第57話「私のおつとめは! 決まってますからっ!!」
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登校してそうそう、柚姫が出迎えてくれて葉緩は即座に抱きついた。
やはり格別に良い香りがして、肌はやわらかくて病みつきになると頬擦りをする。
しかし後ろから葵斗に引っ張られてしまい、柚姫から強制的に引き離されてしまった。
頬を膨らませると、葵斗が人前にも関わらず葉緩の頭頂部にキスをする。
急な恋愛関係の露呈に、教室にいた生徒たちからチラチラと視線を感じて居たたまれない。
「どうした」と桐哉が歩み寄ってきたので、面倒ごとは厄介だとはっきりさせようと決意する。
葵斗のいいように振り回されてたまるかと、葉緩は先陣を切った。
葵斗の顎を押しのけ、桐哉と柚姫のもとに駆けつける。
「以前お伝えした好きな人の件ですが! えっと、お付き合いをすることになりまして! その相手は……」
だんだんと恥ずかしさがつのり、視線をさまよわせると期待に目を輝かせる葵斗が入り込む。
(うぅぅ……。この嬉しそうな顔に弱いのです)
「葵斗くんです……」
ダメだ、降参しようと葉緩は肩をおとして告げる。
「わぁー! おめでとー! そうなったらいいなって思ってた!」
「うっ……。姫と桐哉くんにはあらためてちゃんとご報告したくて」
“このむずがゆい感覚はなんだ”と、葉緩は足をもじもじさせる。
自身の恋愛に関心がなかっただけに、いざ意識を向けると常に羞恥心に支配されそうだ。
こんなに小っ恥ずかしいものが恋愛だとすれば、桐哉と柚姫がなかなかくっつかないのも頷ける。
「そっか、おめでとう」
瞳をキラキラさせて自分事のように微笑む柚姫。
あまりの愛らしさに葉緩は射抜かれて、子犬のように尻尾を振りだした。
「良かったなぁ、葵斗。もうオレに八つ当たりするなよ?」
一歩離れたところで祝福側にまわる桐哉が、葵斗の肩に腕をのせてニヤリと野次を飛ばす。
だが今までと変わらず、動揺ゼロな態度の葵斗に桐哉は目を丸くする。
「しないよ? 俺はすごーく幸せだから」
「葵斗さぁ、喧嘩売ってる?」
「別に? 今度こそ責任もって葉緩を大事にするし」
何のことだと首をかしげる桐哉に、葵斗は一層キラッキラの笑みを浮かべた。
「なんだったら柚ちゃんにもお礼しないといけないから」
「はっ……はぁあっ!? おま、ふざ……!」
「葵斗くん、何を言ってるのですか!?」
桐哉に無礼は許さないと、葉緩は己の優先順位に従ってすかさず葵斗に殴りかかろうとする。
素早さに関して葉緩は忍びとして特化している。
その分、非力な面があり、あっさりと葵斗に捕まった。
すぽっと腕の中におさまってしまい、ジタバタと暴れると耳元で葵斗が甘ったるい声でささやきだす。
「だって葉緩、柚ちゃん大好きでしょ? 葉緩にとってうれしいこと。女の子の友達が出来て喜んでるからお礼を言いたいだけだよ」
その言葉にポッと頬を染めたのは柚姫だった。
対して桐哉が指で首をトントン叩きながら「あー」と葉緩の行動を思い出す。
「そういえば葉緩って昔から友達いないよなぁ。良い奴なのに不思議……」
「だいたいは桐哉くんのせいです」
「え、なんで?」
桐哉はモテモテのため、当然近づく女の子は選別される。
葉緩は何食わぬ顔で桐哉のまわりに出没し、的となっては俊敏にかわすことを繰り返した。
爽やかのかたまりみたいな桐哉が“ぽやん”としている中、葉緩は必要以上に近づく女の子たちを近づけないよう奮闘していた。
奇怪な行動をとる葉緩は次第に「やべー奴」のレッテルをはられて孤立したというわけだ。
「意外と大変なんですよ? 的になるというのも」
「はぁ……? 」
忍びとして敵を排除することが最優先。
葉緩が動くことで桐哉の貞操を守れるならと積極的に動いていた。
まさかこれまで誰ともお付き合いしたことがなかったのは、葉緩の徹底的な防衛とは気づきもしない。
「葉緩ちゃんはかわいいから大変だねぇ」
のほほんとした柚姫の褒め言葉に、葉緩がキュンキュンするのはどうしようもないことだった。
葵斗を突き飛ばし、人懐こいうさぎのように柚姫に抱きついた。
「姫が一番かわいいですぅ!」
「葉緩ちゃ~ん!」
(じゅるり)
このときめきは生きているなかでもっとも糖度が高いかもしれない。
(姫が息をしているだけで幸せ! 主様と結ばれれば世界に平和が訪れる! 尊い!)
ハイテンションな葉緩の暴走は簡単には止められない。
桐哉にいたっては止める気もなかった。
「葉緩はよくヨダレ垂らすよなぁ。 口がかたいのかゆるいのか、よくわからん」
「桐哉が心配することじゃないよ」
「……お前、オレのこと嫌いだろ?」
「そんなことないよ?」
ニコニコしたままの葵斗に桐哉は呆れてため息をつき、肩を落とす。
「葉緩、苦労するだろうなぁ」
桐哉にとって葉緩は友人、葉緩にとっては魂の主。
この生涯かみ合うことのない認識でヤキモキする人もポツリポツリ……。
葵斗と両想いになったとはいえ、葉緩のおつとめに変化はない。
授業がはじまる合図となるチャイムが鳴ると、桐哉があわてて柚姫に声をかけていた。
「あ、そうだ。 徳山さん。せっかくだしこれ、どうかな?」
「うん、すごくいいと思う! これにこれを足して……」
(はっ、主様と姫のイチャイチャがはじまった! これは距離を取るべし!)
ここは気配を消し、二人きりの甘々空間になるよう徹するのが忍びの役目だと瞬時に動く。
ぽつねんと葉緩がいなくなるのはいつものことなので、桐哉は気にも止めず、柚姫は桐哉との会話に必死の様子。
(ふへへへ。周りにバレずに壁に擬態するなど慣れたものよ)
そんな初々しさと駆け引きをする二人を観察するのはたまらなく美味……ではなく、立派なおつとめである。
鼻の穴を膨らませているなんぞ言語道断だと、スゥーッと壁に馴染んで無になろうとしていた。
(ん、この匂いは……)
いろんな匂いが入り混じるなかで、ひと際甘ったるくて酔いそうになる香りに浮ついてしまう。
壁と化した葉緩を抱き寄せて、いたずらに布をめくってニヤリと口角をあげた。
廊下にいた生徒たちは各々の教室に入り、一枚の壁越しにざわつきと静寂が切り分けられる。
静かな廊下で葉緩は壁に押さえつけられ、首元に葵斗が唇を寄せていた。
「早く匂いに慣れてね? ……と思ったけど、やっぱりいいや」
「あっ……葵斗くん?」
「不意打ちも楽しいからね」
「まっ……んんっ! だ、だから私は今! 壁なのです!」
いつまでたってもこれは慣れないかもしれない。
節操なしの葵斗がまわりの状況を垣間見ずに迫ってくるものだから、葉緩が壁に徹するのは以前よりも難しくなっていた。
油断大敵、まだまだ主様と姫の恋愛が進展しそうにはなく、いつまでも壁となるしかなかった。
(それでも目下のおつとめは二人の子孫繫栄、イチャイチャもってこーいなのです!)
「壁にキスはしないでくださーいっ!!」
【恋路の章 幕】




