旅立ち
長老の話を聞いたアランとサラはその日のうちに村を出た。
未だ謎多きアランのナギニスについてわかることがあるかもしれないと、格闘家キリオスを尋ねるため。
そしてニドモスに残って精霊石を調べているサラの父である村長マクリスに話を聞くためだ。
村からナギニスまでは徒歩で二日以上かかる。
黒い星が天から降り注いでから丸一日が経った今、ニドモスの状況はわからない。
キリオスと村長の安否すらわからない以上、急ぐほかなかった。
村の住人はアランが村を離れることに反対するかと思われたが、長老の話を聞いて納得したのかニドモスへ向かおうとするアランとサラを止める者はいなかった。
「ねえアラン。これからどうするの?」
「これからって?ニドモスに行ってからか?」
ニドモスへ続く道での二人の会話はサラの何気ない一言から始まった。
「そうじゃなくて…。魔物と戦うの?」
「何が言いたいんだよ。」
「だって…キリオスに会ってもフェンリルの風の力が使えるようになるとは限らないんだよ?それにニドモスがどうなってるかもわからないし…お父さんも無事かどうか…」
「仕方ない。やるしかないんだから。きっと何とかなるさ」
「うん…そうだけど…」
「…正直、村長の話を聞いて少しほっとしたんだ」
「え?どうして?」
「俺はずっと自分が周りと違うことを後ろめたく思ってた。普通に仕事して普通に生きて…本当はそうしたかった。でもなぜかできなかった。どうしてかは自分でもわからなかった。長老の話を聞いて、父さんの言葉を思い出したんだ…。そして気づいた。俺…本当は自分を誇りたかったんじゃないかって」
「アラン…」
アランが自分のナギニスが他と違うことに悲観的だったのは、村での経済活動に由来していた。
両腕に発現するナギニスは木を切ったり、獲物をしとめたり、木材や獣の皮を加工する村の生業に適していた。
皆が将来を考え、自分のナギニスに興味を示す時期にアランは不安を抱え始めた。
自分には何もできない。そう思っていたアランにとって、どんなに残酷な運命だったとしても役割を与えられたことはとても重要な出来事だった。
「俺頑張ってみるよ。今まで出来なかったけど…父さんの言葉を信じて。村長もきっと無事さ!ニドモスにも父さんみたいに強い人がいるはずだ。キリオスって人もきっと強いんだろうしさっ」
「うんっ!そうだねっ!」
正直な気持ちを話してくれた幼馴染に少しの安心を覚え、サラも前向きになれた。
ニドモスへの道のりは不思議なほどに静かだった。
動物たちは身を潜めたのかイノシシや蛇といった森で遭遇するはずの脅威に出会うことはなく、道中の二人は談笑を交えながら進んでいた。
ニドモスと村をつなぐ道は村の住人が長年行き来するためにある程度の整備がされていた。
整備と言っても踏みつぶされた草が無くなって地面が見える程度のもので、あるものと言ったら休憩用の切り株とちょっとしたキャンプ地ぐらいだ。
アランとサラはそれぞれ事前に持ってきたテントで夜を過ごし、食事は二人で鍋を囲んだ。
村を出てから二回の夜を過ごし、もうすぐニドモスが見えてくるだろうというところで事件が起きた。
「サラ、止まれ」
「どうしたの?アラン」
「しーっ」
突然道をはずれ静かにするよう促すアランが指さす先にはこの世のものとは思えない大きさの蛇が舌を鳴らしていた。
「…!よく気付いたねアラン」
「昔から目はいいからな。それよりなんだアレ。蛇にしてはでかすぎないか?」
アランと蛇の距離は一般的に野生動物と遭遇した際には安全と言えるほどには離れていた。
だがその蛇は一般的とは程遠いサイズだった。
コブラに似たその姿の全長は草木に隠れていたが、頭は人間と変わらぬ大きさに見える。
コブラには「フード」と呼ばれる首から下の広がった皮膚があるが、通常のコブラとは違い、その蛇のフードは皮膚というより羽に近く、頭の下から骨組みの生えた傘のような形をしていた。
「もしかして…魔物…なのかな?」
「わからない。サラ、ここからニドモスへの道はわかるか?」
「もうすぐなのはわかるけど道案内は無理だよぉ。森に目印なんてないんだから…」
ひそひそと話す二人の方向へ向く蛇の顔。
「まずい!隠れろ!」
咄嗟にサラの頭を鎮めるアラン。
スィィィィ…?
「はっ……はっ…」
「おい!サラ!我慢しろ!」
顔の前にあった草にサラの鼻はくすぐられた。
「はっ…………」
スィィィ…
「ふぅ…」
「…はっっくしょん!!!」
シャァァアアア!
サラのくしゃみに振り向く蛇は二人を目掛けて進んできた。
「まっずい!逃げるぞ!!!サラ!!!」
「きゃぁぁぁああああああああ!!!!!!」
ってはや!!!!!!
向かってくる蛇に一目散に逃げるサラに目を丸くするアラン。
シャァァァ!!!!
「やっべ!」
一直線にこちらへ向かってくる蛇と我先に逃げ出すサラに対抗するべく足に力を入れる。
踏み込んだ地面に少しの窪みを作ると、その淡い水色の足でサラの後を追いかけた。
「きゃああああああ!!!」
「サラ!捕まれ!」
「アラン!?!?」
両手を上げて叫びながら走るサラに一瞬にして追いついたアランはサラを後ろから抱き上げた。
アランのナギニスはいつの間にか膝の上まで広がっていた。
このまま逃げてもニドモスからは遠ざかるだけだ
サラを安全な位置まで運んだら…やるしかない
アランはサラから向けられる憧れの目など気にすることはなく、次の一手を考えていた。
蛇が現れたのはニドモスへの道の途中。
横へ逸れたとなれば遠回りであり、それどころか道に迷ってしまう危険もある。
ニドモス周辺は深い森に囲まれており、ニドモスから出る主要な道は隣国、【エルフィリア】への道のみだ。
商業国ニドモスは科学と郵送の国エルフィリアとの交流を経て発展したが、エルフィリア特有のナギニスを理由に道の整備は疎かだった。
村からニドモスへの道を見失った場合、どこへ抜けるかはわからない。
アランは森の木々の少ない場所を見つけると茂みにサラを降ろした。
「サラ。隠れてろ」
「え?アランはどうするの?まさか戦う気!?」
「何とかする。このままじゃニドモスへは辿り着けない」
「でっでも!そんなの無茶だよ!あの大きさ見たでしょ!?このまま逃げようよ!何日か歩けば森を抜けれるって!」
「…そうかもしれない。でもここであいつを倒す方が早い。それにニドモスの状況がわからない以上は止まるわけにもいかない」
「そっそうだけど…」
「大丈夫だ。俺は【フェンリル】の継承者だぜ?」
「…無理しないでね!」
シィヤァァアアア!!!!!!
迫りくる大蛇を迎えるアラン。
ここで逃げたら今まで…
色んなことから逃げてきた今までと同じだ
風が出るかはわからない
でも…それでも…やるしかないんだ
シィィィ…シャァァアア…
こちらを向いて構える人間に立ち止まり、傘のようなフードを目いっぱいに広げて威嚇する大蛇。
まずは標的がサラに移らないように…
「来い!こっちだ!」
シャアアアア!
左へ飛ぶように駆けだすアラン。それを追う大蛇。
『アラン…気を付けてね…!』
サラは駆けだすアランの背中を祈るように見送った。