欠片
見上げる空に降り注ぐその【黒い星】はアランとその父、グランの足を止めるには十分すぎる迫力があった。
どれほど距離があろうとも。この世界に住むものならば見上げるほかなかっただろう。
雲を裂くように落ちる星はダイヤモンドのように美しく、透けることのない闇に人は魅了さえ覚えた。
「父さん!あれ!」
アランの指差す方向に巨大な本体から産まれた小さな【黒い星】が。
「おい…あっちは村の方向だぞ…」
グランがそう言ったのも束の間。
落ちる星が空中に止まるはずはなく、産まれたての星の子供は二人の住む村の方角へと消え、地鳴りと同時に小鳥たちが飛び立つ。
「急ぐぞ!アラン!」
「あ、ああ!」
父さんはともかく俺が行って何かできるのか…?
あのサイズなら村は無事かもしれないけど救助なんてしたことないし…
それにあれは長老が言ってた黒い星なんじゃ…
だとしたら俺がいても足手まといに
「下を向くな!アラン!」
「!」
「俺がついてる。きっと大丈夫だ」
不安そうな面持ちを察したグランが息子を激励する。
「…」
そうだ。父さんがいる。村のみんなもきっと大丈夫だ
俺でも避難を手伝うぐらいはできるはずだ
村を見るまではとにかく走ろう
向かう方向と逆方向へ走る動物達を視界の隅に眺めながら二人は村へと走った。
二人の住む村は【商業国ニドモス】のはずれにあり、木材や動物の毛皮を売ることで経済を保っていた。
親子がイノシシを狩りに来ていたのは食料調達と毛皮の売却目的も兼ねていたのだ。
木こりや狩りを日常とする村の住民は皆がグランほど屈強でないにしても、首都近くに住む一般市民より丈夫な体を持っている。兵士として召集される者も度々いるほどだ。
そんな村人を心配する二人の頭には、100年あまりを生きる長老が毎日のように語っていた「歴史」があった。
「父さん、あの星って長老が言ってた…」
「…村に着くまではわからない。あとどれぐらいだ!?」
「もうすぐ着くはず…」
「きゃあああああ!」
女性の悲鳴が聞こえる。
「アラン!先に行け!」
「で、でも俺が行っても…!」
「すぐに追いつく!行け!」
「……すぐ来いよ!?」
アランは足にナギニスを込めると速度を上げた。
アランのナギニスが他より優れている点は”爪から変貌する”ことだ。
胴体から変化していくナギニスは先端までたどり着くまでにある程度の時間を要する。
訓練による短縮は可能だが、先端から変化を開始するアランのナギニスは変化時間における優位性が高く、自身がたどり着ける範囲までの変貌完了時間は村の中でも最短であった。
変貌できる範囲が狭いことと村の生活における汎用性の低い「足」が変化することを除けばアランのナギニスは優秀だったのだ。
父さんが来るまで時間を稼げればいいんだ
仕事に就けなくても女の子一人助けるぐらいなら
そうだ 女の子を見つけたら抱えて逃げれば…
「あれ…は…」
村の入り口を目前にアランの足を止めたのは、怯える女性に迫るこの世のものとは思えない人型生物の姿だった。
「助けて…助けて!誰か!!誰か助けて!!!」
涙を流し地面を腰で後ずさる女性を一歩ずつ追うそいつを目にしたアランはただ漠然と立ち尽くしていた。
なんだよ…あれ…
やっぱり…やっぱり長老が言ってたことは本当だったんだ
あ、あれが…魔物…!
「ギギィ…ギギ?」
怯える獲物から突然現れた黒髪の青年に視線を移した人型のそれはニヤリと笑った。
自身に敵意を向けてきたことを感じたアランは意を決して叫ぶ。
「くっ…来い!こっちだ!その人から離れろ!」
尻餅をついた女性がアランの声に振り返る。
「アラ…ン…?」
「…サラ?」
成長した二人の再会は理想のものとは程遠い最悪なものとなった。
「ギギィィィ…」
先ほどまで迫ってきていた人型の生物が自分ではなくアランを睨むのを確認した女性はアランに向かって口を開く。
「アラン!逃げて!!!」
「ギィィイイ!」
右手で想いを伝える女性とアランに飛び掛かる魔物。
『来る…!魔物が…!逃げる?でもサラが…!戦う??どうやって!!!』
迫りくる魔物を前にしたアランの選択は…