第9話「柚姫の暴走! 恋は時に暴れん坊なり!」
保健室の窓から夕陽が差し込み、眩しさに葉緩は慌てて起き上がる。
あたりを見渡して、口の端から出ていたよだれをサッと拭うと頭を抱えて発狂した。
「あああっ! なんたる不覚! 」
寝てしまうとは無防備すぎて、忍び失格だ。
葵斗はすでに去ったようだが、少なくともベッドで寝ているのは見られているはずだ。
忍びであることがバレたのか、バレていないのか……。
ひやひやしつつ、今この場にいないことにホッと息を吐いた。
「白夜!」
その名を呼ぶと、窓の外から白蛇が現れ、シュルシュルと身体を這わせて葉緩に寄る。
煙を出して人の形へと変貌すると、金色の瞳孔を鋭く尖らせ、にぃっと笑った。
「学校で私を呼ばないのではなかったか?」
「近くにはいるでしょう!? なぜ見て見ぬふりをしたのです!?」
葉緩の訴えに白夜はにんまりしたままで、葉緩は腹を立てて拳を布団にぶつけた。
「望月くんは危険です! なにゆえ私に気づくのですか!?」
「葉緩が未熟なだけではないか?」
「なにをぅ! 私の隠れ身の術は父上にも認められてるというのに!」
これまで鍛え続けてきた忍びの道に絶対的自信があり、軽んじられれば意地でも張り合う。
長年ともに過ごしてきた白夜に笑われると、戦いにくいと拳を震わせたところで、別の考えが脳裏に過った。
「はっ! まさかあやつ、相当の手練!? いや、でも……「キャアアアアアアッ!!」
良い線まで行きそうであったが、保健室にまで響くほど大きな女性の悲鳴に遮られてしまう。
「なにごと!?」
ただならぬ事態だと判断した葉緩はベッドから飛び出し、風のように保健室から出ていった。
葉緩は深く考える前に行動する癖がある。
それは日ごろから宗芭に怒られていたが、なかなか治らなかった。
一心不乱に走るなか、しっかりと後ろに白夜がいることは確認するまでもない。
葉緩と白夜は一心同体。
誰にも見られることないと、絶対的な自信のなかで事態の把握をしようとしていた。
(あれは進藤 クレア!?)
「な、なんなのぉ!?」
悲鳴の現場にいたのは金髪美少女のクレアだ。
廊下で尻もちをつき、ぐりぐりと抱きついてくる存在にギャーギャー騒ぎながら真っ青になっていた。
毛先がゆるやかに動くクルミ色の髪が乱れ、クレアも巻き込む形で顔にはりついている。
はじめて見る柚姫の暴走に葉緩は絶句し、何が起きたのかと想起して慌てふためいた。
(なにごと!? 姫、いったい何をしていらっしゃる!?)
「もうやだ! なんでこんな気持ちにならなきゃいけないのよー!」
こんなに乱れる柚姫ははじめてだ。
顔をボロボロにして、耳まで真っ赤にしながら泣きわめいている。
それに困り果てるクレアが柚姫の肩を押すも、あまりに不安定な様子に拒絶しきれていなかった。
「ちょっと……何なの!? さっきから人のクッキーまで手当り次第に食べて」
「悔しかったらあなたも食べればいいのよ! ほら、一緒にヤケ食いしよう!」
「はぐっ!?」
調理実習で作ったクッキーを食べ散らかす柚姫。
いつもの品の良さを忘れてしまった暴走っぷりは葉緩の想像を超え、クレアからクッキーを奪い取ってはやけくそに食べていた。
自分で食べる分になら痛ましい姿なのに、クッキーをクレアの頬に詰めだす暴動となっていた。
無理やりクッキーを食べさせられたクレアは、最初こそ嫌がっていたがすぐにそのおいしさに魅了され、うっとりと頬に手を当てる。
「やだぁ、これ美味し~! なんだか胸がドキドキしてきた」
「でしょ? ドキドキとモヤモヤが、混ざって複雑なの。食べずにはいられない気持ち、わかってくれる?」
「わかるわかるぅ! ほんっと、むしゃくしゃするよねぇ!」
「あたしたち、同じ気持ちだったんだね。よしよし、ぎゅーしよ?」
「ぎゅーっ!」
現状の手がかりがつかめず、どうすればよいか判断に悩む。
あんな乱れ方をする柚姫に対処法を考えるも思いつかず、ついには悩んでいる時間がもったいないと突撃を選んだ。
葉緩がなすべきことは”柚姫の守護”のみ。
ぐっと床を蹴り飛ばして、強風となって猪突猛進と突き進んだ。
「姫から離れろこの不埒者がー!」
「きゃっ!?」
「葉緩ちゃんストップ!!」
「ひゃわいっ!?」
クレアを突き飛ばす寸前で、葉緩は手を止めて後ろに飛んで着地する。
何故、柚姫が止めるのかがわからず、困惑が膨らんでいくと喉の奥がじんわりと火傷した。