第56話「あらためてよろしくお願いいたします」
「十六の年が巡っても誰とも絡んでいない。葉緩がいなかったから絡むはずもないよね」
「それ、責めてます?」
「いいや……」
首を横に振り、葵斗は葉緩の頬を輪郭にそって撫でた。
「葉緩、こちらへ」
宙に浮く白夜に手を引かれ、折れた枝の真下に立つ。
葵斗の枝の輝きに目を細め、引き寄せられるままに手を伸ばした。
「葵斗くんの枝はきれいですね。番でなかったとしても、私にはずっときれいでした」
「……本当に、人の心は読めない」
「白夜?」
白髪の毛先が藤に染まりだす。
風がそよいで、甘い香りが鼻腔をくすぐった。
葉緩の手をとり、白夜は清らかな頬に両手を引き寄せて花咲くように笑った。
「またいつか会おう。 幸せを諦めるな」
「……寂しい、けど。 私は諦めません」
心の底から溢れ出す強さと、ほんの少し入り混じった強がり。
凛と口角をあげて、胸をふくらませて白夜に笑顔をおくった。
「へこたれる時もあるけど、ゆる~く生きたいと思います! ……イチャイチャとは満喫してこそ良い、でしょう?」
葉緩の言葉に白夜は目を丸くし、そしていつもどおりに意地悪く歯を見せた。
「本当に……」
目尻から溢れた涙を指で拭い、葉緩の頭をポンポンと撫でた。
「では、な」
淡い光が白夜を包む。
かと思えばそれは葉緩の手のひらにおさまった。
目の前にいたはずの白夜の姿はなく、代わりに白い枝が淡い金の光をまとって葉緩の手のひらに落ちついていた。
その枝を見下ろし、葉緩は強がりの色を濃くする。
「……本当に枝だったんですね」
「葉緩、かえしてあげよう? 俺の枝も、白夜さんのこと待っているだろうから」
「――うん」
葵斗の手が枝に重なり、やさしさが染みて葉緩が笑うと葵斗も笑った。
二人で折れた根へと手のひらを伸ばし、枝を触れさせる。
折れた根と枝が金糸を引いて混じりあい、やがて一つとなった。
根付いた枝はゆっくりと伸びていき、やがて葵斗の枝に絡みつく。
瞬間、甘さが香る。
唯一の匂いが鼻をくすぐったとき、葉緩はもぞもぞと身をすり寄せて両手で顔を覆った。
(なんという不思議な匂い……。これはたしかに離れがたいものですね)
「んふふふ……ん?」
――再び、強烈な光が葉緩たちを包み込む。
まぶしさが収まると目を開き、あたりを見渡す。
何ごともなかったかのように葉緩の部屋に戻っており、ちょこんとベッドの上で正座をしていた。
「戻ってきました?」
「ね……」
まるで見合い席のようにお互い正座しており、なんとなくじっと見つめあい反応を伺う。
「「……ふっ」」
現実に戻り、甘い香りが行き来する感覚にだんだんとおかしくなって笑い出す。
「はは、あはははは!!」
ぽろぽろと粒になった涙がこぼれるが、嫌なものではないとそのままに流す。
匂いに引き寄せられて葉緩は葵斗に手を伸ばすと、顔にかかる髪をかきわけて、耳にながして両手で輪郭を包んだ。
「改めましてよろしくお願いします。私の旦那様」
「こちらこそ、よろしくお願いします。俺の花嫁殿」
空を飛ぶは比翼の鳥、地で結ぶは連理の枝。
――繋ぐはいとしきぬくもり……。
***
目を開くとそこは水の中だった。
口を開けば泡がポコポコと音をたてて上昇していく。
この水に浸る感覚はなつかしいと、白夜は遠い水面の揺らぎを眺めていた。
「白夜」
「……極夜?」
声に身体を起こしてみると、よく見知ってはいるものの久しい姿が白夜の前に立っていた。
極夜は間抜け顔の白夜を見てクスクスと口元に指をすべらせる。
「白夜は相変わらず俺のことを物珍しそうに見るなぁ」
「いや、相変わらず鉄仮面な顔だなと」
「そう? 笑っているつもりなんだけど」
その言葉に白夜は大きくため息をつく。
「お前は真面目だからな。ゆえに曲がり方もクセが強い。葵斗も同じだ。すなお~に脱力して生きるようになって」
「そう願われたからそうなっただけだよ。そんなにギチギチに生きていたように見えた?」
「……なんでもいいさ。ただ、お前は放っておけないよな」
白夜は水をかきわけて前へと進み、極夜の後頭部に手を回して抱き寄せる。
白夜にだけ聞こえる音に耳を傾け、決して離れないと抱きついた。
背に回された手を拒絶することなく、白夜は少しずつ少女の姿に変わっていった。
「どうせなら節度を持って生まれてもらいたかったね」
「大丈夫だよ。葉名を一人にした無責任をとても反省しているから」
「……なら良い。 今でもゾッとするのさ。選んだ先が悲しみに満ちていれば、どうしたって引きずられるものだから」
「愛と罪は紙一重、だね」
「……少し疲れた。このまま、眠ってもよいか?」
「ん、頑張ったね。おかえり、白夜。抱きしめていてあげるから」
――あぁ、この匂い。いや、香りと呼ぶべきか。
(人の心は、やはりわからぬな)
泡の音は、眠るのには心地よい。




