突き破った。
「……すごい威力だねえ」
「全くじゃ。当たりもせんかったのに袖が裂けたわ」
クラマの着物の袖が空気摩擦で擦れ、白い肌に血が滲んでいる。「戦力評価どうじゃ?」
「さすがは大陸の将軍ってだけはあるよねー。八虐と同格かな?」
「ふむ、やはりそうか……。厄介じゃの」クラマはかがみこみ氷の下に手を浸けた。
「八虐(妾ら)が一人であったならのぉ」
急激に沸騰した海面から大量の蒸気が発生する。蒸気の熱を警戒し反重力で霧を払うオラトリオだったが、濃霧は後から後から際限なく湧いてくる。幸い水蒸気の温度は高くない。元が超低温であるから無理あるまい。オラトリオは慌てて重力波を放ちまくり隙を作るような愚をおかさず、霧の中に冷静に仁王立ちする。
「目くらましか。貴殿らの能力は既に把握した。死角を作ろうと研ぎ澄まされた歴戦の私の反応速度なら、攻撃が当たる前に斥力を発動させることが可能。足元もここは流氷ではなく歴とした大地。下方からの不意打ちも不可能ぞ!」
「たしかに万能感あるよねえ、攻撃を全部弾けちゃうなんてさ」
霧の向こうから、波音と共にヨモリの声が聞こえる。「でもその反重力、ずっと出しっぱにできるわけではないみたいだね。持続時間は短そうだ」
波音は次第に高くなる。オラトリオは油断せず周囲に気を配った。「ふん、波状攻撃を狙うつもりか。たしかに反重力の持続時間は短い。しかし無駄な話だ。私は反重力を連続で放つことができる。畳みかけてきても、次の攻撃が届く前に再び反重力がお前たちを襲う」
大きな波が周囲を取り囲んでいるのが分かる。違和感がオラトリオに走った。波は全方位から聞こえる。前後左右のみならず、頭上まで隙間なく。ドーム状に周囲を囲っているのだ。
「反重力の死角を探すつもりか? 無駄だ。この攻撃は全方位にまんべんなく作用する。隙間はない」
「反重力。炎や水は防げても」
目の前に突然クラマが現れる。水流に乗って至近距離に飛び出した。「衝撃波までは動かせまい?」
クラマの手が炎で光る。反重力を放ったオラトリオの肉体に強烈な衝撃波が叩きつけられた。水牢が弾けるとともにクレーターが地面を抉る。オラトリオは衝撃と共に地面にのめり込んだ。
気絶したオラトリオが目を覚ますと、体は鎖によって自由を奪われていた。船の錨の一部を巻きつけられ、きつく体が縛られていた。反重力を発動しても結び目がほどけなければ鎖は外れない。
手綱を握るように、クラマが錨に触れていた。鉄を通して熱が伝わってくる。鎖が直に触れている以上逃れる術はない。完全な拘束だ。
「最後のは……、あれはなんだ。反重力で全ての攻撃をはじき返したはずだ」
「衝撃波じゃ。エゾルの空気はひどく冷たいからの。炎で急速に温めるだけですぐに発動できたわ。水の檻で密閉した空間を作り、其方の反重力でさらに内圧を高める下準備を経てだがの」
「物体は押しのけることができても、『波』は重力の影響を受けない。もっとも、波を媒介する空気まで退けられれば別だけど、君の反重力でそこまではできないみたいだったしね。できてたら窒息か真空状態で死んでるし」
ヨモリが顔を出して言う。
「で……、帝はどこにいるのかな。今さらだけど転覆した船の中じゃないよね。一応死体は確認しとかないと……」
おっと、これは内緒だった。とヨモリが口を塞ぐ。
「帝だと……?」
オラトリオが怪訝そうな顔をする。
「まだ粘るつもりか? 汎国のお前たちに庇う理由もあるまい。現にお前たちの部下は狼狽えとったぞ」
「狼狽えるなど……、……ああ……、そういうことか」
オラトリオは何かを理解した様子で、うんざりしたような顔をした。
「……ここにお前たちの『長たる者』はいない……。共通語に翻訳した故の誤解だ。部下は我々の『長』の存在を感づかれたと思い動揺したのだ」
「何……?」
クラマは怪訝そうに眉を顰めたが、オラトリオの体が震えているのを見てほくそ笑んだ。「嘘をつくのが下手じゃな。これからの拷問に怯えて震えておるではないか。第一、貴様より上の長と言ったらそれはもう……」
「だからそう言っているのだ。これが恐怖の戦慄きに見えるか?」
そうでないことはすぐに分かった。爆発するような強烈な縦揺れが大地を押し上げ、流氷が海面を跳ねる。
「なん、爆発……、いや、地震⁉」
立っていられないほどの揺れにヨモリが足をもつれさせ、クラマはどうにか鎖に縋る。遠くからさらなる地鳴りが近づいてきて、山を飲み込むほどの信じられない高波が陸地に押し寄せてきた。「この力、まさか本当に……!」
瞬く間に波が襲い掛かり、巨大な海船をものともせず転がした。二転、三転と横転して逆さになった船底に、轟音とともに筋骨隆々な一人の老父が着地した。「我が汎の五将を捕える実力‼ ジパングも捨てたものではない‼」
老父は分身の証である文様を浮かべた頬をにんまりと上げた。「さあ出てくるが良い‼ 超大陸『四大君』が一角、汎国大将軍ワンニャンアグダが直々に相手となろうぞ!!!」




