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樂ノ社  作者: 華蘭藤
1.神語 ーKAMGATARIー
3/8

昼餉 ーHILUGEー

 戸外から、バタバタと走る音が近づいてくる。それから、ワァワァとはしゃいだ声も。

「帰ってきよったわ」

 土間で火の番をしていた樺乃子(カノコ)は、顔をあげ、呆れたように肩をすくめて言った。

 ほどなくして、ガララ、と軽い音をたてて、板戸が開く。

治五郎(ジゴロウ)じぃが帰って来たって!?」

 飛び込まん勢いでやってきた子どもたちが、頬を紅潮させて言った。それから、奥から出てきた人物に目を輝かせる。樺乃子もそちらに視線を送った。

「おお、おめぇら揃うたか」

 羽織の中で腕を組んで、初老の男性がやってきた。日焼けした肌に、白い歯が輝く。

「治五郎じい!」

 パアッと顔を輝かせて、いの一番に祥明(ヨシアキ)が飛びついた。それに続いて、悠奈(ユウナ)誠汰(セイタ)も治五郎の元へ駆け寄る。

 治五郎は祥明を軽々と抱き上げて、子どもたちを見渡した。

「ほれ、メシができてるぞ。とっとと上がりね」

 奥の囲炉裏には火が灯り、家の中はほんのりと明るい。治五郎が奥に座る。囲炉裏の向こう側には、既に李橙(イト)が腰を下ろして、子どもたちに手を振っている。先にこちらに来ていたらしい。

 子どもたちも足の泥を払ってそれぞれに座敷に上がり込んでいく。樺乃子は火吹竹を置き、かまどの釜の蓋を取った。

「俺も手伝うざ」

「スミ(にぃ)

 上から声をかけられて、樺乃子は振り向く。座敷では、治五郎と隆道(タカミチ)が木皿に味噌汁をよそっている。李橙は真知(マチ)錦司(キンシ)を誘って、囲炉裏で魚を焼いているらしい。

「うまそうに炊けてるな」

 澄治(スミハル)が釜の中を覗いて言った。えへへ、と樺乃子がはにかむ。

 炊かれた米はつやつやと光って、優しい香りの煙があたりを包んでいる。

「しかし、なんや、今日は随分と(ひって)豪華やの」

「そらそうよ! なんてったって、治五郎じぃが帰って来たんだから!」

「らー!」

 澄治の後ろから、悠奈と(ハルカ)が顔を出す。悠奈の手には盆に載った木皿と杓子がある。どうやらこちらも手伝うつもりらしい。土間(たたき)は広く、子どもが4人集まろうと、まだまだ余裕がある。

 悠奈と遙も、釜の中の米に瞳を輝かせる。いつもは粥にすることが多く、米を炊くのは(かれいい)にするときがほとんどだ。炊いたばかりの米を食べるのは、特別なことがあったときに限られる。

「やっぱりいいなぁ、かまど。うちにもあればいいのに」

「ユウの(うち)じゃぁ、場所がないやろ」

「そらそうなんだけどさぁ」

 悠奈は頬を膨らませる。その様子に笑いを零したのは澄治だった。

爺様(じじさま)は物好きやでね」

 この家には、子どもたちもそうだが、村人が集まることが多い。村長(むらおさ)の家だから、自然とそうなるのだ。会所は別にあるが、村人たちが集まっての食事や宴会、小さな会合なんかはここで行われるので、土間にはかまどがある。

 それにさ、と樺乃子が続けた。

「かまどを使いたかったらぁ、マチの家のを借りゃあええやろ?」

 悠奈がピタリと止まって、目を大きく見開いた。

「……『ほの手があったか』みたいな顔してるな」

「その手があったか!」

「ふふふ」

 遙が笑いを零す。悠奈は思いの外真剣に、真知の家のかまどを使う算段を立てているらしい。捕らぬ狸の皮算用、口許がにやついてくる。

「何してるん?」

 そんな悠奈に、更に後ろから、真知が声をかけた。何やら呼ばれた気配を察知して、土間に降りてきたらしい。

「はようしいひんと、焦げてまいますよ?」

「あっ!」

 首を傾げて言う真知に、杓子を持ったまま空想の世界に浸っていた悠奈が、はっとした様子で、釜に向かった。火の勢いは弱まっているとはいえ、確かにこのまま放っておいたら乾飯(ほしいい)になってしまう。

 そっと下ろされた杓子が、米をかき分ける。下の方からひっくり返せば、白い米がやや茶色くなっている。だ、と口にしながら、真剣な顔で悠奈が真知を振り返った。

「大丈夫、おこげも美味(うま)いから!」

「そらそうや」

 澄治が腕を組んで、うんうんと頷く。その間に、米を混ぜ返し、木皿にそれぞれよそっていく。澄治が盆を持ち、その上から、空の木皿を遙に渡す。それに悠奈が米をよそい、樺乃子と真知がそれを運んでいく。連携作業で、全員分の米をよそうのはすぐに終わった。

 5人も座敷に上がると、ちょうど魚も焼けたらしい。「いただきます」と感謝と祈りを捧げる。全て、食べるものは大地と神さまからの恵みである。

 皆腹が減っていたのか、箸が進む。隆道が二杯目の米を食べ始めたところで、治五郎に問うた。

「そんで、今回はどこ行ってたんや?」

 その一言に、子どもたちは忘れてたとばかりに、一斉に治五郎を見つめた。

「おう、ほやったな」

 治五郎も治五郎で、忘れていたらしい。子どもたちが目を輝かせて治五郎に向く。

 村は閉鎖的で、外の世界との交流は少ない。けれども時折、大人たちが村の外に赴くことがある。普段村から出ることのない子どもたちにとっては、その土産話はかけがえのないものであった。

 村での暮らしに不満があるわけではない。子どもたちの仲もよく、大変なこともあるけれど、いつも楽しく暮らしている。お社に守られたこの村は、今日も平和だ。けれど、外の世界への好奇心を抑えられるわけではない。

 治五郎もそれをわかって、旅先での話を語って聞かせた。行った場所、あった出来事、外の様子、人々の暮らし。異国の物語を聞くように、子どもたちは一心にその話を聞いた。




「あ」

 声をあげたのは樺乃子だった。

「どうした?」

「ばっちゃが先帰ってもたで、忘れとった。祭りの稽古をするで、食べたら来ねってぇ、ばっちゃが言うてたんやった」

 樺乃子は澄治に向かって言う。治五郎がそれを聞いて、顎に手をやって上を向いた。

「ほうか、もうほんな時期か」

 初夏のこの時期、村の守り神である、山上のお社の祭りがある。子どもとはいえ、村の一員だ。それぞれにそれぞれの役目がある。

「ほんじゃあ、後の話はまた今度な。ほれ、行ってこい」

「ええー! まだ聞きたりんよ!」

「はいはい、うちらは姉さん方んとこ行こうなー」

 ごねる悠奈を李橙が抱え上げて連れて行く。「暴れなや」と言いながら、涼しい顔で小屋を出て行った。その後ろを樺乃子がついていく。

「うらもいくざ!」

 樺乃子の後を錦司が追う。それに、誠汰もついていく。

「なんで着いてくるんやざ」

「おまえだけじゃぁ心配やでのー」

「なんやそれ」

「ほれほれ、はよせんと置いてくぞ」

「こっすい!」

「走って転ぶなよー」

 二人の背に、澄治が声をかける。その様子を横目に見て、隆道が軽くため息をついて、立ち上がる。

「マチとヨシアキは三郎さんのとこ行って手伝ってき」

「はい」

「はーい。行こか」

「うん」

 真知と祥明が連れ立って出ていく。それを見送って、隆道は遙を抱き上げた。

「ハルカ、俺らも行こか」

「うん!」

「俺も」

 澄治も立ち上がろうとして、隆道に遮られる。

「お前はここに残り」

「なんでや」

「なんでもや」

 澄治はムッとした様子を見せるが、それを意に介さず隆道は遙を連れて出て行ってしまう。家に残された澄治は、少ししてから囲炉裏を囲んで座った。向こうには治五郎が悠然と水を飲んでいる。

 口を開いたのは治五郎だった。

「おめぇも見ん間に大きなったな」

「いつから会うてえんと思てるのさ」

「そらそうや」

 治五郎がカラリと笑う。澄治もようやく、治五郎の方を見た。

「ようご無事で」

「ああ」

 囲炉裏を囲んでこちらと向こう。そのくらいの距離感がちょうどいいのだ。

「外はどうやった」

「そうやな……」

 治五郎が視線を上向ける。少しの沈黙があった。

「広いわ」

「なんやそれ」

 澄治がクスクスと笑う。それを慈しむような、治五郎の瞳。

 村は狭く、皆仲がよいものだが、皆がみな血のつながりがあるかと言えば、血のつながりを持たない者も多い。その中で、祖父と孫の関係とは何か。澄治は時折それを考える。

 治五郎は村の外に出ていることが多い。時折ふらりと帰ってきては、また外に出る。それは澄治が生まれたころには既にそうだった。治五郎が帰ってきているときに会えなければ、次に会えるのは年をまたいだ後になる。この間はそうだった。

 澄治は口を開こうとして、やめた。「今回はいつまでいられるのか」と聞きたかった。けれどもそれは許されない。

 治五郎もそれをわかって、けれども意を決したように口を開いた。

「澄治」

 澄治はハッとして、俯いていた顔をあげた。

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