欠片(3)
「アランに村の存続がかかってるって?どうゆうことだ長老!」
長老が口にした内容に繋がりは全く見えなかった。
そればかりかアランは長老の言うことの意味すら分からなかった。
「俺に?存続が?村の…?何言ってんだ長老!ここにきてボケたなんて言わねえよなあ!!」
「アラン…すまない…私を…無力な私を許してくれ……」
「それじゃわかんねえよ…説明してくれよ!!!」
「アラン落ち着いて。きっと長老もパニックなのよ」
悲観的なアランが長老を責めながらも否定しないのには理由があった。
それは長老が幾度となく語ってきた「歴史」。
長老がいつも言ってたのは星と魔物だけじゃない
俺に村の存続が…?まさか…俺が【選ばれし者】だってのか???
そんなはず…だって…俺は…
ゴゴゴゴゴゴゴ
「きゃあ!」
轟音と揺れる地面に足を取られるサラ。
「次はなんだ!?」
襲い掛かってくるゴブリンから三人を守っていたグランが目をやったのは、村の入り口から反対の方向。
天井に大きな穴の開いた建物の隙間から闇色の光が溢れ出ている。
村の奥側。村の中で最も大きなその建物は村長が住む家だった。
「奴じゃ…奴が来る…!」
「さっきから何言ってんだ長老!何がく…」
震えあがる長老にまた怒号を浴びせ、問いかけを続けようとしたアランがやめたのは土壁で出来た家を容易く崩しながら出てきた巨大な「奴」を見たからだった。
「ボォォオオ…」
「なんだあのでかさ…中から出てきたぞ!どうやって入った!?」
真剣なグランに長老が説く
「キングトロルじゃ…ここにいるものでは勝つことは出来んだろう…」
こちらに向かう巨大な魔物に諦めを感じるほど落ち着いた声色で長老は続ける。
「…アラン。星の欠片を砕くんじゃ」
「だっだからなんで俺なんだよ!ここには父さんだって…村の人たちだっているじゃないか!」
「お主にしか出来んのじゃ!!!!!」
「っ…!」
声を荒げる長老とは裏腹に、サラは座り込んだまま村を見渡した。
『アランはああ言ってるけど「村の人たち」って…いったい誰のことを言ってるの…?』
村の状況は悪化していた。
家には赤黒い飛沫が付き、悲鳴は暗闇に消え、戦うものは敵から身を守ることしかできず、木こりと狩人の村は魔物と亡霊に支配された。
「くっ…時間がない!アラン!俺があのデカ物を食い止める!その間にやれ!」
「そっそんなこと言ったって…!どうしたらいいんだよ!俺にどうしろってんだよ!」
「うおおおおあああああ!」
グランは雄たけびを上げ、腹に力を籠めるように力む。
熊の腕が太さを増すと同時に、腿から生える毛と膨らむ筋肉が履いていたズボンを破る。
首筋から生えた毛が顎まで来たかと思えば、グランの顔面の下半分は「ヒグマ」のそれに変貌していた。
「父さん!待ってくれ!!俺にはどうすることも出来ない!それにそんなにナギニスを使ったら…!」
野生のヒグマより一回りは大きいであろう姿に変貌を遂げたグランは巨体の魔物をじっと睨みつけ、アランに一言告げると走り出した。
「アラン。信じてるぞ。」
「父さん!!」
「グランさん!」
立ち上がったサラとまたも選択を迫られるアランの声が届くことはなく、グランは人の3倍はあろう大きさの毛がない魔物に向かっていった。
父さん…なんで…
なんで俺なんか…
「くっ…!長老!どうしたらいい!どうしたら星を壊せる!」
「…ナギニスを使うんじゃ。」
「ナギニス?俺のナギニスでどうしろって…」
「お主のナギニスは特別なんじゃ。他の者にはない力がある」
「それじゃわからねえって!いい加減に…!」
「アラン!!」
サラはことの緊急性を理解していた。
「私にも魔物やナギニスのことなんてわからないわ。私のナギニスなんて爪が長いだけで動きも遅いし。ナマケモノに出来ることなんて動物の皮を剥ぐことぐらい…。そんな私が村を出ようとしていた時、「頑張れ」って言ってくれたのはあなただけだったわ。」
商業国での生活がそうさせたのかは定かではない。
サラが諭すようにアランを勇気づけたのは自分にも決心した日があったと伝えたかったのだろう。
「サラ…」
「アランならきっと出来るわ」
「そんなこと言われたって…」
「アラン!!!まだか!!!ぐっ…こいつ…毛も生えてねえくせに…!!うぉぉああ!」
「父さんッ…!くっ…くそがあああああああ!!!」
長老に告げられ、幼馴染に諭され、キングトロルと組み合う父の勇気に負けたアランは叫んだ。
「長老!落ちてきた星はどこだ!」
「村長の家じゃ。頼んだぞ。アラン」
「うるせえ!どうにかなったら一発殴らせろくそジジイ!」
虚勢を張ったアランは足にナギニスを込め、村長の家へと走る。
やってやる…!やってやるよ…!
駆けていくアランを余所目に力の入るグラン。
『お前ならやれる。頼むぞ。アラン。』
意気込むアランの目に父の姿はなく、キングトロルの開けた穴に釘付けだった。
木と土で建てられた村長の家に人の気配はなく、奥側の床に突き刺さった黒く半透明な結晶のような石が降ってきた星の欠片だとすぐに分かった。
欠片はうっすらと闇色の光を纏っている。
「これだな…!よし。おらおらおらぁ!せや!!どりゃああ!!!」
アランはナギニスを込めた足で星の欠片を何度も蹴った。引っ搔いた。そして踵を落とした。
アランの必死の攻撃に、星の欠片はピクリともせず。ただ佇むだけだった。
傷一つ。付くことはなかった。
「はあ…はあ…なんで…なんで何も起きないんだ…」
外から聞こえる父の雄たけびと住民の悲鳴。
家の中と静けさと聞こえてくる声の差にアランの頭は凍り付いた。
なんで…壊れないんだ…俺のナギニスは特別なんじゃなかったのかよ長老
なんで俺なんだよ…なんで何にもできない俺なんだよ…
いきなり言われたって無理だよ…父さんのほうが強いじゃないか…母さんだって…
黒い星の光にあたったからか。
アランの思考は零れ落ちる涙と共に沈み、膝から崩れ落ちた。
母さん…母さん…会いたい…母さん…
母を想うアランに浮かんだ光景はアンの亡くなる直前だった。
『アラン。大丈夫よ…。あなたはそのままでいいの…そのままでいいのよ…』
「母さん…!俺…俺…!」
涙で歪んだ視界を瞼で蓋をする。
「…っ!うぉぉぁぁぁああああああああああ!!!!!」
天に向かって吠える青年の悲痛の叫びは周囲に暴風を届けた。
荒ぶる風は屋根を飛ばし、土の壁を砕き、村長の家は床を残して消えた。
「うあああああああああああ!!!!!!!」
まるで台風の目になったかのように、アランの叫びは続いた。
黒い星が産み落とした欠片にはヒビが入り、無数の光の玉となって消えた。
暴風は村全体へと広がり、風を受けたゴブリンたちは解けるように消えていった。
「アラン…!やったんだな…!」
風を感じると同時に、戦い続けていたグランの気が緩んだ。
「ブォオオ!」
「ぐほぁ…」
組み合っていたキングトロルの右手はグランの力が弱まった一瞬に解き放たれ、グランの腹を貫いた。