昔日 ーSEKIJITSUー
「いーち、にー、さーん、しー……」
木に顔を伏せて、数を数えるのは、お調子者の錦司だ。他の子どもたちは散り散りになって駆けていく。廿まで数えて、錦司は顔をあげ、振り向いて、駆けだした。
山に囲まれた村の中は、外の世界に比べればそりゃあ狭いけれど、彼らにとっては十分に広い世界だ。もちろん、もうあたりに子どもの姿はない。錦司は近くの木の裏を回っていく。木の裏に隠れていないとわかると、今度は畑の方に向かった。
「ここか!?」
大きく伸びた大根の裏に回るが、もちろんそこには隠れていない。「ここか!?」と叫びながら、錦司は畑を回っていく。
その近くで、ギシリと板を踏む音がした。耳ざとくそれを聞きつけて、錦司は近くの家に向かう。そうして、縁側から上がり、障子をあけて、指さして叫んだ。
「スミハルにぃとハルカ、みっけ!」
「ありゃ、見つかっつんたのぉ」
「のぉ~」
澄治と呼ばれた少年が、おどけた様子で言った。その膝で、遙がのんびりとした口調でそれをまねる。
錦司は得意になって、腰に手をあてて胸を反らせた。
「うらの耳をなめてもろうちゃ困るざ! 二人がクスクス笑うてるんも聞こえてたんやで!」
「ありゃあ、キンシには敵わんのぉ」
「ありゃ~」
澄治と遙は立ち上がって、錦司と共に外に出る。
「さぁて、それじゃあ俺らもみんなを探しに行こうか」
「うん!」
遙が大きくうなずいた。
「じゃあ、うらはあっちを回ってくるで、スミハルにぃたちは向こうな!」
「気ぃつけてなー!」
走っていく錦司に、澄治が大きく手を振る。遙も、澄治とつないでいない方の手を小さく振る。
「きぃつけてー」
「おーう!」
遠くなっていく錦司が、大きく手をあげた。その背を見守って、澄治は遙に顔を向ける。
「じゃ、行こうか」
「うん!」
遙は嬉しそうに笑って、首を大きく縦に振って、頷いた。
二人は錦司が走っていった方とは反対に歩き出す。村の中で散り散りになって隠れている子どもたちを探し、捕まった子は追人になる。そうして、日が暮れるまで捕まらなかったら勝ち。全員捕まえたら、追人の勝ちで、もう一度初めから。
澄治と遙も、錦司と同じように、隠れている子どもたちを探して回る。
「おらんのぅ」
「のぉ~」
二人は顔を見合わせて言い合った。田畑のあぜ道を、二人は手をつないで歩いていく。遙は、この村に住む子どもの中でも、一番幼い。そんな遙の面倒を見るのは、いつも澄治だった。6つも年が離れていれば、そりゃあ可愛くて仕方ないというものだ。
あ、と遙が小さく声をあげた。どうした? とばかりに澄治が遙の指さす先を見る。そこには、井戸の近くの茂みに隠れる、真知の姿。澄治は遙に耳打ちする。
「そっと行ってぇ、捕まえといで」
「うん」
しーっと口の前に立てた人差し指を見せ合ってから、遙がそっと真知に近づいていく。澄治はその様子を微笑ましげに見守っていた。
「マチ、みぃつけた!」
「あら」
後ろから声をかけられて、真知が振り向く。満面の笑みで立っている遙に、相好を崩した。
「見つかってまいました」
真知が立ち上がったところで、澄治も二人に近づいた。いち早く気づいたのは真知だった。
「スミ兄さん」
遙は澄治の元へ駆け寄る。そんな遙の頭を撫でながら、澄治が言った。
「ハルカの大手柄やな」
「えへへ」
「さて、そろそろキンシがみんなを見つけたころやろ」
「うん」
遠くから、錦司たちの騒ぐ声が聞こえる。三人はクツクツと笑いあって、元の場所へと戻っていった。
広場になっているそこでは、錦司がドヤ顔で鼻をこすっていた。
「へっへっへ~! うらの力、思い知ったか!」
「はいはい」
呆れた様子でそれを流しているのは誠汰。近くでは祥明がその様子を楽しそうに眺めている。
「おっ、スミハルにぃたちやんか!」
澄治たちがやってきたことに気づいた祥明が、駆け寄ってくる。錦司も三人の姿に気づいて、むむと唸った。一人二人と指折り数えて、不服そうな顔で言った。
「あとは、タカミチにぃと、ユーナと、イトねぇか」
「カノコは?」
「ばっちゃの手伝いやろ」
澄治の問いに誠汰が答える。ああそうか、と納得して、それにしても、と澄治が続けた。
「なんや、セイタも捕まったんか」
「へっへっへ」
横から錦司が得意満面で笑い声をあげた。それを横目に、誠汰が腕を組んで言った。
「何じゃ偉そうに。見つからんくて泣いとったで、仕方な~く出てってやったんに」
「泣いとらんわ!」
錦司は誠汰に食って掛かるが、誠汰は何食わぬ顔だ。その様子に、向こうで遙がクツクツと笑いを零す。
「笑うなや!」
くわっと怒る錦司だが、その目はやや潤んでいる。よっぽど皆、隠れるのが上手かったらしい。
「しっかし、タカミチにぃとイトねぇはええとしても、ユーナが見つかっとらんのは……」
どうにも気に入らないらしい。それはそうやな、と賛同する誠汰に、澄治は肩をすくめる。錦司と誠汰と樺乃子は同い年で、悠奈はその一つ上。落ち着いている樺乃子に対し、他の三人は言ってしまえばやんちゃな方だ。よく一緒につるんでいるから、負けた気がして悔しいのだろう。仲が良いのは良い事だけれど。
「あ」
不意に視界に映ったものに、澄治は小さく声を漏らした。
「あ?」
「げっ!」
澄治の声に、その視線を追って、錦司が振り向く。その視界の隅に、茂みの中、橙の着物が映る。
「あー!」
錦司がそれを指さして声をあげた。
「ユーナ、みっけ!」
バレたという顔で、茂みの中から出てきたのは悠奈だ。随分近くで様子を伺っていたらしい。どころか、錦司のことを後ろから驚かせようとさえしていたような。
「スミハルにぃのせいだぞ!」
「ははは、すまんすまん」
ぷんすこと怒る悠奈に、澄治は笑って返す。まったくもう、と悠奈が諦めたところで、「隙ありぃ!」と錦司が叫んだ。
「あっぶね!」
その攻撃をすんでのところで躱し、悠奈は不敵に笑う。
「捕まえてみろ!」
「望むとこや!」
一足早く逃げ走る悠奈を錦司が追っていく。
「セイタは行かんでええんか?」
澄治に、腕を組んで二人を傍観していた誠汰が、くいっと親指で何かを指し示す。その先を見て、澄治も納得した。
追いかけっこを繰り広げる二人を見て、畑仕事に来た村人が、カラカラと笑う。
「今日も元気やのぉ」
「元気があり余り過ぎてるわ」
「子どもは元気なんが一番やろう」
「あれは行きすぎや」
「隆ちゃんは真面目やな」
「普通や」
走り回る二人の行く手を阻むように、少年が立っている。
「こっちだ!」
「あっ、おい!」
錦司が待てと言っても、遅かった。後ろ向きに走っていた悠奈が、その少年に当たる。
「うおっ!」
がっしりと抱き留められて、これはやったな、と気づいたらしい。ゆっくりと見上げた悠奈を冷たい視線が見下ろしていた。
「んげ、タカミチにぃ」
「んげ、やないわ。何やってん」
「すまんすまん」
冷や汗をかきながら頭を掻く悠奈の元へ、苦い顔で錦司も近づいてくる。
「あー、その、タカミチにぃ」
「危ない事すなやって、何べん言ったらわかるんや」
「すまんて!」
「まあまあ、隆ちゃん、治五郎さんが呼んでるんでねえかい?」
「あー、そうやな」
隆道は呆れた様子で大きくため息をつくと、二人に言った。
「ほら、みんな呼んで来ね。治五郎じいさんが待ってるで」
錦司と悠奈は顔を見合わせて、頬を染め、大きく頷きあう。
「わかった! 行くぞ、キンシ!」
「おう!」
二人は、今度は一目散に、子どもたちの元へ走っていった。