祭火 ーMATSURIBIー
青空には雲がたなびく。山の上から見下ろす村は、青い田畑に、点在する家。それから、はしゃぐ子ども等の声。
気配を感じて、猫は振り向いた。その蒼い瞳が細められる。吹く風が髪を散らしていく。言葉はなかった。ただ、猫の手にあった風車が、石畳の上に落ちる。風に吹かれることもなく、回ることもない風車。猫は我の横を通って、本殿へと歩を向けた。あいも変わらず嫌われている。
我は落とされた風車を取り上げる。息吹は風車をゆるりと回す。命は継がれ、消えてゆく。
「……嫌われるのも無理はないか」
果たして、我に一体何ができるだろう。我は何を演じるのだろう。誰も彼も、与えられた役を演じているに過ぎない。それが哀しい役だとしても。嫌われるだけのものだとしても。
我は何を演じているのだろう。愚者か、道化か。それとも、神か。
それを神のみぞ知るというなら、我は一体何者だ。
***
祭りの日だって、いつもとそう違いはない。朝が来て、日が昇って、飯をかっこんで、皆で集まって。
ただ少しだけいつもと違うのは、例えば皆の視線、声、表情、雰囲気。そういう類いのものだ。
なんとなくいつも通りで、なんとなくいつもと違う。違和感というには乏しいくらいの、ほんの少しのやりにくさ。ほんの少し、肌にまとわりつく薄い布のようなそれを跳ね返すように、錦司は声をあげた。
「やー! 今日は天気がいいなぁ!」
「きんのまで雨やったのにな」
日の昇った空には、雲がたなびく。錦司の横で、澄治が空を見上げて言った。この季節の雨は恵みの雨だけれど、とはいえ何日も続けば気が滅入る。
「お前ら、ちゃんと手伝いねま」
小屋の中から出てきた隆道が、地面に敷かれた茣蓙の上に、荷物を下ろしながら言った。
「タカミチは真面目やなぁ」
「あばさけてる場合でねえやろ」
呆れたように額を抑えてため息をつく隆道を、錦司がハッとした様子で指差した。
「タカミチにぃが……! 福井の言葉を……!」
「他人を指差すんでねえ」
「あいたぁっ!」
後頭部をはたかれて、錦司が頭をおさえて隆道を見上げる。そうして口をとがらせた。
「タカミチにぃの乱暴者!」
「なんとでもいいね」
隆道はふんと鼻を鳴らす。その様子に澄治がクツクツと笑いをこぼした。
「まあでも、キンシが悪いかな」
「スミハルにぃまで!」
錦司はわざとらしく憤慨してみせるが、年長者二人には効きようもない。頬を膨らませたまま、小屋の中に物を取りに行く二人についていく。
祭りは夕刻、陽が沈んでから始まる。それまで、子どもたちは村のあちこちに散らばって、それぞれに手伝いをすることになっている。錦司たちは、社にほど近いところにある小屋から、事前に集められていた祭りのための用具を取り出すことになっていた。
「お前は小さかったで覚えてえんやろうが、祭りんときはいつもこうや」
「ほやね。外から人が来るときもあるし」
隆道と澄治が、仕事の片手間とばかりに話を続けた。
「外から?」
錦司も一人で持てるものを運びながら、二人についていく。この村は外との接触をできる限り絶っているから、人が来るのは稀なことだ。
錦司が聞き返せば、澄治がうん、と頷いた。
「ここも一応は福井藩領やで、藩の者が見に来るんやざ」
「下手なことしてえんかってな」
「へえ。大変やな」
「言うとる場合か」
隆道が呆れた様子で、再度ため息をつく。錦司はどういうことだとばかりに、澄治を見上げた。
「子どもやでといって見逃してくれるほど、甘ないってことやざ」
「どういうことや」
「うーん、錦司がもうちょっこし大きなったらわかると思うんやけど」
「うらはもう大きいやろ!」
「どこがや」
口をとがらせる錦司に、澄治も苦笑いをこぼす。それから、「そうやなぁ」と呟いて、錦司の近くにしゃがんだ。それから、口の前に人差し指をたてて、ちょっと困ったように笑ってから、小さい声で錦司に告げた。
「ななつになったら教えたげる」
村は外界から隔離されているようで、自ら孤立している。村の外からしてみれば、なるべくならば関わりたくない存在である。けれど、それでも顔の知れていない村の外の人間を祭りに乗じて中に送りこもうと画策するのは、こちらが向こうを伺っているように、向こうもこちらを伺っているということの証左だ。
それがわかっているから、村人たちは特にこういうときには、「普通」を演じることになっている。子どもも大人も、皆、普通の村人でなくてはならない。そのために、この地方の言葉以外を喋ることは許されないし、おかしな言動が見られることも許されない。
けれどもそれがわかるのは、七つを超えて大人たちと共に稽古をすることを許され、外との交流を許されてから。今の錦司には詳しいことを伝えることはできないのだ。
錦司も澄治の様子から、それを察して、口を噤んだ。「ななつになったら教えたげる」は、「それ以上は聞いちゃだめ」と同義だ。
村の子どもは基本的には何をしても許される。それは子どもであることの特権である。但しこの、「ななつになったら教えたげる」と言われたことだけは、子どもであっても許されない。むしろ、子どもだから許されないともいえる。
澄治は錦司の様子を見て、立ち上がった。
「さて、続きやるか」
「ほやな。昼までに終わっとらんと、爺様にも怒られるやろうし」
腕を組んで二人を見守っていた隆道も、いつもの調子で仕事に戻る。錦司もまた、二人を追った。
「ちゅうか、去年もおんなじこと聞いてたやろ」
「ほやったな。まあ、キンシはただ覚えてえんだけやと思うけど」
「ほやな」
「ひどい!」