序 ーHAJIMENIー
岩肌に烈しく打ち付ける波からは、少し離れたところ。山々の連なるそのうちの、低い山の頂上に、一宇の神社がある。鳥居を抜けて、長い石段を降りれば、小さな村が姿を見せる。
山中にぽっかりと拓いたその土地に、子ども等の声が響いていた。燦々と輝く太陽に照らされるその顔は、眩いばかりに笑んでいる。山間に響く声は十。この小さい村に住む子ども等は、今日も仲良く暮らしている。
時は、江戸幕府第三代征夷大将軍、徳川家光の治世。戦国の争乱も治まろうという時代のこと。この村は、その争乱の時代から、村として独立した場であった。
山上にあるこの社を中心に、神仏を祀り、神仏に守られながら暮らしているのだ。長閑な山間には田畑が広がり、その合間を縫うように、彼らの住居がある。
田畑のあぜ道を子ども等が駆けていくのを村人たちが温かい目で見守っている。青い空には雲一つない。村の中を走り回る子ども等は、不幸なんて知らないとでもいうように、楽し気な声をあげる。走る子の手に握られた風車が、風を受けてゆるりと回る。
我はこの小さな世界が、好きだ。
その子ども等の中に、馴染みの顔を見かけて、我は思わず頬を緩める。その子が、こちらを見たような気がした。茶色の瞳が私を捉える。我は咄嗟に、木々の間に身を隠す。
これは、いつか見た夢。我が壊してしまった、いつかの優しい日の事。この夢から醒めれば、きっと――。
物語はここから始まる。