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第54話「嫌なものは嫌です」


「ヨダレが垂れてるぞ、葉緩」

「はわっ!? ……って、白夜!?」


指摘を受けて身構えると、窓枠に腰かけてニヤニヤ笑う白夜がいた。

とっさに口元を拭って葵斗を突き飛ばすと、葉緩は眉をつりあげて白夜を睨みつけた。


「いつから見ていたのです!?」

「葉緩の告白から……かな?」

「声かけてくださいよっ!」

「ははっ、葵斗は気づいていたぞ」


またもや見抜かれていたと、葵斗ににらみを向けると、ヘラヘラとした笑いが返ってくる。

とことん調子のよい姿に葉緩の怒りが沸騰し、八つ当たりに葵斗の二の腕を殴った。


「匂いでわかっちゃうからなぁ」

(こんのぅ……。人が素直になればこいつらは……)


腹を立てたところで葵斗のひょうきんが治るわけでもない。

いずれにせよ、番の匂いがわかったところでこの葛藤は消えないだろう。

白夜が目を細め、葉緩の鼻を人差し指で突くとむずがゆさに葉緩は腰を引いた。


「白夜、私は……」

「葉緩の気持ちはわかった。だから私も素直になりたいんだ」


白夜は葉緩の長い黒髪を手に取り、指で梳く。

白い手に黒はよく映えた。

金色の瞳が揺れて、そこに映る葉緩もにじんでしまう。


「ずっと、葉緩と生きてきた。ただの枝だった私が形となり、会話をした」


笑ったり泣いたりと忙しい子どもで、ただの枝だった白夜もせわしなく日々を過ごした。


「お前の枝だと言うのに、話さなくてはわからぬことも多かった。お前の心を知っていれば、枝の伸び方は異なっていたとさえ思うほどに」


枝の伸び方は白夜が決めるものではない。

枝そのものであり、決められた枝へ伸びるだけ。


だがもし葉名と通じ合っていて、心のままに伸びていたとしたらどんな結果を生んでいただろうと、白夜は想像せずにはいられなかった。


過ぎたことだと、白夜は静かに息を吐いた。


「わたしはな、葉緩とともに今を生きているんだ」

「白夜……! ならば……!」

「葉緩。わたしは木に戻ろうと思う」


間を置かず白夜は決断を口にする。

藤の瞳までも揺れて、白夜の顔がにじんで見えない。

引き止めるだけのさみしさを表に出すことが苦手なことをわかって、白夜は残酷なことを言う。

泣いても怒っても、白夜は折れてくれない。

そして折ろうとするだけのわがままも、葉緩には難しいことだ。

何をどうするのが正しいのか、震える手を爪が食い込むほどに握りしめて心の痛みを誤魔化した。


「嫌だと言っても白夜は聞いてくれない人です」

「よくわかってるじゃないか。 少し大人になったか?」

「いいえ」


ここで何も言わないのが今までの葉緩だった。

あと腐れなくサヨナラをするのが、穏便に事運ぶと知っているから。

だがこればかりは穏便に済ませたくない。

葉緩に出来る最大のワガママの示し方だった。


「全然変わってないですよっ! 嫌なものは嫌に決まってるじゃないですか!」


穏便にすませてたまるか!

葉緩ばかりが根掘り葉掘りと暴かれて、白夜は秘密主義のままとは割に合わない。


意地の悪いくせして葉緩のそばから離れなかった。

たとえそれが連理の枝ゆえの縁だとしても、葉緩には白夜は枝でなく、白夜でしかなかった。


「なぜ枝に戻る必要があるのですか? 白夜の考えを話してほしいです。勝手に決めるのはあんまりです」


迷惑な顔をされるのが怖かった。

誰かに深掘りする恐怖は、忠誠心があろうとも葉緩の行動を妨げた。


心に触れる繊細さはいつまでたっても慣れるものではなく、いつだって手探りだ。

それは白夜にとっても同じことで、このタイミングで意志を固めたのには理由があるはず。


切羽詰まる葉緩に対して、白夜は始終おだやかに微笑んでおり、葉緩の髪を指で遊びながら語りだした。


比翼連理ひよくれんり、という言葉を知っているか?」

「男女の愛の、深くむつまじい例えです」


葉緩の言葉に白夜が頷く。


「比翼は、雌雄それぞれ目と翼が一つずつで、常に一体となって飛ぶという想像上の鳥のことだ。連理とは、まさに連理の枝のこと。あの番の木はな、実は二本の木がくっついて一本に見えているんだ。これがどういうことか、わかるか?」


「……白夜にも、結ばれたい想いがあると?」


金色の瞳に慈愛が宿る。

あまりにいとおしい色に、葉緩も似た感情があると心が刺激された。


「葉緩の想いが葵斗に結びついたからだ。わたしもな、ともにありたいのだ。……葵斗の枝に触れたいんだ」


白夜の色鮮やかな告白に葉緩は目を見開く。

そして長いまつ毛をふせて、白夜の決意はくつがえせないと悟った。


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