欠片(2)
「アラン!伏せろ!」
「!!!」
背後からの指令に咄嗟に頭を下げ、自身を飛び越える父を見上げる。
「うおおおおお!」
初めて見る人型の異形に臆することなく、熊の怪力をお見舞いするグラン。
「ギギィィイイイイ!」
鳴き声と共に光に散っていく異形の生物と父の背中に安堵するアラン。
「父さん…!ありがとう…」
何も…何もできなかった…
時間稼ぎどころか逃げ出すことも…
「アラン。よくやった。」
「えっ?」
「聞こえたぞ。お前の叫び。」
「…」
違うんだ父さん…
俺は…
魔物を前にしたアランの選択肢を奪うかのように現れた父の言葉はアランの心を締め付けた。
アランがサラを助けようと叫んだのは確かだった。
同時に、飛び掛かってくる魔物に恐怖し、迷いに体を縛られたのも確かだった。
自分を「よくやった」と褒める父の言葉と実際に感じた自身の無力感との差にアランは言葉を失った。
「グランさん…!」
「ん?サラか!?大きくなったなあ!怪我はないか!?」
「大丈夫です。助けていただきありがとうございます。アランも…ありがとう」
「あ、ああ…父さんが間に合って…よかった」
俯くアランへの気遣いからか、あるいはいつものボケが出たのか。
グランがサラに尋ねる。
「いつぶりだサラ!本国での生活はどうだ???うまくやってるのか!?」
「はい!先日ついに自分の店を持つことができました!…それより村が!」
「そうだった!!!行くぞアラン!サラも一緒に」
「お、おう!」
走り出した地点からは村の入り口までしか見ることができず、わかることは村から煙が上がっていること。予測できることはサラを襲った生物がまだ他にもいるはずということだ。
アランの住む村から本国、すなわち商業国ニドモスの首都エボリオまでは歩いて二日以上を要する。
そのため、村から出ていく若者は兵士になるためだけでなく商売人として、より良い生活を求めて本国での暮らしを選ぶ者もいるのだ。
アランの幼馴染であるサラ・アンドリヒも村での生活を捨て、本国で商売人として一人前を目指していた。
「村へ帰る途中で音に気付いて、急いで走ってる途中で【あれ】に道をふさがれました!村の方向から来たようにも見えました!」
短く的確な報告をするサラに成長を感じるグラン。
「長老を探そう!何か知ってるかも」
アランの提案にうなずく二人。
二人が探すことに同意した村の長老は百年余りを生きる長寿だが、村の住人は一人として長老のナギニスを見たことがなかった。
若かりし頃にはニドモス本国で商人をしていたと言うが、今となってはその話が本当かどうかはわからない。同じく、長老が話す「歴史」も疑わしいものだった。
村を含めたこの世界の伝達手段は文書の交換と会話による人伝しかなく、ニドモスに存在する書物の類は本国の都市にしかなかった。
そのためアランを含めた村を出たことのない住人は長老の話を半信半疑で聞いていた。
「これは……」
村に着いた三人が目にしたのはグランの言葉が止まるほど悲惨な光景だった。
家中から立ち込める煙。泣きじゃくる子供。異形に襲われる男。
逃げ惑う住人を容赦なく追う人型の生物と村の現状にアランは再び恐怖した。
無理だ…こんなの…!逃げないと…!!!
アランの頭にそう思い浮かんだ時、サラが指をさす。
「いたわ!長老があそこに!」
「終わりじゃ…来たんじゃ…歴史は続いてたんじゃ…終わりじゃ…終わりじゃ…」
震えながらささやくように独り言を言う長老に走る三人
絶望する長老にグランが問う。
「長老!あれがそうなのか!?いつも言ってたあの…なんだっけ?」
「グラン…!魔物じゃ…ゴブリンじゃ…星が…黒い星が来たんじゃ…もう終わりじゃ…村が…村がぁ…」
「落ち着いてくれ長老!どうしたらいい!どうしたら村を救える!?」
グランの問いかけに少し間を空け、また口を開く。
「…そうじゃ…アラン…!アランはどこじゃ…!」
俺…?
「アラン?アランなら一緒に来てるぞ!アランがどうした!」
「アラン…!アラン…。すまないアラン…何も教えてやれなくて…」
「え…?なんの話だ…?長老」
アランを見つけ、涙する長老は続ける。
「すまない…すまない…」
「なっ…何がだ長老!俺がなんだってんだ!」
「危ない!」
「ふん!!!!!」
警告を鳴らすサラの言葉を予測していたかのように、飛びかかるゴブリンの腹を飛ばすグラン。
襲ってきた魔物のことなど気にも留めず、目を合わせるアランと長老。
涙ぐんだ長老が放った一言は困惑するアランの思考を停止に追いやる衝撃的なものだった。
「アラン…村の存続はお前にかかっておる」
「…は?」