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第7話「姫、どうしたのでしょう?」

柚姫のクッキーしか食べさせない。桐哉の味覚はすべて柚姫のためにあると目をぎらつかせる。


忍術・風清弊絶。

正しい意味は風習がよくなることである。

「風」が社会の習俗を差し、「弊」が悪事・害になるようなこと、「絶」は絶えると意味だ。


これを葉緩は独自解釈をし、忍術に置き換えて風を技に変えた。

桐哉と柚姫のイチャイチャ世界に「害」となるものから死守する。

恋のライバルは二人の間を邪魔する「害」ととらえ、葉緩はワガママを貫いて鼻を高くしていた。


(これもお務めでございます)


動揺する桐哉のフォローはしっかりせねば。

葉緩は切り替えてニコーっと後ろに背を回して桐哉に近づいていく。


「モテモテですね。桐哉くん」

「葉緩か。……気持ちは嬉しいけど、やっぱり本命からもらいたいよね」


こういう時、桐哉はやたらと弱気で自信のなさが垣間見える。

柚姫の気持ちは目に見えるというのに、奥手すぎると葉緩は頭を抱えたくなる気持ちを抑え込んで“友人”の面を被った。


「だ、大丈夫です! ちゃんともらえますよ! 桐哉くん、カッコいいですから!」

「……そんなに出来た人間じゃないけどなぁ」


葉緩にとって桐哉は常に全肯定する人物だ。

行動すべてがやさしさから来るものだと知っているからこそ、一歩を踏み出せない。


あまりに繊細な恋心。

桐哉と柚姫が結ばれるのは至極当然と考える葉緩にしてみれば、悔しい以外の何者でもない。


柚姫の気持ちを知らない桐哉からすると不安でいっぱいなのだろう。


それは痛いほどわかるが、桐哉たちを心から応戦する身としてはどうしてももう一歩、踏み出してほしかった。


「葉緩は誰かにあげないの?」


言葉に悩んでいると、桐哉が思わぬ方向から質問を投げてくる。

どういった意図があるのか読み取れないうちに、葉緩は右上に目を反らして苦笑いを浮かべた。


「私は……お父さんにあげようかなって」

「ふーん……。欲しがるヤツ、いると思うけどなぁ」

「そ、それは困ります!」


桐哉のからかいに速攻で拒否を示す。

そこまで必死になることでもないのに、ひどく全力で否定するものだから、桐哉も好奇心をそそられる。


「なんで?」


珍しく意地悪くなった桐哉に葉緩は未来を想起し、青ざめる。


(だってそれは目立つということだから! 誰かに意識されるようでは忍失格!)

「私は自分より他のことに夢中なので……」


ハッキリと言えず、言葉が消え入りそうだ。

葉緩はまわりにとって影の薄い人物でありたい。そうでなくては、忍びとして行動しにくいからだ。

桐哉の恋を成就させることができるならば、葉緩は誰の目に映らなくてもいい。

それくらい、葉緩個人の認識より忍びとしての務めを優先させたかった。


「……そっか。まぁ、がんばって?」


そう言って桐哉は手慣れた様子で葉緩の頭をポンポンと撫でた。

その瞬間、葉緩の目がキラッキラに輝きだす。

マシュマロのようにとろける笑顔を浮かべ、ゴロゴロと喉を鳴らす姿は子猫のようだ。


(主様からのご褒美だぁ)


これは桐哉と葉緩の間でよくあることだ。


中学生のときから親密度をあげてきた結果、葉緩がどうすれば嬉しそうにするかを桐哉は学び、いつのまにか自然と頭を撫でるようになっていた。


そのとおりで、葉緩は極上の幸せを味わっている。

桐哉に応援してもらえること、褒められること。

召使い根性の葉緩にとって、主に“いい子”扱いされるのは喜び以外の何者でもなかった。


間違ってもその喜びは恋ではない。

言うなれば葉緩は桐哉の忠犬のようなものだった。


(……あ、姫だ)


女子たちのいなくなった教室に、桜の花のように可憐な子が入ってくればすぐに柚姫だとわかる。

気配、匂い、声、息づかい。すべて葉緩は把握していること。


桐哉は主、柚姫は守るべきお姫様。

同性ということもあり、葉緩は桐哉に対してとはまた異なる喜びを感じていた。


「ひ……」


おそらく桐哉にクッキーを渡しにきたのだろう。

白くて小さな手にかわいくラッピングされたクッキーを持っていた。

すぐに退散しようと思っていたが、それより先に柚姫は背を向けて教室から離れてしまう。

今のは葉緩が邪魔だったかもしれないと認識し、葉緩は反省とともにお役目ごめんだと桐哉に振り返る。


「またあとで、色々お聞かせください!」


嵐のように教室を飛び出していく。

奇怪な行動の多い葉緩に、見慣れたとはいえ桐哉は愉快な気持ちになって笑っていた。

「相変わらず足速いなぁ」


桐哉は柚姫が教室に入ろうとしていたのに気づいていなかった。

いくら桐哉が主で、そばに控えるのが幸せだとしても柚姫の恋路を優先させるのが忍び。


空気を読んでサッと身を隠すべきところを油断したと、葉緩は両頬を叩いて己を叱咤する。


たしかに柚姫の妨げにはなっていた。

だが万が一にでも、恋の妨げとして葉緩が壁になっているとは思わず。能天気に鼻歌を歌っていた。


(今日はお日さまもポカポカで気持ちよいですねぇ)


もうすぐ昼休みも終わるということもあり、ほとんどの人が教室に戻っている。

女子たちもクッキーを探すのをあきらめ、渋々と戻ってくるのを葉緩は尻目に把握した。

どこにでもある普通の香ばしいクッキーに、葉緩はこっそり忍ばせた策を思い出す。


(そういえば秘薬って味にどれくらい影響があるのでしょう?)


葉緩は柚姫のクッキーにのみ、四ツ井家の秘薬を混入させていた。

ほんの少しだけ、ときめきを与えるエッセンスだと、葉緩は恋に一歩踏み出す力になればという気持ちで父・宗芭の棚から盗みだした。

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