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第53話「なにがあっても味方だ」


「白夜?」

「子どもには惜しみなく愛情を。だが愛情とは一人では限りあるものなんだ」


答えのない問いに白夜は目を閉じる。

わずかに白夜の指先が震えていると感じ取った葉緩は目をパチクリさせながら首を傾げた。


「夫婦とは一体何なのか。 罪を分け合う、共に抱える。優しさを持ち寄り、生きていく。だが夫婦で完結すべきことを子どもが抱えなければならないのは……残酷なことだ」

「白夜、痛いですよ……?」


葉緩がジタバタともがいてみれば、家の前を通りかかった人たちにじろりと見下ろされる。

ひそひそとした声が葉緩の耳に届き、少しずつ白夜と話すことが歪だと認識した。


「ねぇ、また四ツ井さんの娘さんが一人で喋ってるわ」

「変わったお家のようだから。うちの子には関わらないように言ってあるけど」


遠ざかっていく声に葉緩は白夜の背にしがみつく。

唇を尖らせて、震える身体を誤魔化していた。


「葉緩は変な子ですか? だから……」

「大丈夫だ。私はお前の半身。なにがあっても味方だ」


悲しい言葉は自覚させない。

塞ぐべきものには白い手を伸ばして塞いでやろう。


本来の願いのまま、強く笑っていられる子になるように。

悲観的な種は、必要なときに相手を理解するために必要だ。


自分を戒める過剰さはいらない。


「葉緩、お前は自分を締め付けなくていい。お前が思うがまま人を愛し、大切にしたい人を守れる人となれ」

「うん!」


たとえ半身であろうと、心は通じない。

白夜は葉名の願いが穏やかに実るまで、折れたままでよかった。


半身でもわからぬ心は、夫婦となればなお難しい。

――ゆえに葉緩が誰かの幸せを願う心は、尊いものだった。


砕けてしまうような悲しいものは、子どもに不要。


***


「やだっ……! やだよぉ!  白夜がいなくなるなんて、そんなのいやだよ!」


涙があふれて止まらない。

脆く壊れそうな葉緩を支えていたのは白夜だった。


葉緩が落ち込んでもまた立ちあがれるように。

大切な人を守れるよう強い子になるようにと。



どんなに願ったところで壊れる時は一瞬で、白夜が何度も葉緩の耳を塞いでくれた。

時を超えた想いも無に散らしてしまうほど、世界に飛び散る残酷な言葉は葉緩の心を千切ってしまう。


「ずっと、ずっと一緒だったから。白夜がいなかったら私は……!」


――笑えていただろうか?

それさえも答えが出ないほどに、十六の年月を白夜に支えられていた。

葉緩のさみしさは先に白夜が抱きしめてくれたから耐えられた。

いざ一人になって溢れてしまえば、その止め方を葉緩は知らなかった。

「うあああああん! うああああああっ!」


泣くのは難しい。

一度泣いてしまえば、心を守っていた防波堤から水があふれ出す。

言葉を紡ごうとすればしゃっくりでろくな言葉にならない。

話すことも出来ないわりに、喉を引き裂く勢いだけは容赦のないものだ。


「わかった。それが葉緩の気持ちなんだね」


葉緩をよく知る人が刻む、心音にあわせたやさしい撫で方。

トントンと背中に指があたるたび、少しずつ落ち着きを取り戻して鼻をすすった。


赤子をあやすような手つきに葉緩は広い胸に頬擦りをする。


(心臓の音、少し早い。懐かしい。葉名はこの腕に抱かれるのが好きだった)


葉名の心は葉緩と同じ。

どんなときに甘えん坊になるかも、手に取るようにわかって、それを否定する気にもなれなかった。


「私は欲張りです。だけどこの手からこぼれ落ちていくものばかりです」


泣き虫だった葉名に呼応して、葉緩もまた泣いてしまう。


一人でグズグズ泣いている幼子はどちらだろう?


その隣に立っていた白夜は、いつからその姿を浮き彫りにした?


「ダメだなぁ。葵斗くんといると、弱くなった気がします」

「一人で抱えなくていいから。一緒に抱えるのが夫婦でしょ?」


葵斗の言葉に葉緩は顔をあげ、唇をとがらせて葵斗の額を小突いた。


「次、置いていったら本気で怒りますから」


夫婦となるのはそう簡単なことではないと念押しする。

紙切れ一枚の契約かもしれないが、一度結んだ縁は波紋して、完全に消えることはない。


愛を誓うことは甘いだけのものではなく、時に苦いことが続いてしまうもの。


手を取り合って乗り越えていくのが夫婦という繋がりだ。

主と姫の幸せ同様、葉緩にも赤い糸があると考えもしなかった。


蒼依を失い、枝を折って絶望を抱えて海へ歩いた日々。

その孤独な時間が幸せに怯える今の葉緩をつくった。


子どもはいとおしく、忠誠を誓った二人に守られ、幸せだっただろう。

だがふと訪れるさみしさと、運命を壊した後ろめたさが幸せを望む罪深さへ繋がっていた。


「嫌われないようにがんばらないとね」


小突き返すように葵斗が葉緩の額にリップ音をたてる。


「あ、葵斗くん……」


ふわふわのマシュマロに似た微笑みを向けられ、心臓が飛び跳ねる。

はっきりと認識するほどに好ましい顔立ちと微笑みに、葉緩の本能が嬉しい悲鳴をあげた。


(どうしましょう。すごく好きで困りますーっ!)


途端に自覚した恋情に葉緩の興奮は派手に爆発した。


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