選ばれし者
黒い星の欠片を壊したアランは叫びの反動で気を失った。
暴風が壊した家の床でうつぶせに寝るアランは母を想い続けていた。
『そのままでいいのよ…胸を張って生きなさい…アラン…』
母さん…母さん…
「アラン……アラン…!」
母さん…?
「アラン!アラン起きて!」
「サラ…?」
「アラン!起きて!!グランさんが…!」
「とう…さん…?父さん!!!」
サラの呼びかけで思い出したかのように起き上がるアラン。
後ろを振り返ったアランは、村の住人に支えられながら大量の血を流す父を見つけ、凍り付いた。
「父さん………なんで……父さんっっ!!!!!」
アランが駆け寄るとグランは血の垂れる口角をあげ、うつろな目で呟いた。
「アラン…よくやった……」
「父さん!話さなくていい!!やめてくれ!!!」
「お前は…村をっ…救ったんだ……!」
「父さん!嫌だ…!嫌だ!!!いかないでくれ…!」
「アラン…顔を…上げろ…!」
「とう…さん…」
「アラン…お前は……村の救世主だ…。そして俺たちの…自慢の息子だ………。」
「父さん…!父さん!!!…そんな…そんな……。」
光の無くなっていくグランの瞳には、今は亡き妻の姿があった。
『アン…アランがみんなを救ったぞ。俺たち…救世主の両親だぜ。ははっ…』
グランは昼過ぎの雲が散らばる穏やかな空を見つめ、息を引き取った。
「父さん…やだよ…まだ…まだ……ぅぅ…」
アランは父の傍らで静かに泣き続けた。
その夜。
深夜の自宅で一人、椅子に座ってうつむくアランにサラが尋ねてきた。
「アラン…。おにぎり持ってきたの。良かったら…」
アランが見つめ続ける木製の机に三つのおにぎりが乗ったお皿をそっと差し出すと、サラは扉へと向かった。
サラが扉に手をかけたとき、アランの口が開いた。
「サラ……ありがとう。」
希望の乾いたその喉から出る一言に、引き裂ける胸の内と、溢れる涙を堪えるようにサラは返事した。
「ううん…大丈夫よ!助けてくれてありがとね…また明日」
助けた…俺は…何もしてない…
ゴブリンからサラを助けたのも…キングトロルからみんなを守ったのも…父さんだ…
俺は…何も…何もできなかった…何も…
枯れたはずの瞳から流れる涙で、机に小さな水溜まりが出来た。
サラがおにぎりを届ける少し前、村の住人は長老の前に集まっていた。
「あの振ってきた黒いのはなんなんだ!」
「なんなのよあの毛のない生物…!魔物ってなに!?」
「どうしてもっと早くアランに言ってやらなかったんだ!」
「わかってたなら訓練できたでしょう!?」
「何とか言ったらどうなんだ長老!」
長老が皆に度々語ってきた歴史は断片的だった。
ある日突然予兆もなく黒い星が天から降り注ぎ、魔物たちを呼び起こす。
戦いを止められるのは【選ばれし者】のみ。
【選ばれし者】のみが黒い星を打ち砕くことができるのだ。と。
「明日…夜が明けたら私の知っていることを話そう。アランにもじゃ。皆も疲れておるじゃろう。今日は解散にせんか」
やっと言葉を発した長老は艇のいい言い訳を並べたが、住人たちもそれに同意した。
突如として現れた星と魔物。
荒れ果てた村と奪われた命に、疲弊した住人たちは眠るほかなかった。
『すまないアラン。すまない皆の者。私が悪いんじゃ。あの日の私に勇気があったなら…』
一夜明け、太陽が頂上の手前まで来ると長老は村の中央に人を集めた。
「サラ。アランを連れてきてくれぬか」
「…わかったわ。長老。少し待ってて」
一瞬戸惑ったサラは長老の頼みを聞いた。
家の扉を開けると、昨晩と同じ椅子に座って机に突っ伏すアランと、二つになったおにぎりがあった。
疲れ切った背中に躊躇したが、サラはアランの肩に優しく触れた。
「アラン起きて。長老が話があるって。みんな集まってるわ」
サラの声掛けに目を開くアラン。
「サラ…。話…?なんの?」
「長老が…みんなに知ってること教えてくれるんだって」
「…今更何だってんだよ。くそジジイ…」
「そういわずにさ…ほら、立って?ね?」
気が進まないはずのアランを長老のもとへと連れ出せるのはサラだけだっただろう。
アランが重い腰を上げたのは自身の運命を一晩のうちに察しつつあるからだった。
確かに何もできなかった。だが、黒い星を壊したのは自分だった。
父は戦いに死んだ。しかし、最後に「自慢の息子」だと言ってくれた。
アランは自覚していた。
長老が言ってたことが本当なら俺が【選ばれし者】だってことだ。
どうして直前まで黙ってたのかは知らないが、俺が選ばれし者だってことはわかってたみたいだった。
もし俺の【ナギニス】に特別な力があるのなら…
「みんな。アランが来てくれたわ」
サラの報告を聞いた人々の反応は様々だった。
睨む者。笑みを浮かべる者。心配の面持ちで見つめる者。顔に感情を示さない者。
人々の目線とは裏腹に、アランの視線は長老ただ一人に向いていた。
「……話すとしよう。私の知っているすべてを。」
アランと目が合った長老は自身の持っている情報を語ると宣言した。
「初めに。アラン。私のナギニスはお主と同じものじゃった」
…え???
「私のナギニスも水色の毛に短い爪を持ち、 手の先 から変化を始めるものじゃった」
「おい、ちょっと待て長老。俺のナギニスは 足の先 から変化するぞ…?」
「うむ…私にもなぜ足からなのかはわからぬ。じゃが胴からでなく、先から変化するのは同じじゃ。毛の色や爪の丸みも含めてな」
どうゆうことだ…?
ナギニスがまったく同じものになることはほとんどないんじゃないのか?
習ったこととは違うのか?
遺伝で系統が似る可能性があるとは知ってたが…親戚ってことか?
「…加えて、私とグラン、そしてアンに血縁関係はない」
「それって…どうゆう…?」
固まる皆を代表してサラが問う。
「その水色の毛のナギニスは、初代から続く風の神獣【フェンリルのナギニス】じゃ」