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樂ノ社  作者: 華蘭藤
1.神語 ーKAMGATARIー
4/8

稽古 ーKEIKOー

 青い田畑に風が渡る。その中を李橙(イト)は駆けていく。

「たのもー!」

 稽古場の扉を開いた李橙を、10の瞳が一斉に見つめた。

「姉さん方、こんにちは」

「こんにちはー」

 李橙に抱えられたまま、悠奈(ユウナ)も挨拶をする。その表情は、未だ不満げだ。李橙は悠奈を下ろすと、稽古場の入口に置いてある桶に、手拭いを浸した。悠奈もしぶしぶといった顔で、それに倣う。足を拭いて上がれば、李橙も悠奈も抱き上げられた。

「いらっしゃい」

「よう来たなぁ」

と、口々に歓迎の言葉を告げられる。ところで、と悠奈を抱えたまま、カガリがきいた。

「おユウ、なんやぶすくれとるけんど、何かあったと?」

治五郎(ジゴロウ)爺様(じじさま)と離されて、拗ねてるだけです」

「拗ねてない!」

「ああ、治五郎さん帰ってきたんか」

 ハツネが納得した様子で頷いた。

「ほんなら、うちらも後でご挨拶にいかんといけんなぁ」

 ハツネの言葉に、彼女たちはそれぞれに肯定を示す。そこへ、パンパンと手が鳴らされた。

「はいはい、お喋りはそれくらいにおし。稽古始めるで、お前さんらも準備おし」

「へえ」「はーい」

 稽古場の奥からかけられた声に、それぞれが返事をし、先程いた位置に戻る。李橙と悠奈もようやく下ろされた。二人並んで、稽古場の端にちょこんと座る。

 社の下にある稽古場は、板張りの広間だ。会所よりは狭いけれど、大人5人くらいならば十分に舞える広さはある。敷板には、墨で舞台の形が引かれており、囃子方(はやしかた)のいる場所も、ほとんど山の上の舞台と同じ寸法になっている。今は笛太鼓の稽古もしているから、楽器は持ち出されているが、いつもはここに様々な楽器や面なども収められている。

 村人たちはそれぞれ、舞方(まいかた)笛方(ふえかた)鼓方(つづみがた)鉦方(かねがた)のいずれかに属することになっている。人によっては、複数を掛け持つ者もいる。器楽はその他にも、(こと)や三味線など、様々あるが、そればかりは子どもの頃からの興味による。村人の本分は農業だ。

 その中で、李橙や悠奈は舞方に属する。今代の踊り手は、今稽古を受けている4人の女子(おなご)たちであり、先代が稽古をつけている女性、次代はこの場にはおらず、その次が李橙たちということになる。

 この4人は、順にハツネ、コチョウ、ホタル、カガリと呼ばれている。年の頃は20代半ば、生まれも育ちもそれぞれであるが、仲睦まじい姉妹のような間柄だ。

 そして、そんな彼女たちに稽古をつけているのがセキヤ。白髪の見える女性であるが、凛とした佇まいは武家をも思わせる。

 セキヤの拍に合わせて、4人が舞う。村の信仰は山の上にある神社にあり、祀る神は二柱。梅雨を目前に控えた今度の祭りは、そのうち、水の神(りゅうじん)への祭りである。奉納舞は、静から動へと変わっていく。だんだんと烈しくなる舞に、舞方の息も弾む。それを李橙と悠奈は食い入るように見つめた。

 それは、いつかの自分たちの姿だ。まだ幼い子どもの身であるが、年ふれば、この村の祭祀も、また他の仕事も、李橙たちのものとなる。思わず身を乗り出してしまうのも仕方ない。李橙は手の内にある、鈴の代わりの木の棒をぎゅっと握りしめた。




「なんや、やってるな」

「なー」

 稽古場の外、青く草の茂る道を隆道(タカミチ)(ハルカ)を連れて歩いていた。稽古場からは大きな足音がする。どうやら舞方が踊りの稽古をしているところらしい。

 隆道たちもまた、稽古の帰りである。空は暮れ方、橙に染まり、遠く雁が鳴く。隆道は遙と顔を見合わせると、稽古場へ顔を出した。

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