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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

救いのパンデミック

作者: 伊東 半歩

ああ、死にたい。


 毎日毎日家と学校の往復。


 学校に来ても、こうやって教室の隅の席で寝たふりをするかSNSを眺めるだけ。

 家に帰っても何の足しにもならないshort動画を見ながら寝落ちするだけ。

 打ち込みたいと思えるものも何もない。

 空虚な人生。

 華の16歳でこんなにつまらない人生なら、いつまでこの気持ちのまま生きていくことになるのか、それを考えただけで絶望する。


 『人生つまらん。死にたい』


 SNSにつぶやく。


 『わかる。俺も毎日がつまらなすぎる』『私も』


 同じような年齢で、同じような気持ちの人間からの反応に安堵する。その事実が、また自分を空しくさせる。


 「おい!やめろって笑」


 教室の中心では、学級委員でサッカー部のキャプテンを務める佐々木がクラスメイトにからかわれている。

 佐々木の家は金持ちで、兄弟含め全員が頭がいいため、佐々木も両親からの期待が厚いらしい。

 そのうえ、彼女もいる。

 多くの人間から期待され、頼られる人生。さぞ楽しいだろう。おれは人をうらやむことしかできない。


 12月、特にきっかけはない。しいて言うなら、師走になって気温が下がり、漠然とした不安やさみしさが増幅したことが起因したのだろうか。おれは自殺志願者が集まるマンションの一室にいた。

 インターネット上の掲示板で知り合った人たちで集合場所と決行日を決めて、本日集まったのだ。


 「それじゃあ、はじめましょうか」


 集まったのは7人。発起人である木村さんが全員の顔を見回して言う。


 木村さんは、結婚して20年になる奥さんが5年前に病気になり、共に闘病生活を送っていた。

 しかし、木村さんの支えも空しく半年前に奥さんが先立ち、子供もいないため生きる意味を失ったそうだ。


 木村さんが7人の中心に置かれた練炭に火をつけようと前かがみになった途端、バタッと前方に倒れた。

 体をかばうそぶりが全くない、糸が切れたかのような倒れ方だった。

 おれの頭に「?」が浮かび、木村さんがふざけているのか、体調が悪くなったのか、どうすればよいか、思考がコンマ数秒逡巡していると、間もなくほかの5人もバタバタと倒れだした。

 睡眠薬の瓶が倒れ、鋭い音が部屋に響く。


 練炭はまだ着火していない。

 おれは訳が分からず立ち尽くしていたが、眼前に広がる光景を脳が処理し終えると、体が中心から冷たくなるのを感じた。

 額とわきの下からねばつく汗が吹き出し、気づけば密閉のためのテープをびりびりに引き裂いて部屋から飛び出していた。

 マンションの廊下を走り抜け、階段を駆け下りる。エントランスから外に出たところで、少し歩きながら息を整える。

 植込みの縁に座り、震える手をどうにか制御しながら通話アプリで119に電話を掛けた。とにかく助けが欲しかった。


 救急車が到着してからは、ほとんど放心状態だった。

 救急隊員に部屋番号を伝え、ほかの隊員に連れられて救急車に乗り込む。

 病院までの道のりで両親の連絡先と学校名を聞かれ、素直に答えた。


 病院での検査の結果、おれの体に異常は見られなかったらしい。


 そのあと病室に警察の人が来て、マンションに集まった経緯や掲示板でのやり取りなどをすべて話した。

 その最中にほかの警察の人が入って来て、6人の死亡が確認されたことを伝えられた。気を使ってくれたのか意外とすぐに解放された。


 病室に両親が泣きながら入って来て、おれを抱きしめた。何を話していたかほとんど覚えていないが、おれも泣いていた。


 次の日、警察の人が病室に来て倒れた6人の死因を教えてくれた。未知のウイルスによる病死らしい。

 両親はそれを聞いて息子は本当に大丈夫なのかと主治医にしきりに尋ねていたが、検査の結果は現時点では驚くほど健康体とのことだった。


 それからは経過観察ということで、学校を休学し病室で毎日テレビを見るか本を読むかをして過ごした。テレビのニュースによると、あの日、おれ以外の自殺志願者6人がマンションの一室で同時に死亡した日、全国の死亡者数は異常な数字をたたき出していたらしい。


 約2万人、あの日ほとんど同時にその数の命が失われた。全国で同時多発的に発生し、そのすべての死因が未知のウイルスによるものだったという発表があった。

 その一波は身近なところにも及んでいた。学級委員長の佐々木もウイルスの犠牲者となっていたのだ。

 おれが搬送された数日後、クラスLINEには佐々木の訃報を知らせるメッセージと、告別式の概要が届いていた。おれはその文字を見て得も言われぬ感情になった。

 人生に楽しみもなく漠然と死にたいとSNSに書き込むようなおれが生き残り、頭もよく人からも頼られ、人生がばら色だった佐々木が死んだ。

 変わってやればよかったとは思わないが、現実とはなぜこうも残酷なのか、と思わずにはいられない。

 久しぶりにSNSを開く。あの日以来投稿はしていない。しかし画面には相変わらず死を願う人々の声が映る。


 『例のウイルス、痛みとかないらしい。私も罹らないかな』『俺もみんなと一緒に死にたかった』


 病室生活も2週間が経過し、その間特に体に異変は見られなかったため、家に帰れることになった。学校へは少しずつ復帰する。まずは保健室登校からだ。


 保健室登校も板についてきたある日、お昼休みに養護の先生と昼食をとりながら見ていたテレビに、例のウイルスについて緊急で発表があると、画面の上部に字幕が表示された。

 養護の先生はおれを気遣って「テレビ消す?」と聞いてくれたが、おれは「大丈夫です」と答えた。知らなければいけないと思った。


 先ほどまでのにぎやかなワイドショーから画面が切り替わり、たくさんのマイクの前にウイルスの研究機関の偉い人や、何とか医師会の偉い人が、神妙な面持ちで座っている。


 『先般より調査・研究を続けてまいりましたTHVID-XX(ウイルスの正式名称)について、進展がございましたので発表いたします。このウイルスは、発生した時期ははっきり特定できておりませんが、ある時期からほとんどすべての生物に潜伏していたものと思われます。ですが、通常それは人体に全く影響を及ぼしません。ある条件により、生物の体内で増殖し、心停止、呼吸器停止を引き起こすことが、動物実験や被害者の周辺調査により推定されました。その条件とは、”希死念慮”です。つまりこのウイルスは……』


 『”死にたいと願う人が死ぬ病”です。』

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